story,Ⅱ:新たなる魔法
レオノール・クインは、倒れているショーン・ギルフォードの元へと駆け寄ると、自分の肩に彼の胴体を担ぎ上げようとした。
が、彼女は思った以上に、ショーンの重量がずっしりしていることに気付く。
息を止めたままの状態で、彼を担ぎ上げるのは難儀であると悟ったレオノールは、ショーンの右腕を取って自分の肩に回す。
地に、長身の彼の足を引きずる形ではあったが、反対側にある上りの階段の所まで息を止めたまま移動した。
それを確認してから、フィリップ・ジェラルディンは自分のマントの中に隠してあった、妹の顔を覗き込み首肯してみせる。
「向こうに着いたら、すぐに宝箱を開けて、中身を取ってくれる?」
「うん! 分かった!」
そう答えたフェリオ・ジェラルディンの表情は、やけに気合いが入っていた。
「じゃあ、行くよリオ。──せーっの!!」
フィリップの掛け声と共に、フェリオは息を止めながら一緒に中央を駆け抜けてから、急いで宝箱を開けてきちんと確認もせぬまま、手で掴み取る。
これを見届けてフィリップは、ショーンの左腕を自分の肩に回すと、レオノールと一緒に彼を支えて息を止め続けたまま必死で三階へ向かう階段を、駆け上がった。
体力を使いながらの無呼吸は、何倍も苦しさを感じた。
まるで、脳みそが破裂してしまいそうな感覚だ。
四人は三階へなだれ込むと、上りきってすぐのデッキに転がり込んでこれでもかとばかりに、肺一杯に口から空気を吸い込む。
「──ゼェ! ハァ! ゼェ……!!」
フェリオも、フィリップも、レオノールも、息を荒げる。
そして、少し呼吸が落ち着いてくると、フラリとレオノールが上半身を起こして自分の荷物を、背中から降ろして毒消しの小瓶を取り出した。
スポイトで、中身を吸い上げてから気を失っている、ショーンの口へと一滴ずつ時間をかけて、含ませていく。
一気に口に入れると、気道に入って危険だからだ。
すっかり、平常の呼吸を取り戻したフェリオとフィリップも、心配そうにショーンの顔を覗き込む。
顔面蒼白だったショーンだったが、少しずつ肌に赤みを帯び始めてくるのが分かる。
レオノールが、完全に適量分の毒消しを与え終えた頃、ショーンが小さく声を洩らした。
「……ぅう……」
「ショーン!?」
我先にとばかり、三人が一斉に彼の名を呼ぶ。
暫しの沈黙の中、ショーンの瞼が震えたかと思うと、ゆっくりと目を開いた。
「ショーン! ああ、ショーン!!」
レオノールは、横たわったままの彼の胸元へと、縋り付く。
「──え?」
その様子にギョッとするフェリオだったが、フィリップは安心した表情で妹へ顔を向け、人差し指を自分の唇に当てて見せた。
「ノー……ル……? 私は……一体どうなって……」
「すぷりんくらぁの毒で、倒れたんだ。でも、もう大丈夫。毒消しを飲ませたから……!」
「ありがとうございます……それで、ここは……」
ショーンは、自分に縋り付いているレオノールの背中に、片手を回す。
「三階だ。もう、毒の脅威はねぇ。……筈だ」
「そうですか……もう私は大丈夫ですよ。だからノール。もう泣かないでください」
「え……?」
ショーンの言葉に、顔を上げるレオノール。
「気の強い貴女を泣かせてしまうとは、私も罪深い男ですね……」
ショーンは微笑むと、もう片手で彼女の涙を拭う。
「あ……あ、ああっ! もう二度と先走るんじゃねぇぞ!!」
レオノールは、慌てて彼から離れると、グイグイと手で自分の涙を拭い去る。
そして、ふとジェラルディン兄妹の視線に気付き、慌てふためくレオノール。
「なっ、何見てやがんだ! 見せもんじゃねぇぞ!!」
「目の前で、こんな展開見せておいて、無茶言わないでよレオノール……」
フェリオが、半ば呆れながら、言い返した。
「さて。ここには何の仕掛けがあるのかな……?」
フィリップは他人事のように、これらのやり取りを無視して三階のホールをザッと見回す。
「やっぱりここも、見ただけでは分からないみたいだね」
彼の言葉に、ショーンは起き上がると荷物から、見破りの札を取り出してホールへと投げ放つ。
