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story,Ⅴ:休息



 その日は、この階で夜を過ごす事にした。

 バジリスクを倒したので、モンスター出現に恐れる事も無く、バリアを張る必要はないと判断した。

 人工物の建物である塔の中なので、焚き火が出来なかったが、ショーン・ギルフォードが持参していた“灯光の札”を二枚、それぞれ向かい合う壁に貼りつけ、明かりとした。

 ちなみに光力は、14㎡以上程で持続時間は5時間くらいだ。


「やっぱり火と違って、光の明かりは、安心感があるねぇ」


 フェリオ・ジェラルディンが、蒸したジャガイモを口の中で咀嚼(そしゃく)しながら言った。

 カセットコンロ等を持参していたので、簡単な調理が可能だった。

 こぶし大くらいのジャガイモだが、フェリオは余裕で6個目を食べている。

 フィリップ・ジェラルディン、レオノール・クイン、ショーンらは、カップラーメンで十分だった。

 フェリオに至っては、カップラーメンを3食分、平らげた上でのジャガイモである。

 まだ鍋に3個程残っているが、もれなくフェリオの腹へと直行だろう。


「しかし、随分静かですが、おそらく上の階にも何らかの仕掛けがあるのでしょうね」


 ショーンは、愛用である“英雄の大剣”を磨きながら、ふと天井を見上げる。

 これに、フィリップも上を見上げる。


「それを考えると、ドキドキしちゃうな……」


 レオノールは、片足ずつ曲げ、上半身を捻じる腹筋をしながら、口にした。


「何であろうと、全クリしてやらぁ」


「逞しいなぁ。レオノールは」


 フィリップは、筋トレしている彼女へと答える。

 これにレオノールは、回数をこなした腹筋運動から、片腕だけの腕立て伏せに移行しつつ、フィリップへと言葉を投げかけた。


「フィルも、少しは筋トレしたらどうだ? 男なんだからよ」


「……レオノールを見てたら、もう何だか僕、筋肉痛だよ……」


 苦笑いしながら、フィリップは返答する。


「じゃあ、ボクも筋トレ、やってみようかな!」


 8個目のジャガイモを食べ終えたフェリオの言葉に、レオノールが言い返した。


「いや。お前はやめておけ。運動して、また空腹になられたら、困る」


「確かに。先程のバジリスクの肉も、取り損ねましたしね」


 ショーンも、彼女の言葉に続く。


「バジリスクを食べる前に、逆にボクらが食べられちゃったもんね。何か悔しい」


 言いながらフェリオは、9個目へと手を伸ばした。


「また、次にモンスターに遭遇した時は、しっかり肉を確保しますよ」


 フェリオの様子に、ショーンはクスクス笑いながら言った。


「ファ……僕、もう眠くなっちゃった。お先に寝ようかな」


 片手を口に当て、欠伸をするフィリップ。


「じゃあボクも、フィルお兄ちゃんと一緒に寝る!」


「いや、寝袋に二人も入んないよ」


 妹の反応に、フィリップは自分の荷物をたぐり寄せながら、答える。


「じゃあ、フィルお兄ちゃんにくっ付いて寝るもん!」


 フェリオは言うと、兄と同様に自分の荷物をたぐり寄せると、中から寝袋を取り出す。


「なら、兄妹は先に寝ろ。俺はスクワットと柔軟運動を終えてから、寝るぜ」


「私も、もう少ししたら寝ますので、お先にどうぞ」


 レオノールとショーンの言葉に、広げた寝袋に潜り込んでからフィリップは答えた。


「じゃあ、おやすみ」


「おやすみ~♪」


 フェリオは、兄の寝袋にべったりと自分の寝袋をくっ付けた状態で、口にした。


「ああ。おやすみ」


「おやすみなさいませ。お二人とも」


 それから兄妹を見届けて、レオノールとショーンはそれぞれの事をこなし続けてから、30分後に今度はレオノールも眠りに就いた。




 翌朝──先に目を覚ましたのは、レオノールだった。

 上半身に違和感のある重みで、目が覚めたのだ。


「ぅ……ん……?」


 レオノールはそれを手に取り、確認した。

 それは、人の腕だった。

 その付け根を辿る様に、レオノールは隣へ顔を向けたら、目と鼻の先にショーンの顔があるではないか。


「なぁっ!?」


 レオノールは、一気に脳が冴え渡る。

 彼は自分の寝袋で眠っていたが、つまるところ、レオノールを抱き寄せ彼女と密着して寝ていたのだ。

 理解するや否や、レオノールの心臓が早鐘を打ち始める。

 反対を振り向くと、ジェラルディン兄妹も寄り添いあって、まだ眠っている。

 この状態を、まだ見られていないことに少しだけ安心して、顔の位置を元に戻すと。

 ショーンが目を開けて、彼女を見つめているではないか。

 彼の碧眼に吸い込まれそうになりつつ、顔はしっかり紅潮させるレオノール。


「おはようございます。ノール」


 ショーンが、蠱惑的な声で、囁きかけてきた。

 それに答えるべく、レオノールは口を開けたものの、心臓が飛び出しそうで、片手で口を塞ぐ。


「良く眠れましたか?」


 これに、レオノールはコクコクと大きく二回、首肯する。


「それは良かった」


 ショーンは肩肘を突き、上半身を乗り出してくると、レオノールの額に軽くキスをしてきた。

 レオノールは、最早顔が発火しそうだ。


「それでは、私は今の内に朝食の準備をしましょう」


 ショーンは上半身を起こし、寝袋から出るとそれを小さく丸め、荷物の中に収めてから彼女から離れる。

 レオノールは、恥ずかしさのあまり寝袋の中へ、顔を突っ込むのだった。




 その後、ジェラルディン兄妹も目を覚まし、レオノール・クインも彼らに合わせて起き出し寝袋を片付けると、ショーンが用意した朝食にありついた。

