story,Ⅵ:放たれた最強魔法
「しかし……こんな雑魚如きに、俺様を呼んだと言うのか?」
「いえ、デビルアイの攻撃で、勝手にあなたが表に出て来ただけですよ」
ショーン・ギルフォードの発言に、ムッとした表情を浮かべる裏人格のフィリップ・ジェラルディン。
「……何だその言い分は。ショーン、貴様この俺を挑発しているのか?」
「おや。そんなつもりはなかったのですが、気に障ったのであれば申し訳ありません」
フィリップに威嚇され、ショーンは冷静に謝罪を述べるとニコッと笑顔を浮かべた。
その間、デビルアイはせっせと更にフィリップへ向けて、目から輪っかを飛ばし通過させていたが。
まるで何の反応も、手応えもなかった。
「……裏人格……もとい、フィリップには恐怖心がないと見える」
「そうみたいだね」
唖然とするレオノール・クインに、フェリオ・ジェラルディンも苦笑するしかない。
「まぁ、今が攻撃のチャンスだけど、よっ!!」
レオノールは、自分達へ背面を見せているデビルアイへと、大きくジャンプすると爪を振り下ろした。
その黒い皮膜に、三本の爪痕が刻まれる。
これでようやくデビルアイは、フィリップへ固執するのを諦めてから背後のレオノールとフェリオに振り返ると、大きく羽を羽ばたかせた。
これにより生じた突風で、二人は同時に飛ばされると板作りの壁に、ベタリと張り付けにされた。
「ぅ、っく、チク、ショウ……!」
「動け、ない……っ!!」
呻きながら、必死に指先を動かすものの、それが精一杯だった。
「隙だらけですよ!!」
ショーンは言って、大剣を振り上げる。直後。
羽だけはフェリオ達に向けて羽ばたかせたまま、目玉だけがグルンとショーン達へと向けられた。
そして、黒い瞼がバチンと瞬きしたかと思うと、ショーンはその場から弾き飛ばされてしまった。
だがその一瞬だけ、フェリオ達への暴風が和らいだ。
「よし、今だ! 壁となれ! アーシー!!」
フェリオは、壁から剥がれて着地すると、床に片手を当てた。
すると、3m四方の岩盤が床板を突き破って、出現した。
デビルアイからの突風がまた強力になったが、この岩盤が盾となったおかげでそれから防ぐ事が出来た。
「チッ、これじゃあ、攻撃も出来やしねぇ……!」
レオノールが、舌打ちをする。
「フィルお兄ちゃん達の様子も、よく見えないしね……」
言いながら、フェリオが岩盤の横端から半分だけ顔を出して、向こうの様子を覗き込むものの、やはり見え辛かった。
一方、弾き飛ばされたショーンは、大剣を落としてしまっていた。
それを拾い上げようとするが、デビルアイが弾力をショーンへと放つので大剣を取る事が出来ない。
しかもその弾力は、大きな拳──約2m以上の男の──で殴打されているのと同じ効果と威力があり、おかげでしっかりショーンへダメージを与えていた。
「片目だけだと不便な事だ。一人にしか攻撃が出来ない。この俺様を無視した事、とくと後悔するがいい!」
フィリップは弓矢を構えると、デビルアイに向かって引き絞る。
が、ギュルギュルと音を立てて、目と右羽の付け根部分から、もう片目が出現した。
「おっと。両目になった」
普段は、冷静沈着な裏人格のフィリップではあるが、これに少しだけ目を瞬かせる。
「だが、何も変わるまい!!」
フィリップは、声高らかに言うと同時に、矢を放った。
しかし、当然とも言うべきか、その矢も出現した目の瞬きで、弾き落とされてしまった。
「クソ生意気な真似を……」
フィリップは、弓を構えたままぼやく。
すると、デビルアイとの間に挟んだ岩盤から、フェリオの声が響いた。
「光よ! 我に力を!!」
岩盤の左端から、光球が放たれ、デビルアイの背面に直撃する。
