story,Ⅷ:マネッ子ルンタッタ
「わぁっ!!」
キュクプロスが振り下ろした棍棒から、その場にいた四人は一斉に四方へと散った。
「いきなりかよ!!」
レオノール・クインが喚く。
「先程よりも、こうしてバラバラに分かれた方が、少しは安全でしょう」
ショーン・ギルフォードが、言葉を返す。
四人はそれぞれ、キュクプロスを取り囲むようにして、逃れていた。
「この位置だったら、四方八方からでも、攻撃が出来るね」
フェリオ・ジェラルディンが、述べる。
キュクプロスは、自分が取り囲まれている事に気付くと、棍棒を一周させる形で振り回してきた。
「わっと!」
子供体型のフェリオは、身を屈ませて棍棒を避ける。
「おっと!」
レオノールは、その場で大きく真上にジャンプして、避ける。
「ヒャア!!」
フィリップ・ジェラルディンは、床にうつ伏せの形で張り付く。
ショーンは無言で、バックジャンプして避ける。
そして、言った。
「これは、間合いに入れば簡単に、攻撃出来そうですよ」
「それは言えてる」
レオノールは答えると、素早い動きで間合いを詰めてから、攻撃を開始した。
手の甲に収めている、ナックルの爪を出現させると、キュクプロスの背面に飛びかかる。
「切り裂き!!」
背中へ袈裟懸けに、爪を振り下ろす。
これに、キュクプロスは声を上げて、背後を振り返る。
「グオォッ!!」
その時、キュクプロスの鎖骨辺りで、何かが光った。
「あれは……鍵?」
「え?」
兄フィリップの言葉に、妹フェリオが聞き返す。
「うん。あれはきっと、あの宝箱の鍵だよ!」
確信したフィリップは、声を大にして言った。
一方、レオノールへとキュクプロスが振り向いた事により、今度はこちらが背面になった所をショーンが大剣で斬りかかる。
「瞬速斬り!!」
素早い動きで数回、背中を斬り付ける。
「ガァッ!?」
これにキュクプロスは、背中を仰け反らせる。
そしてひとまず、目前にいるレオノールへ手を伸ばすと、そのまま手の中に掴んだ。
「しまった!」
「ノール!!」
レオノールの言葉と共に、ショーンが彼女の名を呼ぶ。
キュクプロスは、彼女を掴んでいる手に力を込めていく。
「うぅ……っ、ぐぐぐぐ……!!」
レオノールは呻き声を洩らす。
彼女の体が、ミシミシと軋み音を立てる。
キュクプロスは、口を開けるとレオノールを頭から、喰らいつこうとした。
だが。
「ぶった斬り!!」
声が聞こえたかと思うと、キュクプロスはレオノールを見失っていた。
いや、それどころか、彼女を掴んでいた腕ごと、なくなっているではないか。
ショーンが、キュクプロスの腕を切断したのだ。
「ノール!!」
ショーンは切断した腕の、手の中にいるレオノールの救出に向かう。
「よし! 今だ! 生ける者へ死の裁きを! ──インフェルノ!!」
それは、3Fの宝箱で入手した、即死魔法だったが。
「……リオよりも、このキュクプロスの方が、強いって事だね……」
フィリップは、まるで効果のなかった即死魔法に、残念そうにそう述べた。
これに、チェッとフェリオは舌打ちする。
「試してみたかったからだけど、こうなったら……帯びろ! エレキオン!!」
改めて、フェリオは雷電系である大規模魔法をキュクプロスへと、展開した。
これにより、特大の赤い雷がキュクプロスの脳天に、直撃した。
それに、フェリオが喜びを露わにする。
「フィルお兄ちゃん! ボク、エレキオン使えた!!」
「それだけ、レベルが上がった証拠だね」
はしゃぐ妹へ、フィリップは優しく微笑む。
エレキオンを受けたキュクプロスは、口から煙を出して上を見上げ、気絶しているようだった。
ピクリとも動きのないキュクプロスではあったが、まだ立ったままで倒れはしない。
これをチャンスとし、ショーンが大きく跳躍するとキュクプロスの首から下げられている、鍵の付いた紐を切断した。
鍵が、軽い金属音を立てて、床へと落下する。
落下した鍵を、急いでフェリオが拾う。
