story,Ⅶ:思わぬ急接近
午前中に山を越え、この廃墟と化しているホウセンカ村に到着し、モンスターを一掃してからもうとっくに、西日が差し始めていた。
「今から、ハイビスカス塔を目指しても、半分も行かないうちに夜になっちゃうだろうね」
「そうですね……今日のところはここで一晩過ごし、早朝に出立するのが良いと思われます」
フィリップ・ジェラルディンの発言に、ショーン・ギルフォードは力アップ効果のあるリストバンドになっている、腕時計を覗き込んでから答える。
「そういや、さっき裂けた床の間に、これが落ちていたんだけれど……」
フェリオ・ジェラルディンが言いながら、半ズボンのポケットから丸い輪っかを取り出した。
「ん? そりゃ、バングルじゃねぇか」
「もしかして、先程のデビルアイの、ドロップアイテムかも知れませんね」
レオノール・クインは、フェリオからバングルを受け取ると、彼女のその手をショーンが覗き込んできた。
銀色の素材にエメラルドグリーンのラインが二本、そのバングルを一周する形で刻まれていて、更に同じく0.5mm程のエメラルド宝石の小粒が三つ、並んで埋め込まれている。
「どんなバングルなのか、調べてみましょう」
ショーンは言うと、自分の荷物から2cm幅の、手の平サイズをした書物を取り出した。
「何それ? ずっと持ち歩いていたの?」
フィリップが、彼へ声を掛ける。
「ええ。旅する上で、こうしたドロップアイテムを手にする機会が増えるだろうと思い、購入しておいたのです」
ショーンは答えてから、その場で床の上へ直座りした。
その本には、“良く分かるドロップアイテムの全て”なる題名が、書かれている。
全部で256pになる、その書物をパラパラとめくっていく、ショーン。
「じゃあ、僕らは夜を過ごせる為に、必要そうな物を改めて家探ししてくるから、そのバングル預けておくよ。行こう、リオ」
「うん!」
こうしてジェラルディン兄妹は、ショーンとレオノールをその場に残して行ってしまった。
見比べやすいように、レオノールは手に持ったバングルを本の隣に添えつつ、ショーンがページをめくる本を隣で一緒に、覗き込んでいた。
しかし、256pのドロップアイテムがあるのを、その書物の著者はよく調べたものだ。
世の中、専門的な本を書く為に、自らの足で冒険する作者は少なくない。
ショーンが、真ん中辺りのページを開いた時。
「お! あった!! これじゃね!?」
書物に掲載されている、バングルのリアルなイラストと一致する。
そこには、“自動MP回復効果”と書かれてあった。
「これは便利な物を拾いましたね」
「ああ! リオかフィル行きだな!」
レオノールが嬉々とする。
これに、クスッと小さくショーンが笑った。
「ん? 何だよ? 何かおかしかったか?」
「いえ……。自分の物にはならなくとも、あなたは自分の事のように喜ばれるのだと、微笑ましくて」
そう言ってショーンは、自分と顔がくっ付きそうな距離に顔を近付けている、レオノールへと振り向いた。
ドキッとするレオノール。
「そんな貴女がとても、可愛らしく思えまして」
ショーンは優しく微笑みながら、淑やかな声で彼女へと囁きかける。
「なっ、な、何だよ、それ」
「さて。何でしょうね……」
紅潮し、すっかり戸惑うレオノールへ、ショーンは囁くと少しだけ、顔を動かした。
二人の口唇が、重なる。
3秒ほどして、口唇をそっと離すショーン。
「こういうのも、悪くはないでしょう……? “ノール”」
「え……?」
ピクンと小さく、肩を弾ませるレオノール。
「貴女の事です。ノール」
「ノール……」
ショーンの言葉を繰り返して、レオノールは呟く。
彼女は、心臓のドキドキが止まらない。
そんな彼女の様子に、ふと再度ショーンは微笑むと、パタンと本を閉じた。
同時に、ジェラルディン兄妹が戻って来る。
「超便利な物、見繕って来たよ~! こういう時、廃屋も悪くないって思えちゃう♪」
フェリオが、声を弾ませる。
「何か、分かったー? そのバングル!」
フィリップは、両手に入手した物を抱えて、声をかけた。
見ると、片手に本、もう片手にバングルを持ったショーンが、ニコニコ笑顔を浮かべていた。
「ええ。分かりましたよ」
レオノールは、彼から1m程離れ、こちらへ背を向け何やらモジモジしている。
「何だった?」
「これは“自動MP回復”効果があるバングルでした」
フェリオの問いかけに、ショーンが冷静な様子で答えた。
しかし、フィリップはレオノールの様子がおかしい事に、すぐさま気付く。
だが、何も気付いていないフェリオが、再度声を弾ませる。
「ヤッタね! フィルお兄ちゃん!」
「これは普段、戦闘で一番魔法を多く使用する、リオが身に付けるといいよ」
「ホントに!? わぁい!」
喜ぶフェリオへと、ショーンは笑顔で持っていたバングルを、手渡す。
「それで、何を入手してきましたか?」
「カセットコンロとボンベ。そしてランプや鍋、フライパンだよ」
「これは、料理のレパートリーも増えますね」
側にあるテーブルに、それら一式が入ったカゴを置くフィリップの動きを追って、カゴの中身へ目を向けるショーン。
「ショーン。なるべくマズ~い料理を作って。じゃあないとまた、リオの胃袋が調子に乗っちゃうから」
「そうですね。上手くバランス取ってお作りしましょう」