これに、フェリオ達に向けられていた轟風が弱まったが、ギュルギュルとまたゴムを捻る様な音と共に、左目と羽の付け根からもう一個、目が出現した。
「三つ目にもなれるのか」
「そのようですね……」
フィリップの言葉に、肩で息をしながらショーンが答えた。
「俺は“フィル”と違って、回復はしてやらんぞ。自身で回復するんだな」
「承知の上ですよ」
素っ気ないフィリップの言葉に、ショーンは苦笑する。
出現した左目は、グルンとフェリオ達の方へと向けられた。
「うわキモ! こいつの目、バラバラな動きが出来るみたいだよ。レオノール!」
「思ったより、厄介だな……」
岩盤の左右から、覗き込んでいたフェリオとレオノールが、それぞれ口にする。
左目はフェリオとレオノール側へ、中央と右目はフィリップとショーン側へと向いていた。
左目は、二人を匿っている岩盤を瞬きから放った衝撃波で、粉々に砕いてしまった。
「レオノール! 同時攻撃するよ!!」
「ああ! そのつもりだった!!」
レオノールが床を蹴ったのを合図に、フェリオが唱える。
「光よ! 我に──」
「かまいた──」
互いが言い終えない内に、こちらを向いていた羽が再び突風を吹かせて二人を再度、壁に張り付けた。
「このまま、じゃ……どうにも、なんねぇ……っ!!」
レオノールが、声を絞り出す。
「チッ……」
舌打ちをして、フィリップは暫し黙考した。
「ショーン。何が何でも、剣を取り衝撃波を弾け」
「フィリップ……?」
「それは力失い、天を求めん──堕天の翼!!」
彼の詠唱と共に、ショーンも床を蹴って剣へと手を伸ばす。
デビルアイの衝撃波が、二人を襲う。
「ぐぅっ!!」
「ぅあっ!!」
それぞれ、呻き声を洩らしたものの、ショーンが目を瞬かせた。
「先程までと、威力が大した事なくなっていますね」
「俺が、魔力を下げる魔法をかけたからだ。分かったら、さっさと剣を拾え!!」
「成る程! 感謝します、フィリップ!!」
これに、デビルアイが焦ったように、ショーンへ中央と右目のダブルで衝撃波を放ってきたが、剣を拾い上げた彼は、それを弾いていく。
その状況を確認して、フィリップはゆっくりと口を開いた。
三つ目になったデビルアイの、羽ばたく風により壁に張り付けられている、フェリオ・ジェラルディンとレオノール・クインの二人へと、左目が向けられている。
そして、中央と右目はフィリップ・ジェラルディンとショーン・ギルフォードの方を向いており、その両の眼から放たれる衝撃波を、ショーンが大剣で弾いていく。
その間、フィリップはブツブツと、詠唱していた。
「我らに激励を、かの者に警告を与えよ。さすれば勝利をもたらさん。──“黙示録”!!」
叫喚するとフィリップは、デビルアイに向けて片手を突き出し、指をパチンと鳴らした。
すると、デビルアイを間に挟んだ両脇の空間に亀裂が入り、グラスを打ち砕くような音を立てて割れたかと思うと、野太い鎖が無数に伸びてきてジャラリとデビルアイに絡みついた。
次に床が左右に裂け、鋭い歯を持った分厚い巨大な本がそこからせり上がってくると、ページを捲るように開き──見る者には口を開いた印象を与える──バタンとデビルアイを開いた本の間に挟みこんだ。
そして、本の縁にズラリと並ぶ鋭い牙で鎖を喰いちぎり、本の中で咀嚼しながら再び裂けた床の紅く渦巻く地下空間へと、轟音と共に姿を消した。
シンと静まり返る室内。
そこに残されたのは、巨大な力で引き裂かれた真っ二つの、床だけだった。
フェリオが、おそるおそるとその床の下を覗き込んで見たがそこには、ただの床下にある普通の地面だった。
「ス……凄いですねフィリップ……!!」
「フィルお兄ちゃん、こんな力持っていたんだ!?」
「だったら、とっとと出しやがれ!!」
ショーン、フェリオ、レオノールの順に、フィリップへと言葉をかける。