ショーンが重力に任せて落下が始まった時、天を仰いでいたキュクプロスの顔が、グンと正面を向いたではないか。
意識を取り戻したのだ。
しっかり、キュクプロスの巨大な単眼と目が合うショーン。
刹那、真横から巨大な棍棒が迫ってきたかと思うと、まるで野球宜しく彼を思い切り打ち放った。
ショーンは、そのまま吹っ飛び、壁に叩き付けられた。
「──っ、ガハッ!!」
床へ落下したショーンは、喀血する。
彼が先程、切断したキュクプロスの手の中から、レオノールが片手を腹部に当てながら、よろめきつつ駆け寄る。
「ショーン!!」
「リオ! こうなったら、僕らの魔法を一気に叩き込むよ!!」
「うん!!」
フィリップの言葉に、フェリオは大きく首肯すると、呪文を口にした。
「燃え尽きろ! フレイオン!!」
これは、火炎系の大規模魔法だ。
キュクプロスの足元から、キャンプファイヤー並みの炎が立ち昇り、キュクプロスを包み込む。
火だるまになったキュクプロスは、もがき暴れる。
更にそんなキュクプロスへ、フィリップの光属性攻撃魔法を仕掛ける。
「更なる宴を盛り上げん。──神々の宴!!」
すると、幾つもの光のリングがキュクプロスの頭上に出現し、リングの内側へキュクプロスを通過したかと思うと火だるまになっているキュクプロスを、強力な力で締め上げ始める。
「グオアアァァァァーッ!!」
炎と拘束の締め付けにより、キュクプロスは絶叫を上げたかと思うと、ついに炭化してボロボロとその巨躯は瓦解してしまった。
「……──ヤッタ! 倒したよ!!」
フェリオは大喜びして、その場で飛び跳ねる。
「フィル! ショーンを助けてくれ!!」
だがしかし、レオノールからの必死な呼びかけに、フェリオとフィリップは我に返ると慌てて二人の元へ、駆け出した。
「天からの使者よ、この者に癒しの口づけを。──天使の口づけ」
フィリップ・ジェラルディンは、口の周りを血だらけにして倒れているショーン・ギルフォードの胸元に両手を当て、回復系魔法を唱える。
これに応えて、天から幾つもの白い羽根が舞い落ちてくると、その中の一枚がショーンの口唇に触れた。
するとその羽根が、黄金に輝き彼の全身を包み込む。
「う……っ、くう……」
ショーンが、大きく息を吸う。
「ショーン! ショーン大丈夫か!?」
レオノール・クインは、必死に彼へ声を掛ける。
「あ、あ……だいぶ、楽になりました……」
ゆっくりとした動きで、ショーンが上半身を起こす。
「今の回復魔法で、治ったとは思うけどショーンのあばら骨が何本か折れていたんだよ」
フィリップの心配そうな言葉に、ショーンは小さく微笑んでみせる。
「ええ。それは私自身も、骨折に気付きました。……キュクプロスは?」
「ボクとフィルお兄ちゃんで、何とか倒したよ」
フェリオ・ジェラルディンも、心配そうな顔で答える。
「ショーン。ひとまず回復系魔法はかけたけど、僕の魔力レベルがまだ低いせいで、完全じゃないかも知れない。だから、このオールドフルーツを食べて」
フィリップから差し出された、グレープフルーツ程の大きさをした赤い果実を、ショーンは受け取る。
オールドフルーツは、回復系アイテムで体力を全回復する。
「ありがとうございます」
「待ってショーン。まずは口の周りの血を拭かないと……」
レオノールは言って、ハンカチを手にすると彼の口の周りを、優しく拭い取る。
「優しい奥さんで、良かったね」
フェリオの言葉に、ドキッとするレオノール。
「ちっ、違……っ! お、俺はただ……!!」
しかしこれに、ショーンは首肯した。
「はい」
「え……っ!?」
レオノールは、一気に顔を紅潮させる。
「レオノール。君も怪我をしているのだから、回復しよう」
フィリップがクスクス笑いながら、声をかける。
彼女は、あばら骨にヒビが入っていた。
フィリップは、彼女のあばら骨部分に手を当て、同じく唱えた。
「天からの使者よ、この者に癒しの口づけを。──天使の口づけ」
