story,Ⅸ:水中戦
昼食を終え、30分程ゆっくりしてから、いざ6階への階段を四人は警戒しながら上がった。
「お次は何が来るのかなぁ~?」
フェリオ・ジェラルディンは腰ベルトのフックに掛けてある、鞭に手を当てる。
ショーン・ギルフォードは大剣の柄に手を掛ける。
レオノール・クインは、気合い入れに手の平へ拳を打ち付ける。
最後に、フィリップ・ジェラルディンが半ば戦々恐々とする中で皆、階段を上りきった。
「……」
ホールは、静まり返っている。
「……何も起きないし、出ても来ないね」
フェリオが、沈黙を破る。
その時、突然ガタン!! という音が二回、続くように重なった。
これに、ビクンと飛び上がるフィリップ。
音の方を確認すると、先程上がってきた階段と、次の7階へ続く階段がピッタリと、塞がっているではないか。
「後退も前進も出来ないわけですか……」
ショーンの言葉に、皆ゆっくり足を踏み出す。
すると、ピチャンと足元から、水音が鳴った。
「え……?」
フィリップはこれに、足元を見ると1cm程に水が拡がっている。
「ちょっ! みんな! このホールの中に水が入り込んでる!!」
フィリップからの警告の声に、三人はそれぞれ足元を確認する。
「わぁっ! ホントだ!!」
驚愕を露わにするフェリオ。
「見る見る水かさが増してくるぞ!!」
同じく、レオノールも慌てふためく。
「これは、トラップでしょうか? それとも、バトルステージでしょうか」
冷静な口調で、ショーンが述べる。
するとレオノールが、大急ぎで背中から荷物を降ろし、中を弄って何かを取り出した。
「みんな、これを口に入れろ!!」
「え? 何、何??」
レオノールが突き出した手元へ、フェリオが駆け寄る。
「ブリディングキャンディーだ。これを舐めている間だけ、水中でも呼吸が出来る!!」
「そんなのがあるんだ。これもレアアイテム?」
フィリップも、彼女の手の平からそのエメラルドブルーのキャンディーを、手に取る。
「いや。こいつは普通に、大きいアイテム屋などで売られている」
「しかし、準備が良いですね」
ショーンも、彼女からキャンディーを受け取る。
気付けば、水はもう膝上まで、上がってきている。
彼の言葉に、レオノールは深刻な表情で述べた。
「実は俺、水恐怖症なんだ」
「ええっ!? そうだったんだ!?」
「思いもよらない弱点だね」
フェリオとフィリップ兄妹が口にする。
「成る程。それなら納得です」
水は、思いの他物凄い速さで、増加していく。
気付けば、もう胸元まで水に浸かっていた。
四人は、ブリディングキャンディーを口に含む。
そのタイミングで、空間が刹那光ったかと思うと、モンスターが出現した。
「ん……? あれは……モンスター?」
フィリップが、疑問を口にする。
出現して頭を出してきたそれは、ワニそのものだった。
だが次第に、その全容が明らかになると、フェリオが兄へと答えた。
「うん。モンスターだね」
それは頭がワニで、胴体が魚だったからだ。
「あいつは、グランガチというモンスターだ。爬虫類と魚類が混ざっているから、怪魚獣とも言われている」
レオノールが、口早に説明した。
その姿は、緑、紫、金色に輝く鱗をしている。
水はやがて、肩まで浸かってしまい、子供体型のフェリオに至っては、もう底に足が着いていない。
「大丈夫ですか? ノール」
ショーンが優しく、声を掛ける。
「ああ。ブリディングキャンディーさえあれば、呼吸が出来るだけでも少しは安心だ──」
この言葉を残して、彼女はフェリオと共に水中へ沈んでしまった。
「リオが心配だよ。ショーン。僕は先に潜るね」
四人の中で一番身長の高いショーンを残して、フィリップも潜水してしまった。
水中にて、フィリップは息を吐いた。
コポポ……と、吐息は泡となって水面へと上がっていく。
そして、おそるおそる、吸気してみると、確かに呼吸が可能である事が分かる。
これにひとまず安心して、改めて妹を探して左右を確認してみると、トントンと背後から肩を叩かれた。
振り向いてみると、フェリオだった。
『お兄ちゃん、これ凄いよ! 水中でも話すことが出来る!』
『……みたいだね』
妹の様子に、フィリップは安心して笑顔を浮かべた。
しかし、3m程先で、レオノールがグランガチと素手で戦っているではないか。