これに、フィリップはフンと鼻を鳴らす。
「今のは、無属性魔法だ。本当ならあんな雑魚に使うようなものではないのだが、あいにく俺は“闇”と“魔”しか使えん。闇属性のデビルアイには、効果が少ない。よって、渋々あんな雑魚には無駄なまでの超絶強力な無属性魔法を使用せざるを得なかったのだ。もっと貴様らも、役立つくらいになってもらわねばこちらが迷惑だ」
フィリップの冷ややかな指摘に、思わず押し黙るレオノールとショーンの二人だったが。
「……いちいち大げさだなぁ。フィルお兄ちゃんたら。いくらデビルアイが闇属性の上、フィルお兄ちゃんが白魔法が使えなくなったとは言え、普通の黒魔法でも倒せたんじゃないの?」
フェリオが、後頭部に両手を組む格好で、ケロリと言ってのけた。
「……」
「……」
「……」
長らく続く、沈黙。
「ん? みんな、どうかした?」
キョトンとする、フェリオ。
これに、チッと舌打ちするフィリップ。
「これだから、ガキは嫌いだ。空気がまるで読めやしない……」
フィリップはそう言うや、バサリとマントを大きく翻して自分を包み込んだ。
刹那、フラついて片膝を突くフィリップ。
「大丈夫かフィリップ!?」
「今ので魔力を、使い過ぎたのでは……!?」
駆け寄るショーンに、引き裂かれている床を身軽に飛び越えて、同じく駆け寄るレオノール。
「あ……僕は、一体……」
「!? フィルお兄ちゃんに戻った!?」
フェリオは、ピクンと体を弾ませると、駆け寄ろうとしたが床は幅2m程裂けていて、子供体型のフェリオには飛び越えられなかった。
なので、その裂け目を地味に降り立ち、──足元に何か落ちていたのを素早く拾い上げてから──反対側の床の裂け目をよじ登ると、改めてフィリップへと駆け寄った。
「今回も、助けてくれてありがとう! フィルお兄ちゃん♡」
「え? それは僕じゃなくて、もう一人の……」
「ボクにとっては、表も裏も元々は一人だった同じフィルお兄ちゃんだよ」
フェリオは言うと、戸惑っている兄の首に、ギュッと抱きついた。
一方で、レオノールとショーンは先程、裏人格フィリップに吐き捨てられた言葉で、悶々としていた。
「さて。これで、この廃墟の“大掃除”は終わったね。じゃあ、このオリーブ大陸にいる間は、ここを僕らの拠点にしよう」
フィリップの、この上なくとても爽やかな表情に、イラッとなるレオノール。
「おいフィル」
「ん? なぁに? レオノール」
「“輝夜の嘆き”の請求金額、2000ラメー上乗せな」
「ええぇえっ!? 何で!? 僕、何かした!?」
レオノールの冷酷な一言に、フィリップの顔は青褪める。
そんな彼へ、更に冷たく言い放つレオノール。
「いや。寧ろ“何もしなかった”からだ」
「そんなぁ~! 意識失っちゃってるから、しょうがないじゃないか!!」
「だったらもっと、精神力鍛えやがれ」
そう言い残して、ツンとそっぽ向き歩いて行ってしまったレオノールの背中を見送りながら、半泣きのフィリップ。
「そう言われたって……」
「私からも、良いですか」
「ん? なぁに、ショーン」
「私ももっと役立てるように、頑張りますので」
「え?」
しかし、ショーンもそれだけを言い残して行ってしまった。
「僕……何を言ったの?」
戸惑いながら、フィリップは妹へ振り返る。
「うん。もっと役に立てって言ってたよ」
「……」
フェリオの言葉に、更にフィリップは顔を青くする。
だから二人は怒っているのかと、悟る。
「ほら、フィルお兄ちゃんも強力な魔法を使用して、疲れてるでしょ。二人の所へ行こう!」
「う、うん……」
妹に促され、フィリップは重い足取りでレオノールとショーンの元へと、赴く。
そして、主人格は全然悪くないのに、裏人格が発した失言を二人へと謝罪する、フィリップなのであった。




