story,Ⅳ:ホウセンカ村
山菜類を収穫して野営地に戻ると、先に戻ったジェラルディン兄妹がもう、焚き火を起こしていた。
「お帰り、二人ともー!」
フェリオが両手を振って、出迎える。
食料を調達してきたのだ。
フェリオにとって最早二人が、ご馳走を運んできたと思えば、喜ばずにはいられない。
「どうだった?」
尋ねてきたフィリップに、ショーン・ギルフォードが首肯する。
「ええ。レオノールがとても、頑張ってくれましたよ」
「そ、そりゃあ! リオがいると思えばいつもより倍、収穫しねぇといけねぇしな!」
どういうわけか、レオノール・クインの言葉がどもっている。
「ん? レオノール、どうかしたかい?」
その微妙な変化に、キョトンとするフィリップ。
彼女にしては、珍しい。
「どどっ、どうもしねぇよ!」
「あれ? でも、顔が赤いよ。レオノー……」
途端、フェリオの言葉を遮るようにレオノールは、大声を上げた。
「あーっ!! あれだ! もう結構暗いから、バリア張らねぇと!! 夜は危険だからな!!」
「……もう、張ってるけど?」
「違うっ! “約束の札”でだ!! フィルの魔法でだと、魔力の消費が早ぇし休まるものも、休まらねぇだろう!!」
首を傾げるフェリオへ、相変わらず大声で捲くし立てるレオノール。
「その通り。よく学習しましたね。レオノール」
ショーンは言って、ポンと彼女の頭に片手を優しく乗せると、撫でておいて荷物から取り出した札を、地面に張り付け始める。
これに、カァッと更に紅潮したものの、ジェラルディン兄妹にまた指摘されないよう、二人へとレオノールは背を向けるのだった。
その後、何事もなく夜を迎え、夕食を済ませると火の灯りでフィリップとフェリオは、魔術書を読み耽り始めた。
これだけモンスターとバトルして、レベルが上がらないわけはないと、兄妹は今より強い魔法を入手する為だった。
ショーンは、焚き火の前で大剣を磨いている。
レオノールは、膝を抱えて焚き火を見つめていた。
と、見せかけ火を通して向こうのショーンを、見つめていた。
本当は、一人っきりになってあれやこれやと、悶絶したい気持ちをグッと抑えている。
ヤベェ。
レオノールは、思いながらも確信していた。
ショーンに、恋しちゃったんだ。多分。
18歳ながら、密かに思った。
だからと言って、どうすればいいのか、分からない。
何せ生まれて初めての、恋だ。
でも、こんな筋肉ムキムキな女なんて、魅力感じるわけねぇよな……。
などと、考えているうちに、レオノールはまどろみ始めるのだった。
翌朝。
朝食を済ませてから、ホウセンカ村へと一行は、出発した。
迂回せず、直接山を越えて行くので、本日中には到着するだろう。
時々モンスターに出くわすも、雑魚だったので問題なく倒して進んだ。
中には、アイテムをドロップ出来るモンスターもいて、おかげでレオノールとショーンには役立つ魔法札なども入手出来た。
勿論、アイテム素材や食料の入手も、忘れてはいない。
先を歩くフェリオとレオノールは、キャッキャウフフとはしゃぎながら前進していた。
「何だか……こうして見るとレオノールもやっぱり、女なんだよねぇ。でも、どういうわけか、彼女にだけは僕、女性視がないんだ」
フィリップの言葉に、ショーンがクスリと短く笑う。
「やはり、勇ましいからでしょうね。まぁ、私から見れば彼女も立派な、レディーではありますが。勿論、今はあの小さな妹君も」
「接し方次第なんだろうね」
「……と、申しますと?」
ショーンが、キョトンとする。
「僕の場合は、全然普通なんだろうけど、ショーンの場合は紳士じゃない? だからなんだろうなぁ」
「……はぁ……?」
フィリップの言わんとすることが、いまいちピンとこないショーン。
「僕が言うのも何だけど、きっと彼女、君に恋しちゃったんだと思うよ」
「……え?」
「昨夜、ピンと来たんだ。様子、おかしかったしね」
「それは……そう、ですか……」
突然の事に、ショーンはどう答えればいいのか、分からなかった。
「もしかしたら、気のせいかも知れないけどね」
フィリップは言うと、ショーンへニコッと笑顔を見せた。
これに、ショーンも少し曖昧な笑顔を返した。
やがて、ようやく山を下り麓にある、ホウセンカ村へと到着した。
だが。
「え……?」
「何だ、これ……」
「そんな、バカな……」
「その、まさかですね……」
フェリオ、レオノール、フィリップ、ショーンの順で、口を開いた。
風が吹いて、砂塵が一行の前を通過する。
そこで四人が目にしたものは、廃墟と化しているホウセンカ村の姿だった。
これにはみんな、愕然となるのだった。
「そんなぁ!! せっかく、ご馳走を期待してたのにぃっ!!」
そう喚いて、その場にへたり込む、フェリオ・ジェラルディン。
「最初から、ミント村のアイテム屋のおっさん、言ってたもんな……無人の大陸だって……」
レオノール・クインも、嘆息吐きながら口にする。
