story,Ⅶ:どんな手段を使ってでも
このハイビスカス塔は、どこへ行っても当然、円形のホールだ。
コヨーテを、フェリオ・ジェラルディンが猛進で追いかけ回していたが、とにかくコヨーテの足は速い。
いい加減、フェリオの息も切れてきた。
しかし気が付くと、いつの間にかフェリオの隣を、ショーン・ギルフォードが軽い身のこなしで並んでいた。
「リオは少し、休憩しなさい。その間、私がコヨーテを追いかけますから」
「そ、そう? 分かった。任せるよ……」
フェリオは、その言葉を残して速度を緩めると、床へ突っ伏してしまった。
「ゼェ、ハァ、ゼェ……!!」
大きく呼吸するフェリオ。
荒い息遣いで、胸が大きく上下する。
「何~? もうギブアーップ!?」
コヨーテは、どんどん遠のくフェリオの姿に愉快げに言ったものの、気が付くとコヨーテへとショーンが肉薄していた。
「わぁ!!」
コヨーテは、驚きの声を上げるや更に足の動きを速めて、ショーンから距離を取ろうとする。
ところが、ショーンも同様に足の動きを、速めたではないか。
コヨーテとショーンの間の距離は、僅か1.5m。
この距離から、引き離される事なくショーンは、速度を保っていた。
「このぉ! 捕まるもんか!!」
コヨーテは言うなり、身を屈めて両手を床に着くと四足歩行になって、更にスピードを上げる。
だが、それでもショーンを引き離せない。
「な……何て速さだ……」
その様子を見ていた、フィリップ・ジェラルディンが呆然となっていた。
コヨーテは、近くの壁に向かうと、壁を伝って駆け上がる。
ところが、何とショーンも裸足で壁を、駆け上がってきたではないか。
「ウソ!?」
コヨーテは驚愕を露わに、限界まで駆け上がってから壁を蹴って、床へと着地する。
これにショーンもしっかり反応して、着地したコヨーテの頭上めがけて落下してきた。
「何て身体能力なのよ!?」
コヨーテは、急いで足に力を込めるとその場から離れるべく、床を蹴る。
しかし。
「キャインッ!!」
コヨーテは、悲鳴を上げた。
振り返ると、ショーンから尻尾を握られているではないか。
「さぁ、捕まえましたよ。あなたの負けです」
ショーンは、コヨーテへ言うとニッコリと、笑顔を見せるのだった。
「あれぇ!? まさかコヨーテ、もう捕まっちゃったの!?」
コヨーテとショーンの元へ、飛行してきたレイブンが、頭上から声をかけてきた。
「うん。捕まっちゃったよ。トホホ」
コヨーテは、残念そうな表情を浮かべる。
「逃げ出さないように、首輪でも付けましょうか?」
平然と述べるショーン。
「そんな卑怯な事はしないよ! 一度捕まったら逃げないもん!」
コヨーテは言うと、その場にペタンと座り込んだ。
「レイブン、あたしの分まで頑張って逃げてね」
「お任せあれ♪」
レイブンは黒い翼を羽ばたかせながら、敬礼ポーズをして見せる。
「あ! 凄いショーン! コヨーテを捕まえたの!?」
ようやく呼吸が落ち着いたフェリオが、駆け寄って来る。
「はい。後、残すはこの、レイブンのみです」
ショーンの言葉に、フェリオが頭上のレイブンを見上げる。
その時。
「そこでボーっとしていないで、さっさと捕まえやがれぃっ!!」
レオノール・クインが、その場に向かって突進して来た。
「キャア怖い! それじゃあ、あたし行くね! コヨーテ」
「いてら♪」
コヨーテに見送られながら、レイブンはその場から離れた。
こうして、4対1の鬼ごっこが始まった。
しかし、レイブンは飛行逃亡なので、なかなか捕まえられず、追いついてジャンプしても軽々と避けられてしまう。
そうこうしている内に、スピードアップの魔法効力も切れてしまった。
四人とも、息を切らして床の上で大の字になり、バテている。
これに、頭上でレイブンが愉快そうに、クスクス笑っている。
「またスピードアップの魔法をみんなに……」
