story,Ⅲ:メデューサの涙
フェリオ・ジェラルディンが放った火炎砲は、3~4m程の距離で金属製の剣山を熱したが、何の反応もなければ微動だにもしない。
「こぉの~っ! 呻れ! アクアムア!!」
引き続き、フェリオは水魔法を同様に放つが、中規模な威力の水鉄砲を浴びせても、やはり剣山は一切反応を示さない。
「これは、限がない気もしてきたね……。短絡的な見方や判断をせずに、もう少し頭を捻った方がいいのかも知れないよ?」
勇猛果敢な妹の様子を見ながら、顎に手を当てフィリップ・ジェラルディンが思案しつつ、口にする。
「これでもか! 吹き抜けろ! エアロムア!!」
フェリオは、今度は風の中規模魔法を放つ。
「それは一理あるぜ。見破りの札で、この罠を見抜けたけど、俺達はここまで来る間の罠の先入観のせいで、肝心なことをやっていなかった」
「え? 何?」
フィリップがこれに、キョトンとして顔を上げてから、レオノール・クインを見る。
「それはこのホールの、チェックです」
今度は、ショーン・ギルフォードが答える。
彼の言葉に、フィリップははたと気付いたように、ホール内を隈なく見回す。
その間にも、フェリオはひたすら魔法攻撃を続ける。
「よぉ~し、お次は……!」
「ちょっと待ってリオ!!」
「え!?」
兄に目の前を片手で遮られ、フェリオはピタリと動きを止める。
「……今度のトラップ……ただ発動させればいい訳じゃないみたいだよ」
「ええ、何ソレ!? そういうこと、もっと早く言ってよ!」
フェリオは、魔法を繰り出すのをやめると、両手を腰に当て眉尻を吊り上げる。
「よく、周りを見てご覧リオ。ここには、今までなかった物がある……」
「んん!?」
兄に促され、フェリオはホール内をまじまじと見回す。
「あ。こんな簡単なのボクら、見落としてたの?」
フェリオも、ようやく気付いたらしい。
それはまるで、壁の中に埋め込まれたかのようにして、一部が1m程の高さの位置にくり抜かれてある。
棚状になっている四つの穴が、階段のデッキを越えた塔に入るすぐ両脇の壁にあったので、一種の死角になっていたのだ。
左右両脇に、二つずつ並んでいる。
40cmの四方に、同じく40cm程の奥行き。
そこに左手側には、丸っこい赤茶色の小さな水瓶と、9cm程の高さをした篝火用の黒い燭台がある。
右手側には、七色のカラフルな風車と、中身が空っぽの高さが20cmの砂時計の器らしき物があった。
「これはつまり……それぞれに見合う条件を揃えろってこと、かな?」
フィリップが、下唇を指で撫でながら、口ずさむ。
「こんなの、単純明快だろ!」
レオノールが、軽い口調で述べる。
「意味は、理解出来ますね? リオ」
ショーンが、フェリオへ確認する。
「バカにしないでよね! これくらい、ボクにだって分かるさ!」
壁と、閉ざされた剣山との隙間が、20cm位あるのを覗き込んでいたフェリオが反応すると、水瓶のある棚に向けて手を構える。
「ボクに任せておいてよ」
そう言い残してから、フェリオは静かに呪文を口にする。
「注げよアクアン」
すると、水音を立てて水瓶の中に、水が注がれる。
「燃えよフレイミ」
今度は火の玉が、燭台へとその身を任せる。
ここでふと、ショーンがフェリオへ声をかけた。
「次は、風と砂の順でお願いします」
「ん? 何で?」
フェリオは、キョトンとする。
「おそらくは、この砂時計がこの罠の、開放時間だと思われますので」
「成る程。それは一理あるね」
ショーンの答えに、フィリップが妹へと首肯して見せる。
「分かった。じゃあ、そうする」
フェリオも頷くと、今度は右側の壁へと手を構える。
「吹けよエアロス」
呪文と共に、出現した風により風車が、勢い良く回り出す。
そして最後に、砂系の呪文を唱えた。
