story,Ⅹ:マンティコラ
こうして、夕食が完成するまでの間、兄妹は魔法について語り合っていた。
「ねぇ、フィルお兄ちゃん。ボク、気付いたんだけど無意識のうちに、大規模魔法が使えるようになってた」
「そうだね。それは僕も、気付いていたよ」
フェリオ・ジェラルディンの言葉に、兄フィリップ・ジェラルディンは優しく微笑む。
「それは、確実にリオのレベルが上がった証拠だよ」
「フィルお兄ちゃんは?」
「僕も少しは、使用魔法が増えたかな」
「じゃあ、もう魔王も倒せるんじゃない!?」
「それはまだ……気が早いと思うよ」
無邪気に口にするフェリオへ、フィリップは苦笑いする。
一方、レオノール・クインは仮眠していた。
それから一時間後。
ズラリと夕食が、並べられる。
「ノール。夕食が出来ましたよ。早く起きないと、リオに全部食べられてしまいますよ」
ショーン・ギルフォードから、優しく肩を揺すられながら声を掛けられ、パチッと彼女は目を見開くように目を覚ます。
気付くと、一足早くいただきますしたフェリオが、魚の赤身を使用したユッケ風に、がっついていた。
フィリップは、魚の白身部分をシンプルに塩だけで焼いたものを、ちょびちょびと食べていた。
他にも、白身をバターソテーにしたもの。
葉野菜と柔らかくした干し肉の、炒め物。
ジャガイモのパンケーキ。
紫野菜のチーズ焼き。
頬肉の胡椒焼き。
刺身のサラダ等々。
ちなみにグランガチの舌と、腹に詰まっていた卵も入手したので、20個程ゆで卵にすると、残りは保存用として燻製に調理した。
「俺の分の肉も残しとけぇーっ!!」
レオノールは、慌てて飛び起きる。
「こんな事だろうと、ちゃんと別に残していますよ」
ショーンは笑顔で言うと、別に切り分けていた頬肉の胡椒焼きを、彼女に差し出した。
「いっぱい、今日は頑張りましたからね。ノールもたくさん食べてください」
そんな彼の優しさに、少し紅潮するとおずおずと皿を受け取るレオノール。
「あ、ありがと……」
そして改めてフェリオを見ると、もう半分以上を食べていた。
ショーンは、これに苦笑すると言った。
「次のステージでも、食料調達出来ると良いのですが」
そうして自分も、夕食を開始した。
これだけの料理がありながらも、3分の2はフェリオの腹に収まってしまった……。
その後、余った時間をカードゲームなどで楽しんでから、今度はそれぞれの時間を過ごすと、皆は眠りに入った。
翌朝、ショーンがレオノールの隣で目を覚まして、上半身を起こすと既にフィリップが起きて本を読んでいた。
「おや。もう起きていたのですか、フィル。おはようございます」
「おはよう。もうレオノールと一緒に寄り添って眠ったりする辺り、何だかすっかり夫婦みたいだね」
ショーンの挨拶に、フィリップは笑顔を返す。
「ええ。彼女の寝顔は、まだあどけない少女のようで、とても可愛らしいのです。まぁ、まだ18歳なので、少女で正解なのですが」
「それを彼女が聞いていれば、きっと喜ぶよ」
すると、モゾモゾとレオノールの寝袋が小さく動いた。
見ると、頭を引っ込めている。
これに、フィリップとショーンはクスクスと愉快そうに笑うと、それとなくショーンは言った。
「では、朝食の準備をしましょう」
彼は寝袋から出ると、それをクルクルと巻いて紐で縛った。
「頂上まで、あと少しですね」
「うん。レオノールの為にも、頑張らなきゃ」
ショーンの言葉に、フィリップは答える。
30分後──フェリオが目を覚まし、動き出したタイミングを見計らうようにして、レオノールもさぞ今起きたかのように寝袋から出てくると、片付けた。
そして1時間かけてのんびりとした、朝食を済ませる一行。
やがて身支度を整えると、4人は7階への階段を上がった。
すると、7階のホールのど真ん中に、金属製の10cm四方の宝箱があるではないか。
本来なら、フェリオが嬉々として飛びつくところなのだが、さすがにこれには警戒を覚えたようだ。
「あんなホールのど真ん中に……絶対、罠だよね?」
「でも、ど真ん中を通過しないと、最上階への階段へは行けないし、何よりもあの宝箱にあると思われるレアアイテムを、入手出来ないよ」
フィリップが妹へと答える。
「これも試練の一つだ。俺が取りに行くから、みんなはいざ戦闘になることを想定して、身構えておいてくれ」
レオノールはそう言い残して、突如その場からホールの中央へと駆け出してしまった。
「ノール!!」
ショーンが慌てて呼び止めるが、彼女は宝箱に辿り着くと素早く蓋を開けた。
「これ……とびきりデカい聖水だ!!」
レオノールは言うと、箱の中へと手を伸ばす。
直後。
──ドスッ!!