「いや、ちょっと待て。本来の運動能力を上回った動きをし続けたせいか、俺は筋肉痛だ……」
「私もです」
「ボクも……」
フィリップの発言に、レオノール、ショーン、フェリオの順で、息を切らしながら口にする。
「そうだよね……じゃあ、どうしようか……」
フィリップは言いながら、大の字に寝転がったまま、手にしていた杖を立てた。
そして、力なく呟く。
「眠りに落ちろ……ロングナイト──なんてね」
そうしてフィリップは苦笑したが、杖がピンク色に光ったかと思うと、頭上で一定飛行していたレイブンを包み込んだ。
「え?」
「ん?」
「あ!?」
「はい?」
フィリップ、フェリオ、レオノール、ショーンと声を洩らした時には、レイブンが翼の動きを止めて落下してきたのだ。
そのままレオノールの上へと、降って来るレイブン。
「ぅがっ!! 何だいきなり!?」
レイブンを腹で受け止めたレオノールが、よくよく見てみるとレイブンはスヤスヤと寝息を立てているではないか。
「これって……眠ってる?」
フェリオが、ゆっくり上半身を起こして、確認する。
「……初めから、眠らせりゃ早かったのかよ?」
レオノールは、自分の上で眠っている、レイブンを覗き込む。
「何であれ……これで、レイブンも確保ですね」
ショーンは苦笑すると、言った。
「油断するから、魔法喰らっちゃうのよ! レイブンったらぁ!!」
コヨーテが、駆け寄って来た。
「偶然ではあるけど、これで二人とも、僕らは捕まえたよ?」
フィリップは、ゆっくり上半身を起こし、コヨーテへ声をかける。
「うん。そうだね。完敗、完敗☆」
コヨーテは述べると、空間に手を突っ込んでから、何かを掴んで手を抜いた。
それは、手の平サイズの小箱だった。
「はい、これ。戦利品♪」
コヨーテはその小箱を、フィリップへ手渡す。
「何だろう……」
そうして、ゆっくりと蓋を開けると、そこには指輪が入っていた。
それは、青い1cm程の石がはまった、銀の指輪だった。
「これは……何の指輪なの?」
言いながらフィリップ・ジェラルディンは、その指輪をケースから手に取る。
その質問に、コヨーテは嬉しそうにはしゃぎながら、答えた。
「それはねぇ、味方全員の体力を10分の1だけ、無制限に回復出来る指輪で、魔力を一切消費しないのよ☆」
「回復の指輪……」
フィリップは、ポツリと口にする。
更に、コヨーテは続けた。
「あたしとレイブンとで作ったの! 瑠璃の指輪って言うのよ♪」
コヨーテは言うと、嬉しそうにその場でピョンピョン跳ねる。
「じゃあこれは、魔力消費なしなので、ノールが身に付けるといいですよ」
ショーン・ギルフォードも息を整えて、上半身を起こすと言った。
「え? 俺が? でも、もう俺は昨日のバジリスク戦で、マッスルバンドを貰ってるから、今度はショーンの物だよ」
同じく、上半身を起こしていたレオノール・クインは、すっかり深い眠りに落ちているレイブンの膝枕をした状態で、言葉を返した。
「ですが……」
口を開きかけたショーンの言葉を、コヨーテが口を挟んだ。
「平等~! みんな、平等に受け取るべき~!」
この無邪気に言ったコヨーテの様子に、フィリップがクスクス笑って言った。
「そうだね。コヨーテの言う通り、今度はショーンの番だよ」
「そう、ですか……分かりました。では、そうさせて頂きます。ありがとうございます」
ショーンは、フィリップから指輪を受け取ると、それを右の中指にはめた。
「ところでコレ……いつまで眠ってんだ?」
レオノールが、膝枕をしてあげているレイブンを、指差す。
「軽く12時間は眠ってるよ? 眠りの魔法がかかってるから」
フェリオ・ジェラルディンが、ケロリと答える。
「12時間!?」
レオノールが、驚愕の声を上げる。
すると、コヨーテがレオノールの元へと駆け寄る。
「大丈夫! あたしがレイブン、お家に連れて帰るから!」
「お家!? この空間の中に、お前らの家があるのか!?」