「えー! 酷いや二人とも!! ねぇ!? レオノール!!」
フェリオから、名前を呼ばれてビクッと上半身を弾ませるとレオノールは、至って普段通りに対応する。
「ま、まぁ、俺ァ食えりゃあ、それでいいかな!!」
「では、早速調理に取りかかりましょう」
そうして何事もなかったかのようにして、ショーンはその場から立ち上がった。
「本当に、つくづく思わせられるのですが……リオの食欲には、感服致しますね。軽く豚一頭分は、平らげましたよ」
食材で一杯だったが、今ではペタンコになった荷物袋を、ポンポンと手で叩いてみせるショーン・ギルフォードの発言に、フィリップ・ジェラルディンは苦笑する。
「この子の胃袋は、亜空間だから」
ソファーに座る、自分の膝を枕に眠っているフェリオ・ジェラルディンの、大食いした割りには目立つ程膨れていない腹を、フィリップは優しく擦る。
「んー、まだ、食べ足りない……ムニャムニャ……」
このフェリオの寝言に、思わず吹き出すフィリップとショーン。
その場にいたレオノール・クインも、これに付き合ったが所詮は作り笑いでしかなく、正直脳内はショーンとのキスで頭が一杯だった。
確かに筋肉ムキムキ細マッチョで、男言葉を使う好戦的な、武道格闘家のレオノールだが、それでも18歳の乙女なのだ。
例え、フィリップからは女センサーが働かなくとも、彼女が男に恋する権利はある。
最初のきっかけは、もしかしたら自分の思い違いかも知れないと、すぐに普段通りに戻れたレオノールだったが、さすがに今回のキスは決定的だった。
これは、自分の一方的な恋心かとも思えたが、まさかショーンの方からキスしてくるとは、つまり彼もレオノールへ想いがあると言うことの、表れだろう。
そう思うとつい、興奮せずにはいられないレオノールだったが、ここはフィリップの手前、何事もなかった雰囲気を通すべく、彼女は懸命に努力していた。
「さて。部屋割りはどうする? 僕は、いつも一緒に寝たがるリオがいるから、やっぱり僕ら兄妹と……ショーンとレオノールにする?」
フィリップの発言に、思わずレオノールがテーブルを挟んだ向かいのソファーから、勢い良く立ち上がった。
「バッ! バカ! 何言ってやがる! おっ、俺はこれでも女だぞ!? 男と同室なんてまだ早……、いや、こっ、個室にしてもらいたい!!」
「え? でも個人だけじゃあ、もし万が一何かあった時危険じゃ……」
フィリップは、立ち上がった向かいの彼女を、見上げる。
「だだだっ、大丈夫だって! この俺だぞ!? モンスターに襲われても一発でのしてやらぁ!!」
……どうにも、紅潮した顔と動揺した口調は、隠し切れない。
これに、クスッと小さく笑うとフィリップは、首肯した。
「レオノールがそう言うのであれば。でも、何かあったら一人だけで対処しようとはせず、必ず僕らを呼ぶこと。いいかい?」
「あ、ああっ!!」
だが、あいにく今いるこの家は、部屋が二つしかない。
すると、ショーンも腰を上げた。
「私は、別の部屋に寝泊りしましょう。もう一つの部屋を、貴女が使いなさい。ノール」
その呼び方に、大きく胸が高鳴るレオノール。
「ひ、人前でそんな! いや、何でもない! じゃあ、俺も寝る!!」
レオノールは、あからさまに動揺するや、一つの部屋へと足早に行ってしまった。
「クスクス……分かりやすい性格してるよ。レオノールは。じゃあ、僕も部屋に行くよ。全く。ショーンも隅に置けないんだから」
「そうですか?」
フィリップから指摘され、ショーンは落ち着き払った笑顔で答える。
「では、私は左隣の民家にいますから」
「了解。おやすみ」
「ええ。おやすみなさい」
こうしてフィリップは、眠っているフェリオを抱き上げると、部屋へと姿を消した。
ショーンは、下唇を人差し指でそっと撫でると、レオノールのいる部屋へ顔を向け、小さな声で呟いた。
「おやすみなさい。ノール……」
翌朝、朝食を終えて四人は、ハイビスカス塔へと出発した。
「ねぇ、レオノール。目が赤いけど、昨夜はちゃんと眠れたの?」
フェリオに指摘され、レオノールは昨夜より落ち着いた様子で答える。
「ん? あ、ああ。眠れたぜ? 目が痒かったから、擦り過ぎたせいだろう」
余裕の笑顔を、レオノールは見せたが。
もしかしたら、死ぬんじゃないかと思えたくらい、心臓が早鐘を打ち満足に眠れていないのが、正解だった。
「無理をせず、頑張りすぎないでくださいね。何かあれば、私が貴女の分まで頑張りますから」
「ボクもだよ!」
まだ何も気付いていないフェリオも、ショーンの言葉に続く。
「おう! サンキューな!」
……危ない危ない。フェリオの発言がなければ、また動揺してしまうところだった。
レオノールは、そっと自分の胸を撫で下ろした。
ハイビスカス塔の方角は、西へ真っ直ぐ行った所にある。
道すがら遭遇する、雑魚モンスターを倒しながら、一行は前進した。
おかげで、昨晩と今朝、フェリオが食べ尽くした食材が、すぐにまた荷物袋を一杯にした。
本日も晴れ。
爽やかな風が吹く平原を、太陽光が穏やかに照っている。
正午になる頃には、何とか無事にハイビスカス塔へと、到着する事が出来た。
「よーっし! 待ってろよ、レアアイテム!!」
レオノールは塔を前にして、改めて気合いを入れ直すのだった。