札は滑るように、ホールの床へと舞い落ちるや、網状の青いラインを放って空間内全体に拡がる。
すると、今度は天井と床全てが、赤いラインに染まった。
「そんな……!」
驚愕するフェリオ。
赤いラインは、天井と床全体に隠されている巨大な剣山の姿を、浮かび上がらせた。
「これって……一体どうやって進めばいいのさ……」
今度は、愕然とフェリオはぼやく。
「……どう頑張っても、串刺しは避けられませんね……」
ショーンも、顎に手をやる。
「とりあえず、リオ。さっき回収した宝箱の中身を見せてくれ」
レオノールが、ふと思い出すと、フェリオへと声をかけた。
「あ。そうだった。ボクまだちゃんと確認していないんだけど、これだよ」
フェリオは、ポケットをまさぐる。
その行為に、レオノールが眉宇を寄せる。
「ポケットに入る程度の、大きさだったのか?」
「そうだよ。だからポケットに入れてるんじゃない」
言いながら、フェリオはポケットから抜いた手の中を、そっと見せた。
フェリオの手の平には、スポイトの付いた30mlの液体が入った小瓶と、10cm程の長さをした筒だった。
「……何だろう?」
フィリップが、疑問を口にする。
「俺に渡してみろ」
レオノールが差し出した手に、それらを渡すフェリオ。
この二つの品物のうち、小瓶の方に貼られているラベルに、レオノールは視線を落とす。
「……これは……毒を完全無効化にする薬だ。効果は半日……」
「では、戻る時はもう堂々と、二階の毒を恐れる事はありませんね」
ショーンの言葉に首肯してレオノールは、次に筒の蓋を開ける。
スポンという音の後、中を覗き込むと丸められた一枚の紙切れが、入っていた。
「何かが書かれている、紙が入ってるな……」
レオノール・クインは言いながら、指を突っ込んで引っ張り出す。
「これ……魔法の呪文か?」
「僕が解読してみるよ」
小首を傾げたレオノールへ、フィリップ・ジェラルディンが手を差し出してきたので、彼女は素直にその紙を渡す。
受け取るとフィリップは、紙面に目を走らせてから、はと息を呑んだ。
「この魔法は……!」
「何なに!? 白? 黒?」
フェリオ・ジェラルディンが、兄へと先を促す。
「黒魔法だよ」
「ヤッター! ボクのだ!!」
兄の言葉に、フェリオは飛び上がって喜ぶ。
「内容は“即死”魔法みたいだ」
「え? ……それって、普通に魔法書に紹介されてる魔法じゃないか。全然レアじゃなくない?」
嬉々としていたのから一転、フェリオが見て明らかにガッカリする。
「いや。ある意味、レアだよ。だって即死魔法は、魔法レベルが高くないと使用出来ないのに対し、これはどんなレベルでも関係なく、今すぐにでも身に付けられるらしい」
フィリップの説明に、突如、再び目を輝かせるフェリオ。
「但し、使用者のレベル相応での効果になる、だって。つまり、強い対象には即死効果はゼロに等しいけど、使用者のレベルやより弱い対象には効果を遺憾なく発揮するみたいだ」
「それは、いちいち攻撃する手間が省けるってことですね?」
ショーン・ギルフォードの質問に、フィリップは首肯する。
「使用魔力は、その対象の強さ次第で攻撃にも変動するんだって。どうする? リオ」
兄に尋ねられて、フェリオは両手を腰に当てて胸を張ると、言い放った。
「勿論、要るに決まってるじゃないか! それだけ便利な黒魔法なら!」
この妹の様子に、フィリップはクスクス笑うとその紙を、フェリオへ渡しながら言った。
「高性能である方の“即死”魔法が使用出来るまでの間の、良い代用になるものね」
「何だよ。今回のと、その“高性能”とじゃ、何か違うのかよ?」
レオノールが、キョトンとした目で、フィリップへと尋ねる。
「うん。今回のは、使用者の魔力レベルより強い対象だと、無効化だしダメージもゼロで与えられない。一方高性能の方だと、例え即死効果がなくても使用者の魔力相応のダメージをも、与えられるんだよ」
フィリップは、そんな彼女へと説明した。
今回見つけたこの黒魔法は、彼らが知る限りどこの魔法書にも紹介されていないので、とても貴重な発見だと思ってもいい。
