story,Ⅳ:全滅
バジリスクは、フェリオ・ジェラルディンの火属性魔法を腹部に受け、大きくのたうつと背にある翼を羽ばたかせた。
そして、5m程の天井高く羽ばたくと、この円形のホールを形取るかのように、グルグルと壁に沿って飛び回り始める。
「あった!」
フィリップ・ジェラルディンは、ようやく石化回復アイテムである“メデューサの涙”の小瓶を荷物から取り出すと、バジリスクを警戒しながら石化したレオノール・クインの元へ向かう。
それに気付いたバジリスクが、フィリップへ牙を向けたのを、ショーン・ギルフォードが素早い動きで彼の前へと立ち塞がり、大剣を振るった。
ガキンという音と共に、上顎の30cmはあろうかの牙が一本、弾け飛んだ。
「キシャアアアァァァーッ!!」
しかし、飛行しながらの襲撃だった為、バジリスクの動きには勢いがあった。
バクンという音がしたと思った時には、ショーンはもうそこにはいなかった。
大剣だけが、虚しくその場から落下する。
「うそ! ショーン、食べられちゃった!!」
「リオ! バジリスクの双翼を、焼き払うんだ!!」
驚愕している妹へ、フィリップが大声で指示する。
「分かった!! じゃあひとまず、ジッとしてもらおうかな。伝われ! エレクトア!!」
フェリオは唱えると、再度両手を突き出した。
青白い電流が放射され、バジリスクの全身に流電する。
「キシャアアアァァァーッ!!」
バジリスクは、全身を硬直させるや、ドスンと床へと落下した。
「あっ!!」
その衝撃で、フィリップの手からメデューサの涙が入った小瓶が、滑り落ちる。
「お次は、もう一回! 燃え上がれ! フレイムア!!」
フェリオは、バジリスクの翼に向けて、炎を放射した。
バジリスクの双対の翼が、炎に包まれる。
「キシャアアアァァァァーッ!!」
翼の炎を消すべく、バジリスクは全身を捩じらせ回転し、もがく。
その間に、フィリップは大慌てで転がっていく小瓶の後を、追いかける。
ようやく小瓶に追いつき、拾い上げようと手を伸ばすフィリップ。
しかし、気付いたら目前にバジリスクの三つの邪眼が、赤紫色に輝いていた。
「!? フィルお兄ちゃん!!」
だが、残念な事にフィリップもしっかり、恐れる間もなく石化されてしまっていた。
「そんな!! 冗談でしょ!? お兄ちゃん!!」
フェリオは、顔を青褪める。
レオノールは石化され、ショーンはバジリスクの体内に嚥下され、そしてまたフィリップまでもが、石化した。
今ここにいるのは、フェリオだけになってしまった。
「シュコココココ……」
それを、まるで嘲笑うかのように、バジリスクは頭部を持ち上げていく。
まだ、信じられないフェリオは、石化した兄の元へと駆け寄る。
「お兄ちゃん! フィルお兄ちゃん、しっかりして!!」
ペタペタと兄の顔に触れるが、伝わってくるのは冷たい石の感触だけだった。
「そんな……そんな……!!」
フェリオは、ペタリとへたりこむ。
「シュコココココ……!!」
どくろを巻くバジリスクの背にあった翼は、フェリオのおかげで見事、焼け焦げてしまっていた。
「よく、も……」
フェリオは、ギュッと拳を握る。
肩は小刻みに震えていた。
「よくも……ボクのお兄ちゃんをーっ!!」
そう叫んで振り返ったフェリオは、憤怒の形相だった。
「打ち放て! アーシムア!!」
土属性魔法の呪文に応え、数個の直径60cm位の岩石が出現して、バジリスクに向かって放出される。
しかし、どうやらバジリスクにとっては、痛くも痒くもないらしい。
「シュコココココ……」
「クソ! 笑うな!!」
まるで、負け惜しみのように怒鳴ると、次の呪文を口走る。
「震えろ! フロースト!!」
すると、今度はバジリスクに、霜が降りた。
これには、蛇であるバジリスクは、動きが緩慢になった。
「!? そうか! こいつの弱点は、氷だったんだ!! 震えろ! フロースト!!」
再度、フェリオは呪文を叫ぶ。
バジリスクの、今度は違う場所に霜が降りる。
「魔力の威力が足りない! これじゃあ、限がないよ!!」
フェリオは、半泣きになる。
バジリスクの方は、グググと全身の筋肉に力を込める。
鱗に貼り付いている霜が、カサカサと剥落していく。
「!! ヤバイ!」
フェリオはそれに気付いて、両手を突き出す。
今は魔力の威力が低くても、繰り返すしかない、やっと解かったバジリスクの弱点なのだ。
「震えろ! フロー──!!」
バクン!!
突如、バジリスクの首が素早く伸びたかと思うと、呆気なくフェリオはバジリスクの口内へ、飲み込まれてしまった。
こうして、誰もいなくなった。
一行は、全滅したのだ。
バジリスクは、チョロチョロと舌を出すと、石化したレオノールとフィリップを後目に、ゆっくりと再び空間内へと姿を消し始める。
膨縮する、バジリスクの全身の筋肉の音以外は、すっかり塔内は静かだ。
しかし、ピタリとバジリスクが動きを止める。
「シュコココココ……」
直後、突然バジリスクは、全身のあちこちがバラバラに膨張したかと思うと、その箇所が次々と破裂していった。
ドオッ!!