「出でよサンドス」
これにより、砂時計の上部は砂に満たされ、サラサラと零れ出す。
すると、それを合図のようにかみ合っていた、天井と床の剣山が可動し元の位置へと引っ込んだ。
「よっしゃ! ありがとよ、リオ! さぁ、今の内にここを通過しよう」
レオノールは、わしゃわしゃとフェリオのピンクの髪を撫でると、足を一歩二歩と踏み出した。
これに思わず、ショーンがあっと声を出したのに、レオノールが振り向く。
「ん?」
だが、自分の中にあった心配と警戒心とは裏腹に、何も起きなかった事にホッとするショーン。
「いえ、何でもありません。行きましょう」
こうして四人は、そのホールを無事、通過した。
「ま、分かっちゃいたけど、やっぱりお次も円形か」
先に口を開いたのは、レオノールだった。
中の広さは、84.24㎡位だ。
先程までのトラップ塔より、随分広いホールで、反対側に上への階段がある。
「あれ? これって……」
何かに気付いたフェリオの、視線の先へ同じく目を向けたフィリップはバッと大げさに身構えて、口にした。
「こっ、これはもしかして、お宝では……!?」
「おお! そうだ、そうだ。よく気付いたな」
レオノールが、あっけらかんと答える。
それは、トラップ塔のホールを抜けた、すぐ左手にあった。
右手に、次のホールが広がっていたので、それに気を取られ、壁になっている左手側へは意識されなかったが、フェリオは子供体型のせいもあり視線が低いのだ。
「開けていい!?」
無邪気なフェリオの言葉に、レオノールは首肯する。
「おう! いいぞ!!」
これにフェリオは心躍らせながら、金属製の箱の蓋を開けた。
しかし。
「……空っぽ? 何も入ってないよ」
フェリオが言った直後、カチリと何かの音がした。
「え? カチリ!?」
フェリオの発言の後、突如ホールの方から何かが聞こえた。
「シュココココ……」
この気配に気付き、背後のホールを振り返る四人。
それは、何らかが目覚めた事による声音だった。
そこには、鎌首をもたげた大蛇の姿があった。
「シュコココココ……!」
紫色をした二股の舌をチョロチョロと出し、警戒音を発してくる。
「蛇!? 今までいなかったのに……!!」
「いや、良く見ろフィル。こいつ……空間の中から出て来てやがる……!!」
レオノール・クインの言う通り、刮目すると歪んだ空間からまるで垣間見せるように、徐々にその蛇と思しきものが姿を現す。
頭、翼、胴体、槍……これらの出現に、フェリオ・ジェラルディンが半ば混乱を示す。
「蛇だけじゃない!? 他にも何体かいるのかも!!」
「いえ……これは、もしかすると……」
ショーン・ギルフォードが、眉宇を寄せる。
蛇の頭の大きさから、“大蛇”であると判断したものの、全体像がすっかり現れた時、四人は息を呑んだ。
「シュコココココ……」
紫色に輝く双眸だけでなく、額に一つ緋色の眼、頭部中央には赤黒い鶏冠と顎に肉髯。
胴体には雉色の翼を持ち、全体的に翡翠のような色合いの鱗。
そして尾は、槍の先端になっている、体長6~7m程の──。
「これは、バジリスクです!」
ショーンの言葉を合図に、皆一斉に戦闘態勢を取る。
バジリスクは、四人を確認するかのように首を巡らすと、まずは子供体型によりみんなの中では一番小さいフェリオへと、素早い動きで首を伸ばしてきた。
「わっと!!」
フェリオも、素早く横っ飛びしてそれから逃れる。
バクンという音と共に、バジリスクの口が閉じる。
「何!? もしかして、ボクを丸呑みする気!?」
フェリオは、手にしていた鞭を頭上で回転させると、スパンとバジリスクの首元へと振り下ろした。
これに、バジリスクがフェリオへ振り返ったが、その間にフィリップ・ジェラルディンが呪文を唱えていた。