鈍い音が聞こえた。
暫しの沈黙が流れる。
空間から伸びた何かが、レオノールの背中を突き刺していたのだ。
「あ……っ、ガッ!!」
レオノールは、空を見つめると、吐血してその場に倒れこんでしまった。
「ノール!!」
ショーンは地を蹴って、彼女の元へ駆け出すと、その空間から伸びているものを両手で掴むや、一気に全力で引っ張り出した。
“それ”は空間から飛び出すと、ショーンが遠心力任せに振り回してから、投げ飛ばした。
“それ”はホールの床の上を、横腹から落下して滑動する。
「ピープォォォー……」
「ん? 何、今の変な音」
フェリオがキョトンとする。
「多分、あれの鳴き声だと思うよ」
フィリップは言いながら、杖を構える。
“それ”は頭を振りながら立ち上がると、こちらへと向きを変える。
その姿は、真っ赤な肌をした人間の顔に、獅子のたてがみと体、そしてサソリの尻尾をした姿の、“マンティコラ”だった。
「プオオオオオオォォーン!!」
マンティコラが、大口を開けて吠える。
「ゲッ! 見てフィルお兄ちゃん! あの口の中!!」
「牙だらけの歯が三列も……噛み付かれたら、肉が削げ落とされそうだよ……」
フェリオとフィリップは、ショーンと、倒れているレオノールを背後に庇うようにして、それぞれの武器である杖と鞭を構えた。
そのマンティコラは他にも、人間の耳を持ち、青と灰色のオッドアイだった。
フェリオとフィリップのジェラルディン兄妹との距離は、3~4mと言ったところか。
フェリオは、頭上で円を描くように鞭を回すと、スパンとマンティコラへと振り下ろした。
「ピープァァン!!」
鞭により、マンティコラの横腹に裂傷が刻まれる。
「今のは、レオノールの隙を突いて攻撃した分だ!!」
フェリオが怒鳴る。
マンティコラは、一度バックステップすると、頭を下げ兄妹めがけて突進してきた。
「うっそ! こいつメチャクチャ足が速い!!」
兄妹はマンティコラに追われ、白亜のホール内を逃げ惑う。
その中で、フィリップが叫んだ。
「リオは右へ! 僕は左に逃げる!!」
「分かった!!」
こうして兄妹は二手に分かれたものの、マンティコラは迷う事無くフェリオを追いかけた。
「ヤバーイ!! 追いつかれるぅ~っ!!」
妹の悲鳴に、フィリップは足を止めると、杖を掲げて魔法を繰り出した。
「超音波!!」
その魔法はマンティコラに命中したかと思うと、ガクンと速度が落ちた。
素早さを下げる魔法だ。
一方、ショーン・ギルフォードは、吐血し意識を失っているレオノール・クインへ、彼女が囮になって入手した聖水を、その口の中へ少しずつ流し込んだ。
本来聖水は、アイテム屋でも売っている代物ではあるが、一回使いきりタイプで値段も高い。
その性能は、戦闘不能回復でもれなく体力も、少しだけ回復出来る。
しかし、今回入手した聖水は、30mlの小瓶に入っている、軽く50回は使用可能な量で戦闘不能回復だけではなく、体力をも全回復可能の特別製らしい。
呼吸が楽になってきたレオノールの様子に、ショーンは安心するとハンカチで口の周りの血を、拭ってやる。
その頃、マンティコラは自分の足が遅くなっている事に気付くや、サソリの尻尾を持ち上げフィリップへと向かって、その尾から鋭い矢尻を放ってきた。
「そうはいかない!!」
フィリップは杖を構えると、その飛んできた矢尻を、キンと打ち返した。
打ち返された矢尻は天井高く飛んでゆき、天井に当たるとポトリと床へ落下した。
「凄いやフィルお兄ちゃん! 今の、満塁ホームランだよ!!」
思いの他、高度な動体視力を発揮させた、フィリップだった。
これにマンティコラも意地になったのか、サソリの尾の先端から次々と、矢尻をフィリップへ放ってきた。
「このっ! 負けるものか!!」
再度フィリップは、杖を構えると次々と打ち返していく。