これにレオノールにも、ショーンの時と同様の現象が起きる。
「サンクス、フィル。すっかりもう、痛みがなくなった」
レオノールは、上半身を捻って言う。
「さぁ、そんじゃあ、この鍵で宝箱を開けてみよう」
フェリオは、ショーンがキュクプロスの首から下がっていた鍵の紐を切断して、落下したところを拾ったそれを、皆に披露する。
こうして、四人で階段側にあった、宝箱の元へと向かう。
フェリオが鍵を差し込み、回してみるとガチャガチャガチャと、三つくらいの錠が開く音が聞こえたかと思うと、宝箱の蓋が開いて手の平ほどの大きさをした、白い小箱が入っていた。
その小箱に、フィリップがゆっくり手を伸ばすと、そっと開けてみる。
中には、一組のイヤリングが入っていた。
「これは……何と言うアイテムなんだろう?」
「お任せください」
ショーンは笑顔を浮かべると、アイテム図鑑を取り出し、調べ始めた。
──10分後──
「これは、ホワイト・ラブラドイルという鉱石名である、“マネッ子ルンタッタ”と呼ばれるアイテムです」
「マネッ子ルンタッター!? 随分ふざけた呼ばれ方だな!」
ショーンの説明に、レオノールが顔を顰める。
そのイヤリングの石は、ティアドロップ形をしており、一見真珠のようだが表面は青白く輝く綺麗な光が発せられ、角度によっては虹色に光り輝いている。
「しかし、これはレア中のレアアイテムですよ。何でも、自分のターンの時、その前の人物が起こしたアクションをそっくりそのまま、実行出来るのですから」
「ん? ん!? ……つまり??」
フェリオが、小首を傾げる。
「例えば、リオ。あなたが魔法を使用したなら、それと同様の魔法を剣士や武道格闘家である私やノールも、同レベルにて使用を真似て実行出来るのです」
彼の説明に、三人はどよめく。
「そ、それは例えば、全く魔力がなくても、ってこと!?」
フィリップの質問に、ショーンは首肯する。
「じゃあ逆に、筋力や体術のないボクらもレオノールやショーンを真似ることも!?」
フェリオの質問に、ショーンは首肯する。
「ちなみに、無限大、何度でも使用出来ます」
ショーンは、ニッコリ笑顔を見せる。
「マジかよ!? 今回、最大のレアアイテムじゃねぇか!!」
レオノールが、興奮を露わにする。
「いかがでしょう。リオ、フィル。元々、ここへ行こうと言い出したのは、ノールです。このマネッ子ルンタッタは、ノールに譲りませんか?」
「え……!?」
レオノールが、声を洩らす。
ショーンの言葉に、フェリオとフィリップの兄妹は顔を見合わせてから、首肯した。
「それもそうだね!」
「僕も問題ないよ」
兄妹は思いの他あっさりと、受け入れた。
「では、これはノールの物です」
ショーンは言うと、手の中にあったマネッ子ルンタッタを、レオノールの耳に装着してあげた。
「とてもお似合いですよ。ノール」
「あ、あ……ありがとう……」
レオノールは、顔を紅潮させながら、礼を述べた。
しかし、このタイミングで。
グゥ~ギュルルルルルルルル……。
「……」
一同、沈黙の後、申し訳なさそうにフェリオがそろりと、口を開いた。
「ムードを壊してゴメン……お腹空いちゃって……」
これに、ドッと三人が笑い声を上げる。
ショーンは、腕時計を見てから、述べた。
「リオのお腹は、時間に正確ですね。確かに、もうお昼を少し過ぎています。では今から、昼食にしましょうか」
「わぁい!!」
「リオはレアアイテムよりも、食欲だね……」
飛び上がって喜びを見せる妹へ、フィリップはそう口にして笑顔を見せる。
こうしてひとまず、この5Fで休憩がてら昼食を摂ることにして、早速ショーンがその準備に取り掛かった。
メニューは、赤い果実に似た野菜に、乾燥した海草を和えたもの。
青い果実を、薄く切った干し肉で巻いたもの。
シーフード缶詰に、青い葉物野菜を散らしたもの。
練り物と、筒状の青野菜を串に刺して焼いたもの等々だった。