「野を駆ける素早き者よ。風とならん。──ウィンドチーター!!」
すると、フェリオの全身をグリーン色の輝きが頭から足の爪先へと、渦巻く。
それは、スピードアップの魔法だった。
だが、時間制限があり、効果はおよそ5~6分である。
真っ先に攻撃を仕掛けたフェリオを、バジリスクは最初の標的にしていたので再度、鋭く長い牙をむき出しに首を伸ばしてきた。
だが、兄からの支援魔法のおかげで、更に素早い動きで身を避けるフェリオ。
その隙を狙って、ショーンがバジリスクの胴体へと斬りかかり、レオノールがその反対側から爪を出したナックルをクロスに振り下ろす。
「シャーッ!!」
二ヶ所からの攻撃に、バジリスクが威嚇音を発すると、先っぽが槍になっている尾をショーンへ、袈裟懸けに振り下ろす。
バジリスクの頭部に、気を取られていたショーンは、それに気付くのに少し遅れた。
だが、ガキンという金属音と共に、その槍は彼が身に付けていたプラチナアーマーのおかげで、防ぐ事が出来た。
「危ない危ない……」
ショーンは、安堵の息を洩らす。
しかし、安堵したのは彼だけではない。
レオノールも息を洩らすと、怒りを覚えて尾の方へと怒涛の如く攻撃を開始した。
「シャーッ!!」
尾に走る激痛に、バジリスクは天を仰ぎ叫喚する。
そして、長い胴体をくねらせると、片方の翼で彼女を払いのけ、その勢いでレオノールは3m程、吹っ飛ぶ。
バジリスクは再度、尾を持ち上げたがそこから、槍がなくなっていた。
レオノールの、ナックルの爪が尾から槍を切断したのだ。
「イテテテ……へっ! クソが!!」
レオノールは床に肘を突き、頭を持ち上げた姿勢で悪態を吐く。
すると、警戒音と共にバジリスクは、ゆっくりと鎌首をもたげ始めた。
「シュココココココ……ッ!!」
「おっと。お怒りか?」
レオノールが、次の攻撃から避けようと口元をニッと引き上げ、バジリスクの動きを見る為上半身を起こしながら、その両眼を見る。
「ハッ!! バジリスクの眼を見てはいけません! ノール!!」
しかし、時既に遅く。
──カッ!!
バジリスクの、紫色の両眼と緋色の眼が、同時に鋭く輝き赤紫色の光を放った。
刹那、キーン……と、微かな音がホール内に響いた気がした。
「ノール!!」
ショーンが危機とした声で、再度彼女の名を呼んだが、返事はない。
よく見ると、レオノールは片手を床に突き、上半身を起こした姿勢のまま、全く動かない。
「え? レオノール、早くそこから……!!」
「待ってリオ。レオノールの様子が変だ」
彼女に声をかけるフェリオへ、フィリップが口を挟む。
更に、よくよく見てみるとレオノールは、血の気を失ってまるで灰色のマネキンのようになっていた。
「これは……石化!?」
フィリップの言葉に、ショーンが少し項垂れてから答える。
「そうです……バジリスクの眼は、相手を石にする力があるのです……」
「……だ、──大丈夫だよ! ボク、石化回復薬、持ってるよ!」
フェリオの言葉を聞くや、ショーンはピクンと反応する。
「“メデューサの涙”をですか!?」
「うん!」
しかし、こうしている間にも、バジリスクはご親切に待ってはくれない。
その巨体を、もったりとくねらせて、三人の方へと頭を向ける。
「では、フィル! あなたがそれをノールへ! 私とリオはバジリスクへの反撃を続けますので、その間に!!」
ショーンは言い残すと、地を蹴ってバジリスクへと斬りかかって行った。
「よぉ~しっ! ボクも負けないよ!!」
フェリオは、鞭を丸めて腰ベルトにあるフックへ引っ掛けると、両手を突き出した。
「燃え上がれ! フレイムア!!」
紅蓮の炎が、バジリスクへ放射される。
その間にフィリップは急いで、フェリオの荷物をメデューサの涙を求めて、まさぐった……。