グランガチは、見た目とはうらはらに、体長3.5m程だ。
彼女はそれへ、後ろから首を締め上げていた。
『水中だと、拳やキックが水圧で重くなって、展開出来ないみたいなんだ』
『成る程。確かにそれは一理ありますね』
別の声に、フェリオとフィリップが振り返ると、相手はショーンだった。
『ホール内はすっかり、天井まで水に満たされていますよ』
言うなり、ショーンは重さのせいで、一見水の抵抗を受けて上手く振るえなさそうな、英雄の大剣を構えると技名を口にした。
『瞬速斬り!!』
これに、とても水中とは思えない速さで、ショーンはグランガチの胴体へと斬り付けた。
傷口から血が溢れ、水中の一部を赤に染める。
グランガチは、首を締め上げていたレオノールを、全力で振り払う。
『ボクらも戦おう!』
『うん!』
フェリオの言葉に、フィリップも首肯する。
『燃え尽きろ! フレイオン!!』
フェリオは、火属性の大規模魔法を放ったが、たちまち消滅してしまった。
『え!? 何で!?』
『それはきっと、このホール一杯の水のせいだからだろうね』
兄の助言に、フェリオは構え直す。
『よぅ~し! だったら……帯びろ! エレ──』
『それはダメ!! 僕らまで感電しちゃうでしょ!!』
フィリップが大慌てで、フェリオの動きを抑えて止めた。
『水中での魔法攻撃は、仲間を犠牲にしちゃうのか……』
フェリオの声が沈む。
すると、フィリップが微笑んで言った。
『僕に任せて』
そしてフィリップは、グランガチと対戦しているショーンの元へと泳いで行くと、彼の肩に手を乗せて口走った。
『イリュージョン』
すると、ショーンをピンク色の膜が包み込んだ。
更に次は、レオノールの元へと泳いで行くと、同様に魔法を掛ける。
そしてもれなく後を付いてきた、フェリオへも振り返り同様の魔法を掛けた。
『これは何?』
『魔法攻撃無効化の魔法だよ』
問いかけるフェリオへ、フィリップは答えたが突然、物凄い速さでフィリップが遠くへと引っ張られて行った。
グランガチが彼のマントを噛んで、引き回し始めたのだ。
『フィルお兄ちゃん!!』
フェリオは、兄の名を叫んだ。
水中内を引き回されて、フィリップ・ジェラルディンは目が回り始めていた。
だが、その動きがピタリと止んだかと思うと、左足に強烈な激痛が走る。
『うわあああぁぁぁぁぁぁーっ!!』
グランガチが、フィリップの左足に噛み付いたのだ。
膝まで銜え込んでいる。
このままだと、切断は免れない。
直後。
『電光石火!!』
声と共に、目にも留まらぬ速さで誰かが、フィリップの足を噛んでいるグランガチの上下の牙の隙間を、通過した。
ボロボロと、グランガチの牙が数本、折られる。
これに口を開けたグランガチから、フィリップは懸命に逃れた。
彼の動きに合わせて、水中に血の筋が描かれる。
『大丈夫かフィル!!』
それは、レオノール・クインだった。
グランガチは、大きく口を開けたかと思うと、バクンと力強く口を閉じた。
それにより発生した水圧で、フィリップとレオノールは刹那、全身を圧迫される。
『うぅ……っ!!』
『く……っ!!』
二人は呻き声を洩らす。
『フィル! ノール!! リオ、早く魔法攻撃を!!』
ショーン・ギルフォードが、フェリオ・ジェラルディンを振り返る。
『でも、まだフィルお兄ちゃんが自分自身に“イリュージョン”をかけていないんだ!!』
フェリオは半泣き状態だ。
『それでは、グランガチの気を、こちらへ向かせます!』
ショーンは大剣を、頭上に構える。
『水流斬り!!』
大剣を、一直線に振り下ろす。
すると、水が刃となってグランガチへと向かっていき、その片目を斬り付けた。
『お兄ちゃん! 今の内に“イリュージョン”を!!』
フェリオが、フィリップへと叫ぶ。
グランガチは少しだけもがくと、標的をショーンへと向ける。
やはり水中戦では、どうしてもグランガチの方が有利だ。
『イリュージョン』
フィリップの声を聞くや、ショーンと一緒にいるフェリオへも、猛進してくるグランガチに、フェリオは両手を突き出した。
『帯びろ! エレキオン!!』
直後、激しい電流がこのホール全体を、駆け巡った。
グランガチは、まるで踊り狂うように激しくもがき苦しんだ後、引っくり返って動かなくなった。
『……やったかな!?』
『おそらく……』