「成る程。さすがはレアアイテムの宝庫と言われる、塔なだけありますね。無駄な代物はないと言えるでしょう」
ショーンも、笑顔を浮かべて言う。
そして言葉を続ける。
「さて。こちら側の塔は、ここ、三階まででしたね。ご覧の通り、もうこの階には上へ続く階段がなく、その先にある、七階建てになる白亜の塔へ、進む入り口が目前にあります。次は、ひとまずこのホールを抜ける為に、剣山の罠をどのように克服するかを、考えなければなりません」
言うとショーンは、ホールの先にあるアーチ型の出入口を指差した。
これに、すっかり現実に引き戻されたフェリオ、フィリップ、レオノールは、黙考した。
四人の脳内で、対処法がめまぐるしく思案されたが、30秒経過しても先に口を開く者はおらず、誰からともなく嘆息が漏れた。
「とりあえず……何でもいいから試してみようよ」
「何でもって、リオ。お前なぁ」
「ボクの方は大丈夫。何たって、自動魔力回復のバングルがあるから! じゃあ、ボクから行くね!」
フェリオの、半ば強制的な発言に呆れて見せるレオノールに、腕に装着してあるバングルを見せてから構えるフェリオへ、ショーンが声をかける。
「少々お待ちください。リオの策でも構いませんが、ひとまず罠を作動させなければ」
「ああ、それなら俺、いいアイテム持ってるぜ」
レオノールは言うと、背負っていた荷物を降ろし、中をまさぐる。
そして、B5サイズ程のファイルを取り出すとページをめくっていき、これだと言ってビニールページから一枚の札を取り出した。
それは、真っ白な札だったが、レオノールはベルトに下げていた革の鞘からサバイバルナイフを取り出すと、親指に浅く小さな傷を刻んだ。
彼女の鮮血が、傷口から少しだけ盛り上がる。
「これはレアアイテムの一つで、“身代わりの札”と言う。こうして札に血を塗ると──」
言いながら、レオノールは札にその親指を拭った。
すると、札はブルルと震えたかと思うと、肉芽のような物が出現し、見る見るうちに膨れ上がってレオノールの姿形となった。
「中身以外は、完全に俺の肉体そのものだ」
レオノールは、ニッと口角を引き上げる。
「わぁ……ホントだ。肌に温もりまであるよ」
フェリオが、興味津々に身代わりの肌を、ペタペタと触りまくる。
「こいつを罠に仕掛ける。……もう二度と、ショーンの二の舞は避けたいからな」
レオノールは言いながら、ふと視線を落とす。
「しかし……いくら身代わりでも、仲間を罠に仕掛けた後を思うと、気が咎めるなぁ……」
フィリップは言いながら、身代わりレオノールの頬を、人差し指で突く。
「なぁに。大丈夫さ。まぁ、見てなって」
彼の言葉に、視線を戻しレオノールは言うと、身代わりへと声をかける。
「前進しろ」
これに、身代わりレオノールは無言のまま、首肯してからホールへと足を踏み出した。
五歩程、進んだ時だった。
突然、上下から鋭利な先端が無数に付いた鉄板が出現し、身代わりレオノールをたちまち串刺しにした。
「あっ!!」
フィリップは短く叫ぶと、両手で顔を覆う。
そんな彼に、レオノールが短く笑う。
「だから、大丈夫だって言ったろ。まぁ、見てみろよ」
レオノールは、フィリップの肩に手を置く。
「でも……」
フィリップは、おそるおそる指の間から、剣山の方へ視線を投げかける。
だが、そこに身代わりの影も形もなかった。
「あ、あれ……!?」
ふいに手を下ろすフィリップへ、フェリオが述べる。
「煙になって、消えちゃったよ?」
「良かったぁ~……! 血みどろのレオノールの姿なんて、見たくなかったから」
フィリップは胸を撫で下ろす。
出現した剣山は、互い違いに組み合いまるで柱のようになっていて、隙間を通り抜ける幅もなかった。
「この様子だと、物理攻撃無効化も役立ちそうになかったね。よぉ~し! そんじゃあ、罠が露わになったら、ボクの出番だよ!」
フェリオは言うや、鉄材の剣山へ向けて手を振り払った。
「燃え上がれ! フレイムア!!」
毎回、本作品をお読みくださることに心から感謝致します。
執筆に当たって、アドバイスなどがあれば是非お願いします。
貴重な参考にさせて頂きます。