それでも地図を見つけた時、“もしかしたら”と言うささやかな希望が湧いてしまった事は、否めない。
「廃墟となると、どうすればいいだろう……」
思いの他、冷静に考えあぐねるフィリップ・ジェラルディン。
「……ここを拠点にして、ハイビスカス塔を目指す方法が、無難でしょうか」
ショーン・ギルフォードの言葉に、皆暫し黙考してからそれぞれ、改めて嘆息を吐く。
「そうだね……」
「それしかないね……」
フェリオとフィリップがぼやく中、気持ちの切り替えが早かったのは、レオノールだった。
「そんじゃま、そうと決まったらひとまず、家探しでもするか!」
言ってレオノールは、手の平に拳をパンと打ち込む。
「家探しって……盗賊じゃないんだから」
「何、気取った事言いやがる! こんな事ァ、旅の基本だぜ!?」
口元を引き攣らせるフィリップに、レオノールが指摘する。
「では、一応用心の為に、皆一緒に行動しましょう」
「ああ。だな」
ショーンとレオノールの言葉に、フェリオがキョトンとする。
「何で? 廃墟なら誰もいないし、安全でしょ?」
「バカ言え! 廃墟が一番、最初は危険なんだよ! 無人になってるってこたぁ、モンスターが巣を作りやすいんだ」
「ヒェェェェ~!? そうなの!? 何だか、外よりもこっちの方が、まるでお化け屋敷みたいで怖いんだけど!! 今が昼間で良かったぁ~!!」
フェリオが両腕を擦る。
「とりあえず安全を確認してから、それぞれの部屋を決めなきゃね」
ひとまず、その場に大きな荷物をまとめて置くと、四人は一緒に廃墟の村を進み始めた。
すると、早速モンスターが出現した。
ゴーストだ。
人型の白い靄という外見だが、顔までは識別出来ない。
「もしかして……元々、この村の住人だった人、かなぁ?」
「同情は禁物だぜ! 魂を抜かれたくなけりゃあな!!」
少し怯んでいるフェリオの反応に、レオノールが忠告する。
「ですが、厄介ですね。ゴースト相手となると、物理攻撃では効果ありませんよ」
そう言いながらも、ひとまず大剣を構えるショーン。
「……僕がかけた魔法を、レオノールとショーンの武器に、一時装着出来るんじゃないかな?」
フィリップが言っている間にも、ゴーストはポルターガイストで樽や煉瓦を投げつけてくる。
それらから皆、必死で避けながらフェリオは、兄へと尋ねる。
「フィルお兄ちゃん! ゴーストに最も効果ある属性は!?」
「多分、光じゃないかなぁ!?」
「分かった! レオノールとショーンはお兄ちゃんに任せるよ! ──光よ、我に力を!!」
攻撃技として、黒魔法使いのフェリオが唯一使用出来る、光属性魔法だ。
両手の中に出現した、光の球体をゴーストに向かって、投げつけてみる。
すると、命中したゴーストが不気味な悲鳴を上げて、消滅した。
これを見て皆、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「よし! イケる!! あの消滅する時の最後の声が怖すぎるケド!!」
フェリオが、声を大にする。
「じゃあ二人の武器を前に出して! 僕が光属性の魔法をかけるから!」
「おうよ!」
「どうぞ」
フィリップの言葉に、レオノールとショーンがそれぞれの武器を、彼へと差し出す。
「向かいくるものを光と化せ。──ライトニング」
すると、レオノールの“ドラゴンナックル”と、ショーンの“英雄の大剣”が輝き始める。
「ぅおお! こいつはいいや!!」
「凄い……まさに光の剣ですね」
「多分、二時間近くは効果がある筈だよ」
二人の反応に、フィリップは微笑みかける。
「そんだけありゃあ、十分!!」
「ここの村を余裕で見て周れますよ」
レオノールとショーンは、その言葉を残して、周囲に蠢くゴーストへと立ち向かって行った。
「こうして見てると、二人ともピッタリ息が合ってるんだけどなぁ……」
フィリップは、二人の背中を見送りながら、ボソリと呟いた。
ゴースト対策は、これでバッチリだ。
だが、ゴーストだけがモンスターとは、限らない。
ひとまず二~三軒の家探しの結果、2000ラメーとステータスアップの種を二粒見つけることが出来た。
「フィルお兄ちゃん……っ! お金だよ……!!」
「何だか泥棒みたいで申し訳ないけど、ありがたや、ありがたや……!!」
ジェラルディン兄妹は、手の中にある紙幣や銀貨に目を輝かせ、感動している。
「あの兄妹な。俺と出会う前までは、訪れた町や村でバイトをして金を稼いでいたんだと。そのせいで、九年の間に貧乏旅人が身についてしまったんだとよ」
「おや。それはまた、健気な……」
入手した2000ラメーを拝む兄弟に、呆れるレオノールと、不思議がるショーン。
すると、火の玉が今度は出現したが。
「あんなのは、水かけときゃあ、すぐくたばる。おい、リオ!!」
「アクアン!!」
レオノールから指摘されてフェリオが、その一言を唱えるや空中から火の玉に水が振ってきて、虚しいまでに鎮火されてしまった……。