マンティコラの矢尻は、そのせいであちこちへ飛んでいったが、次に飛んできた矢尻をフィリップは、気合いを入れて打撃した。
「せいやぁぁーっ!!」
すると、その矢尻は見事、マンティコラの喉に命中した。
「ピィプアァァーッ!!」
マンティコラは、悲鳴を上げたが、ガフッと吐血する。
「フィルお兄ちゃん、凄い!!」
フェリオが、兄のバッティングに、興奮を露わにする。
「プホォォ……ッ!!」
マンティコラは口端から流血させながら、フィリップを睨み付ける。
「そんな今の内に」
フェリオは、頭上で鞭を回転させるとマンティコラの尻尾の付け根に、力強く振り下ろした。
鋭い打ち込みにて、マンティコラのサソリの尻尾が、切り離される。
「プアァァァーッ!!」
マンティコラは、絶叫を上げる。
「これでただの、人面獅子だね……」
フェリオが、余裕の笑いを忍ばせる。
これに怒ったマンティコラは、フェリオへと突進して来た。
しかし、先程のフィリップからかけられた、減速魔法のせいで最初より動きは速くない。
だが、それでも追いかけてくるマンティコラから、フェリオは逃げ出す。
直後。
「ぅううーるあぁぁぁっ!!」
別の声がして、振り返ると復活したレオノールが、マンティコラの前へ飛び出して、その頬を力一杯殴り飛ばしていた。
「ピイィィィィーッ!!」
マンティコラは、軽く5~6mは吹っ飛んだ。
「先程はどうも」
レオノールは腰に手を当て、落ち着いた口調で述べる。
すると更に、別の声が割って入る。
「おや。これはいいですねぇ。良いアイテム素材になりますよ」
ショーンが、落ちていたマンティコラのサソリの尾を、拾い上げていた。
「プォン!?」
マンティコラは、そちらを見ると今度は、ショーンめがけて突進する。
「フィル、リオ。よく頑張りましたね。後はお任せください」
ショーンは冷静に言うと、背負っている大剣の柄を掴む。
「プアアァァァーッ!!」
マンティコラは、大きくジャンプするとショーンへと、飛びかかる。
直後。
「ギロチン斬り!!」
大剣が一閃を放ったかと思うと、暫しの沈黙の後、マンティコラの首が切断されていた。
首を失ったマンティコラの獅子の体が、立ち崩れる。
だが、喜びを後回しにショーンは、素早い動きでその体をナイフで解体始めた。
「良かったねリオ。今度は獣の肉が食べれるよ……」
「うんっ!!」
口元を引き攣らせる兄の言葉に、フェリオは嬉しそうに力強く首肯した。
こうして食肉を入手すると、口の中で三列にズラリと並んだ牙をアイテム素材として、入手する。
一見サメの牙のように、ギザギザのふちをした牙を全て、入手した。
牙の大きさは、3~4cmではあるが、弓矢の矢尻やアクセサリー等に、加工出来るのだ。
かつてマンティコラだった残骸も、無惨な姿で空間の中へと姿を消した。
「今回、一番活躍したのは、フィルでしたね」
一行は上への階段に向かいながら、ショーンが言うとフェリオが嬉々として答えた。
「うん! 珍しいことにね!!」
「珍しいことに……」
フィリップの口元が、引き攣る。
「相変わらず手厳しい褒め言葉だな。リオは……」
レオノールが、愉快げに口にする。
「え? あ、ごめん。悪気はないんだ」
「うん。知ってる。いつものことだものね……」
ケロッとした口調で謝罪を述べる妹へ、フィリップは半ば落ち込んだ口調で受け止めるのだった。
「次で、もう最後ですね」
ショーンが、階段を上り始めながら口にする。
「最後だと思うと、気合いが入るぜ!」
レオノールも同様、口を開く。
しかし、上り詰めるに従い、寒冷な空気を皆は覚え始めた。
「何、これ。寒……」
フェリオが、両腕を擦り上げる。
そして、8階に上りきった時、皆は目を疑った。
「これって、雪……?」
フィリップの言う通り、一面銀世界だった。




