story,Ⅰ:ステータスアップ
ハイビスカス塔は、二棟の塔から成っていた。
手前には三階建てまでの低く茶色い塔、そして奥に七階建てで白亜色だが天辺の七階になる場所は、赤煉瓦で造られている塔となっている。
それは十数段の階段を上った、丘の上に建っていた。
「どうやら、この手前にある低い塔の方からでなければ、入り口は他にないようですね」
塔の周囲を一周して見て回り、探った結果ショーン・ギルフォードが改めて述べた。
「でも、一階部分には、何もない部屋になってるよ。上への階段があるだけみたい」
アーチ型になっている扉のない入り口を、フェリオ・ジェラルディンが覗き込みながら言った。
中の広さは、約16.20㎡くらいはある円形の部屋になっている。
フェリオの言う通り、階段以外は何もない。
円形の室内の壁を沿うように、手すりのない白亜の曲線状の階段が上へと伸びていた。
「とりあえず、先へ進もう」
フィリップ・ジェラルディンが、足を一歩踏み出しかけたところをレオノール・クインが、彼の白いマントを素早く掴んで引き戻す。
「待て」
「ぅわっと!!」
フィリップは、よろめきながら後退させられると、体勢を立て直す。
「怪しい。あまりにも、静かすぎる。何かある筈だ」
レオノールは、顔だけを塔内に突っ込み、周囲を隈なく見回している。
「それでは、これを使ってみましょう」
ショーンは、背負っていた荷物を降ろし、中をまさぐって一枚の青い札を取り出した。
「それは確か、“見破りの札”……」
フィリップの言葉に、首肯してからショーンはその札を、塔内の床へと放った。
札は床へ舞い落ちると、ペタリとくっつく。
直後、まるで電脳空間のように網状の青いラインが、室内全体に広がり瞬く間に分析した。
すると、赤いラインがパズルを思わせるようにして、ある部分を立体化した。
天井いっぱいに、節のない5cm程の鏃がセットされている事が解かる。
「やっぱりか……罠だ」
レオノールが、険しい表情を浮かべる。
「どうやって、これから掻い潜る……?」
フェリオも珍しく、不安そうだ。
「フィル。物理攻撃無効化の魔法とか、ねぇのかよ?」
レオノールの言葉に、フィリップは困った表情を浮かべる。
「あるにはあるんだけど……今の僕の能力じゃ、まだ使えないんだよ……」
「では、今こそホウセンカ村で入手した、ステータスアップの種を使用する時かも知れませんよ」
ショーンは言うと、皆から預かっていた種の入ったケースを、荷物の中から取り出す。
それは、種類ごとに仕分けされている、透明なケースだった。
「種って……どれを使えばいいんだよ? この場合」
レオノールが、キョトンとした様子で尋ねる。
「フィルの、物理攻撃無効の魔法が、まだレベルに達していないのならひとまず、魔力をアップさせてみてはいかがでしょう? ついでに、賢さアップの種も使用してみるのです」
「成る程……可能性はあるね」
ショーンの説明に、フィリップは納得する。
「念の為、私とノールは防御力アップとスピードアップの種を、使用します」
さりげなく、“ノール”と呼ばれてレオノールは少し動揺したが、何事もないように振舞う。
「ボクは?」
フェリオに尋ねられて、ショーンはニコッと笑みを浮かべる。
「勿論、リオも魔力と賢さアップの両方を使いますよ。リオだけ無しだと、不公平になりますからね」
「良かった……!」
フェリオは、彼の言葉を聞き、安心する。
ステータスアップの種は、それぞれ色が違い、小豆ほどの大きさだ。
魔力アップは、マージの種と呼ばれ青色。
賢さアップは、賢者の種と呼ばれ紫色。
防御力アップは、打たれ強さの種と呼ばれオレンジ色。
スピードアップは、スピードの種と呼ばれ緑色、という具合だ。
少しでも早く、効果を発揮させる為、みんなはそれぞれの種を口に入れると、ガリッと奥歯で噛み砕いて嚥下した。