更に驚愕するレオノール。
「うん! あたしとレイブンは、姉妹なのよ☆」
「へぇ~、雰囲気と性格以外は、まるで似てないけど、姉妹なんだ……」
フェリオが静かな口調で述べる。
「それじゃあ……よいしょっと!」
コヨーテは、レオノールの膝からレイブンを、両手で抱き上げた。
「おお。力、強いんだね。コヨーテ!」
フェリオの言葉に、コヨーテは満面の笑みを浮かべる。
「あたしは、足腰が強いのが自慢なの!」
「それは確かに、そうでしょうね。あの鬼ごっこの時の動きから見るに」
クスクス笑うショーン。
「でも、君には負けたけどね!」
自分を捕まえた当人の言葉に、しっかりとコヨーテは言い返した。
「そういうゲームなので、仕方ありません」
ショーンは言って立ち上がると、コヨーテと眠っているレイブンの頭を優しく撫でてから、脱ぎ捨てた靴と大剣を拾いに行った。
「それじゃあ、あたし達も帰るね! 次の階でも頑張って☆」
コヨーテは、獣耳をピクピク動かして言いながら、空間へ片足を差し入れた時、フェリオが呼び止めた。
「待って! あの……次は何が出るの……?」
「ん?」
「いや、ほら。前以って知っていれば、こっちも対策とか出来るし!」
するとコヨーテは、満面の笑顔で答えた。
「知らない!」
「え?」
「ここのダンジョンは、誰がどの担当とか、決まってないの。その時に手が空いている者が、呼び出される仕組みだから☆」
「ええっ!? そんな適当なの!?」
打撃を受けたフェリオだったが、その場にいたフィリップとレオノールも衝撃を覚えていた。
「それじゃあ、今度こそバイバ~イ♪」
この言葉を残して、眠っているレイブンを抱えたコヨーテは、空間の中へと姿を消した。
やがて、大剣と靴を身に付け戻ってきたショーンは、そのまま愕然として突っ立っている三人へと、声をかけた。
「……一体どうしました? 何か問題でも?」
フィリップが、このハイビスカス塔の経緯を、説明した。
「成る程。そうなのですか。では、ひとまずこの筋肉痛を治して、上へ進みましょう」
思いの他、ショーンは冷静だった。
そうして、ショーンは早速指輪のはまった右拳を、天に掲げる。
すると青い煌きが、四人を包み込む。
直後、まるで涼風のような感覚と共に、筋肉痛も消え体も楽になった。
「おお! バカには出来ない10分の1体力回復!」
フェリオが、ピョンピョンと飛び跳ねる。
階段の方を見ると、閉じられていた壁も開いていた。
こうして四人は、上の階へと上がって行った。
すると、階段を上りきったすぐ目の前に、金属製の箱があるではないか。
「宝箱だ!!」
フェリオが、それへ飛びつく。
「ねぇ、レオノール! 開けてもいい!?」
「ああ。いいぞ」
レオノールは、苦笑しながら許可を出す。
しかし。
「あれ? これ、開かないよ?」
「どれどれ……本当だ。鍵がかけられているみたいだ」
ジェラルディン兄妹が、確認していると。
──ドスン!!
床が大きく揺れた。
これにみんな一斉に、ホールの中央を振り返る。
するとそこには、空間から巨大な灰色の皮膚をした足が、出現していた。
今の揺れは、この足が床へと踏み下ろされたからだった。
フェリオ、フィリップ、レオノールは、これに息を呑む。
やがて、両手がニュウッと伸びて来ると、空間を掻き分けるかのようにして、頭が出現した。
その顔には、大きな単眼がありギョロリと、四人へ向けられる。
「このモンスターなら、ボクでも分かるよ……キュクロプスだ!!」
フェリオが叫んだ。
そう、それは棍棒を手にした単眼巨人、キュクロプス──またはサイクロプス──だった。
「俺らの相手にようこそ! 暇人モンスターさんよぉ!!」
レオノールが、挑発的な発言をする。
その身長は、およそ4mと言ったところだろうか。
しかし、こちらが身構える隙も与えぬように、問答無用でキュクロプスは棍棒を振り下ろしてきた。