フェリオの言葉に、ショーンも慎重に答える。
すると、水深が下がり始めた。
『お!? やったぞリオ!!』
レオノールが向こうから、声を上げる。
『ヤッター!!』
フェリオは喜び、拳を上へと突き上げる。
しかし、水中が赤く染まっていくのに気付いて、振り返るとショーンがグランガチをナイフで手早く解体しているではないか。
『空間内に消滅する前に、少しでも多く身を取っておかねば。実はもう、食材が心許なかったのです』
これに爆笑するレオノールだったが。
『笑っている暇があったら、あなたも手伝ってください! 水がある内はまだ、消えないでしょうから』
ショーンに言われて、レオノールも息絶えたグランガチの元へと泳ぐ。
逆に、フェリオはフィリップの元へと向かう。
『お兄ちゃん! 足、大丈夫!?』
『スッ……ゴく痛かったけど、もげてないから大丈夫』
心配する妹へ答えると、フィリップは自分の左足の膝に両手を翳した。
『天からの使者よ。我に癒しの口づけを。──天使の口づけ』
彼の呪文に応えて、真っ白い羽根が出現すると、フィリップの左足の傷口に触れた。
そこから黄金の輝きを放ち、見る見る傷口は塞がっていった。
これを見届けてから、フェリオは安堵の息を洩らす。
その時には、水位はフェリオの肩まで下がっていた。
水中からすっかり顔が出せたフィリップが、ふと愉快そうに笑った。
「今夜はご馳走だね。リオ」
「え?」
これに背後を振り返ったフェリオは、仰天した。
3.5mはあるグランガチが、ショーンとレオノールの手によって、すっかり骨だけになっていたからだ。
「何て素早い三枚卸し……」
大食いである自分の為とは言え、この手際の良さに、フェリオは唖然となるのだった。
──一日で三回戦は、体力魔力の消費も大きかった。
時間はまだ16時を少し過ぎた頃だったが、今日はこの6Fで休息することにした。
何より、鬼ごっこと水中戦は、大いに体力を消耗した。
「久し振りに、生の肉が食える♪」
珍しく、レオノールまで食欲を露わにしたのは、それだけ彼女の疲労も大きかったと言える。
グランガチは胴体が魚ではあったが、頭部がワニだったのでしっかり頬肉も削げ取っていた。
おかげでグランガチは、水が完全に引いた頃、骨と化した姿で空間へと姿を消した。
ちなみに、しっかりと牙と鱗もアイテム素材として入手していた。
これだけ煌びやかに輝く鱗なのだから、間違いなく高値で売れる事だろう。
夕食の下ごしらえに取り掛かろうとしているショーン以外、三人はくつろいでいると突然空間がカッと光った。
「!?」
「わぁっ!!」
「敵か!?」
フィリップ、フェリオ、レオノールは反応し、慌ててその場から飛び退く。
しかし、そこには500mlの瓶が、出現していた。
「どうかしましたか? 皆さん」
三人の騒ぎ声に、ショーンがやって来た。
「これって……報酬、みたいなものかな?」
フェリオは床にへばり付いて、まじまじとその瓶を睨み付ける。
中には、黒い液体が入っているようだった。
「こいつは……もしかして!?」
レオノールが、その瓶を手に取る。
そして、ラベルが貼られている表示を、確認した。
やがて、彼女の表情は次第に、喜びへと変わる。
「こいつはっ! “完全体の薬”だ!! しかも500mlヴァージョン!!」
「完全体の薬!? 高レベルのモンスターのドロップでしか手に入らない、アレですか!?」
ショーンの驚愕した反応に、レオノールは興奮気味で答える。
「ああ! そうだ!!」
「何なの? そのかんぜんたいの薬って?」
フェリオの疑問と共に、フィリップも小首を傾げる。
「こいつは完全体の薬と呼ばれるプチレアアイテムで、モンスターからドロップしても、使用量たった一回分だけなんだ。それが500mlとなると、ザッと考えても50回は使用出来る、もうスーパーレアアイテムなんだよ!!」
レオノールの興奮は止まらない。
つまり、完全体の薬は、力・防・魔・速・体が一気に跳ね上がる作用があるのだ。
ただし、一回の戦闘中のみだけの効果だ。
「それって、シャブじゃないよね?」
フェリオの発言に、レオノールがスパンと彼女の頭をはたいた。
「これを使用してもジャンキーにゃあならねぇよ!!」
こうして、ホクホクした表情を浮かべるレオノールを笑顔で見つめてから、ショーンは改めて夕食の準備に取り掛かった。