どの種類の種も皆、無味無臭だ。
だからと言って、その効果が見て感じるわけでもなく、特別な変化はまだ判らない。
それぞれ、それらのステータス行動を起こしてみて、初めて実感できるのだ。
よって、フィリップは魔法書を開いた。
「じゃあ……やってみるよ?」
「ああ。頼むぜ」
「頑張れ、お兄ちゃん!」
三人に尋ねるフィリップに、レオノールとフェリオが答える。
フィリップは意識を集中すると、ゆっくりと詠唱を始めた。
「掲げよ天に。我らを祝え。“聖なる祝杯”!!」
フィリップが語気を強めて唱えた直後、レオノールがゴールド色の膜に包まれた。
「お? これで物理攻撃無効化になったのか?」
「使えた! うん、そうだよ! あいにく単体でしか使えないけど、それでも一人ずつ、かけていけば──」
フィリップが、喜びを露わに口にすると、レオノールが口を挟んだ。
「ひとまず、俺が最初に突撃して──」
しかし、今度はショーンが口を挟んできた。
「でしたら、フィル。次は私にかけてください。ノールを最初に、行かせる気はありません。万が一があってはいけませんので」
言いながら、ショーンはフィリップの前へと進み出た。
この扱いに、レオノールは心臓が高鳴る。
だが、相変わらずまだ何も気付いていないフェリオが、明るい口調で言った。
「さすがは執事だね! 言動が紳士的!」
これに状況が分かっているフィリップは、愉快そうにクスクス笑うと首肯してから、ショーンへと呪文をかけた。
するとレオノールと同様、彼もゴールド色の膜に包まれる。
自分の手の平を、裏表と確認するショーン。
「それでは、お先に失礼します」
言うや否や、ショーンは右肩に大剣を構えながら、塔の中へと足を踏み入れる。
直後、天井から鏃が出現すると、ショーンへ一斉に降り注いだ。
ショーン・ギルフォードは、構えた大剣で襲い来る鏃を弾きながら、ジグザグの動きで避けつつ階段へ向かって走るが、それでも捌ききれない鏃が容赦なく彼へと突っ込んでくる。
しかし、それら全てはゴールド色の膜に当たると、ポロポロと床へと落下した。
「よし! お兄ちゃんの物理攻撃無効化の魔法、効いてるよ!!」
フェリオ・ジェラルディンが、はしゃぐように口にする。
「それに、ショーンの動きも今までより、格段に上がってる……!!」
フィリップ・ジェラルディンの言う通り、スピードの種の効果も、しっかり発揮されていた。
レオノール・クインは黙っていたが、内心ハラハラしながらショーンの様子を見ていた。
ショーンが、無傷で階段へ辿り着くと、鏃の雨が止んだ。
しかし、微かな機械音と共に、天井の内部で再度、鏃がセットされるのが解かる。
「チッ……! 一度罠が発動されたら、それで終わりと言うわけじゃねぇみたいだな」
レオノールが舌打ちするのを、フェリオが明るい声で答えた。
「大丈夫だよ! フィルお兄ちゃんの魔法がある限り!」
その間、フィリップはそう言う妹へ、魔法をかけていた。
よくよく、向こうにいるショーンを見ると、もうゴールド色の膜が消えている。
「皆さん、一度攻撃を受けると、物理無効の魔法は消滅するようですので気を付けて、なるべく俊敏にこちらへ来てください!」
塔の中なので、彼の声が反響する。
彼の言葉に首肯すると、フィリップは自らにも魔法をかけてから、改めてスピードアップの魔法もフェリオと自分へかけた。
「それじゃあ、みんな一緒に行こう」
フィリップの言葉に、フェリオとレオノールは首肯してから、三人揃って一斉に塔の中へと飛び込んだ。
案の定、鏃の雨が三人へ降り注ぐが、彼らは膜によって守られている。
それでも三人は、素早い動きでショーンがいる階段へ、駆け抜けた。
鏃の雨は止み、再度微かな機械音と共に、天井内部で鏃がセットされる。