 今朝のメニューは、湯に溶かした粉末スープ、チーズ、干し肉と固いパンだった。

 パンは、スープに浸して食べるのだ。

 旅人にしては、かなり豪勢な朝食だが、それが可能なのも本来執事である、ショーン・ギルフォードのおかげである。

 大食いのフェリオ・ジェラルディンには、特別にミックスナッツも付け、みんなより一回り大きいパンと干し肉も与えた。

 こうして朝食を済ませると、改めて皆、先へ進むべく準備した。


「さぁ~て! 次は何がお出迎えしてくれるかな!?」


 気合いを入れて、前向き発言をするフェリオ。


「この様子だと、上に進む度に難易度が高くなる仕組みだろうな」


 すっかり気持ちを落ち着かせたレオノールが、冷静に言う。


「まぁ、そんなことだろうと覚悟はしていたけど、バジリスク戦で一瞬でも僕ら、全滅した身だから不安は否めないな……」


 フィリップ・ジェラルディンは(ロッド)を手に、立ち上がりながら言った。


「……」


 四人の中に、沈黙が走る。

 が、先に静かな口調で口を開いたのは、ショーンだった。


「では、ここで諦めて戻りますか?」


「……」


 三人は黙って俯くと、誰からともなくフルフルと、首を横に振った。


「では、前進あるのみですよ」


 ショーンは穏やかに言うと、背中へと英雄の大剣を収める。


「少なくとも、リオは全滅しかけてから魔力レベルが上がったようですし、ここはきっとみんなも経験値が上がったと思いましょう」


 言うとショーンは、ニッコリと笑顔を見せた。

 覚悟を決めたとは言え、皆は慎重に上へ続く階段を上った。

 そして、完全に四階へ上がりきった所で、フェリオが口にした。


「そうじゃないかと思ったけど、やっぱりまた、何もないね」


「いや、来るよ」


 フィリップの言葉に、フェリオが兄へと顔を上げる。


「何でさ?」


「今、この階段の最上段を踏んだ時、カチリと聞こえた。多分、僕らは何かのスイッチを踏んだ」


 すると、どこからともなく、笑い声が聞こえてきた。


「ウフフフフ……」


「アハハハハ……」


「……子供の声、か……?」


 レオノールは、身構えながら言った。

 すると、空間の中からズズッと手と足が、出現した。


「え? 人、かな……?」


 フェリオが戸惑う。


「気をつけてください。どうやら一体だけではなさそうです」


 やがて体の前部が見えてくる。

 その身に着けている衣服は、一人が黒いミニスカートドレス。

 もう一人が赤茶色のミニスカートドレスだった。


「まさか、女の子……!?」


 フィリップが、呟く。

 そしてすっかり、全身が空間から姿を現した時、皆は目を見張った。

 それは二人の女の子──女児と言うべきか。

 身長140cmの子供体型である、フェリオよりも背が低い。

 ただ違う事と言えば、その子達は普通の人間にはないものがあった。

 黒いドレスに、黒いセミロングと黒い瞳の女児には、背中に黒い翼が。

 赤茶色のドレスで、ウェーブがかった灰色のセミロングに茶色の瞳の女児の側頭部には、灰色の獣耳と尻尾が付いていた。

 二人とも、とても愛くるしい顔をしている。


「でも……少なくとも、人間でない事は確かだね」


 フェリオが、腰ベルトにあるフックから、輪っかに丸めた鞭を手に取る。

 すると思いがけず、その二人の女児が口を開いた。


「ようこそ。このフロアへ。あたしはレイブン」

 

 そう自己紹介したのは、黒い翼の女児。

 

「お待ちしておりました。あたしはコヨーテ」


 獣耳と尻尾の女児も、等しく自己紹介をする。


「へぇ。言葉も喋れるのか!」


 レオノールが、感嘆の声を上げる。


「あたし達は、今回このフロアを守護する者」


 二人の女児──レイブンとコヨーテが、口を揃えて言った。


「そいつはそうか。悪ぃが俺は、子供に暴力を振るう趣味はねぇ。ここは黙って、上の階に行かせてくれねぇかな?」


 レオノールが一歩、前に進み出て言った。


「それはダメ」


「あたし達が与える、試練を乗り越えてもらわなきゃ無理」


 コヨーテとレイブンが、そう口にする。


「試練?」


 フィリップの言葉に、レイブンとコヨーテは揃って首肯する。

 そして、互いに歩み寄って手を繋ぎ合うと、それぞれの頬をピッタリと密着させ笑顔で、声を揃えた。


「その試練は、あたし達を捕まえること」


「捕まえる~!?」


 フェリオが、目を瞬かせる。


「鬼ごっこかよ!?」


 レオノールも、素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げる。


「構わないのですか? こちらは四人で、君達はたった、二人だけですよ?」


 ショーンの穏やかな問いかけに、レイブンとコヨーテははしゃぎ声を上げた。


「平気♪」


「ほぉ? まぁ、こちとらガキ相手にバトルはやりにくくて仕様がねぇと思ってたからな。遊び相手になれってこったら、こんな楽な事はねぇぜ」


 レオノールは言うと、手首と足首を回し解し始める。


「何か、条件でもあるんじゃないの?」


 フィリップが疑う。


「寧ろ逆。どんな手段を使ってでも、構わない☆」


 相変わらず、口を揃えてくるレイブンとコヨーテ。


「よぉ~し! じゃあ、ボク達も負けないよ!」


 フェリオも一歩、前に進み出る。

 これにコヨーテとレイブンは、クスクス楽しそうに笑うと、同時に言った。


「それじゃあ、用意……スタート!!」


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