全身がすっかり破裂したバジリスクは、その巨体を波打たせながら倒れ伏した。
赤黒い鮮血が、波のように大量に広がっていく。
その肉と皮膜が、モゾモゾと動いたかと思うと、ピンク色の髪をした子供が、姿を現した。
「プハーッ!!」
フェリオ・ジェラルディンだ。
すっかりバジリスクの体液と鮮血で、全身ドロドロに汚れている。
「見たか! ボクを本気で怒らせるから、渾身の魔力で内側からフレイオンを、喰らわせてやったよ!!」
フェリオは言うと、ズルズルと足元から片足ずつ、手を使って引き抜くとバジリスクの体内から、外へ出る。
フレイオンは、フェリオが使用する火属性の最高魔法で、爆発を引き起こす。
しかし、レベルの問題で、たった一発打てるか打てないかだ。
今回は“怒り”が、この魔法の使用回数を、誘発したのだろう。
すると、更にバジリスクの皮膜がめくりあげられた。
「ありがとうございます。リオ。おかげで助かりましたよ」
先に飲み込まれた、ショーン・ギルフォードだ。
「ショーン! レオノールだけじゃなく、フィルお兄ちゃんも石化されちゃったんだ! これが怒らずにはいられるかってぇの!!」
「それでは、もしかしてフィルの握られた手の中に、メデューサの涙が……!?」
ショーンは、全身の肉片などを手で払い除けながら、尋ねる。
「あ。それなら大丈夫! お兄ちゃんが落としたから、それをボクが拾っておいたんだ」
言いながら、フェリオはグショグショにぬめっている、半ズボンのポケットからその小瓶を、取り出してみせる。
「ひとまず、二人の石化から解放しましょう」
「うん! そうだね!!」
ショーンの言葉に、フェリオは大きく首肯すると、まずはフィリップ・ジェラルディンの方へと駆け寄る。
「お兄ちゃん! 今助けるからね!!」
そうして、小瓶のスポイトから中身を吸い上げると、一滴、フィリップの頭部にポツンと落とした。
すると、頭部から虹の煌きと共に、見る見る石化が解けていった。
「──ヵハ……ッ!!」
フィリップは、大きく一息吸うと、頭を振り上げた。
「良かった! フィルお兄ちゃん……!!」
「リオ! 話は後です! 次は、レオノールをお願いします!!」
これにハと我に返ると、フェリオは慌ててレオノールへと急ぐ。
そして同様に、彼女の頭部に一滴、メデューサの涙を落とした。
彼女も七色の輝きと共に、石化が解ける。
「フハァー……ッ!!」
レオノール・クインの吸気に、ショーンは胸を撫で下ろす。
「どうやら、僕も気付く前に石化されちゃったんだね……」
これらの様子から察したフィリップが、申し訳なさそうに呟く。
「気にする必要はありません。みんなをバジリスクから救出し、且つ倒してくれたのは、リオですしね」
ショーンの言葉に、フィリップとレオノールが口を揃える。
「え!? リオが!?」
「フフン♪」
フェリオが、自慢げに腰に手を当て、胸を張る。
「でかしたじゃねぇか、リオ! よくやったぞー!!」
レオノールは、フェリオを抱きしめそのピンクの髪を、撫で回したが。
そのグチョグチョした感触に、ベットリと音を立てながらゆっくりと、体を離した。
「……ひとまず、リオとショーンは、シャワーだね……」
眉間に皺を寄せているレオノールの表情に、フィリップはクスクスと苦笑した。
こうして、フェリオの水系魔法で簡単に着衣の上から水浴びをして、汚物やぬめりを洗い流してから今度は、風系魔法で全身を乾燥させた。
そしてふと、フィリップが周囲を見回して、言った。
「あれ? バジリスクの遺体が、消えてる……」
これに、三人も振り返る。
「ホントだ……」
呟くフェリオ。
体内から火系魔法で木っ端微塵にしたにも関わらず、肉片一つ残っておらず更には、床一面がその血で赤黒かったのも消えて、綺麗になっていた。
「おや。あれはもしかすると……バジリスクを倒した戦利品でしょうか」
ショーンは言いながら、ホールの中央へと歩いて行き床から何かを、拾い上げた。
これに、三人も彼へと駆け寄る。
「リストバンドっぽいね」
フィリップの発言に、レオノールがショーンへと声をかける。
「今、調べられるか?」
「分かりました」
ショーンは即答すると、荷物から辞典を取り出し、ページをめくった。
二分後──。
「ありました。どうやらこれは、マッスルバンドと言う力大幅アップ効果があるようです」
「じゃあ、それはショーンに……」
口を開いたレオノールの言葉を、ショーンが遮る。
「いいえ。それは“女性”である貴女が、身に付けなさいノール」
そう言ってショーンは、そのマッスルバンドをレオノールの手首に、装着させた。
「そ、そうか……」
心なしか、レオノールは頬を赤らめるのだった。