「これってさぁ……帰る時もまたこの罠を、受けるってことかなぁ……?」
フェリオの発言に、ショーンが答える。
「おそらく、そう……かも知れない、でしょうね」
「これは先が、思いやられるね……」
フィリップの言葉の後、暫しの沈黙後それぞれ、嘆息が漏れた。
「えぇい! 気合い入れろ! 気合い!!」
レオノールは大声を上げると、自らの頬をパンパンと叩いた。
「クスクス……ええ、そうですね。ノールの言う通りです。では、先頭は私が行きましょう」
ショーンは言うと、先に階段を上り始める。
三人も、その後に続いた。
二階も同様、何もない円形の空間で反対となる向こう側に、階段があったが唯一、違ったものがあった。
上りの階段の側に、金属製と見られる小箱が、二つ並んでいた。
「何だろう? あれ……」
小首を傾げるフェリオに、レオノールが顔を綻ばせながら答えた。
「あれはな。お宝だよ……!」
「お宝!?」
これに、フェリオとフィリップが声を揃えて顔を見合わせると、互いに笑みを浮かべる。
すると、いつの間にかショーンが見破りの札を床に貼った為、先程と同じく網状の青いラインが空間内に広がり、天井の中央を赤いラインが示した。
「何だ? ありゃ……」
そこに見える突起物を、今度はレオノールが首を傾げた。
「あれは、スプリンクラーですね」
「すぷりんくらぁー??」
ショーンの言葉に、三人は揃って口にする。
「はい。庭や天井などに設置された、水を散布して水撒きや消火などに使用する、ノズルのことです」
「水? だったら大丈夫なんじゃないの?」
フェリオが言うのを、ショーンは小さく首を振った。
「この場合、水だとは限りません」
「水じゃない……としたら……例えば?」
フィリップが思案しながらも、結局はショーンへと尋ねた。
「私が思うに、ステータス異常をきたす、何かです」
「ステータス異常……」
レオノールが、ポツリと呟く。
暫し黙考する四人。
そして、ほぼ同時に、フィリップとレオノールとショーンが、ふとフェリオを見た。
「……うん。ボクも同じこと思ったけど、無理っしょ?」
フェリオは言うと、今の自分が子供体型であるのを強調するかのように、腰に両手を当てて胸を張った。
フェリオが今、唯一所持している召喚霊、ドリアードはステータス異常を無効化できる。
だが、成人体型でなければ、召喚出来ない。
嘆息吐く三人に、フェリオが軽くキレる。
「ボク悪くないもん!!」
「万策尽きましたね。このまま考えても何も始まりません。ここは私が試してみましょう」
「え? 試すって?」
ショーンの発言に、レオノールが彼へ振り向いた時には、既に彼は中央へ向かって歩き出していた。
直後、天井の中央から微かな機械音を立てノズルが伸びてきたかと思うと、赤紫色の液体を散布し始めた。
「──ぅっ、ク、ウゥ……!!」
ショーンは歩みを止めて呻くと、膝から崩れ落ちた。
「!? これは、猛毒だ」
フィリップの言葉に、レオノールがその場から飛び出そうとした。
「ショーン!!」
「待ってレオノール!!」
フィリップが、慌ててレオノールの手首を掴んで引き止める。
「君は、スピードの種のおかげで素早さが長けている。だからなるべく息を止めて、毒を吸い込まないようにショーンを引きずって、向こうの階段まで急いでみて」
「ああ、分かった!!」
レオノールは、力強く頷く。
それを確認して、フィリップは彼女の手を離すと、いち早く自分のマントでフェリオを隠しておいたまま、改めて自分の鼻と口をハンカチで覆った。
レオノールは、脱兎の如く地を蹴って、彼の元へと駆け出した。
「ショーン!!」
いつもお読み頂いてありがとうございます。
もし何かアドバイスなどございましたら、参考にしますので遠慮なくよろしくお願いします。




