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双極の旅人~行方不明の魔王と死せる勇者の顛末~  作者: 緋宮 咲梗
第二十三章:魔王の息抜き編
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story,Ⅱ:思いがけない事実



 ホエゴンを見て、失神したマリエラ・マグノリアだったが。

 それもそうだろう。

 何せ全長16mもあるのだ。

 先の戦いでの九尾の狐の6mでも、可愛い方である。

 その巨体で、更に大きい竜の翼を持っているのだ。

 これだけの巨体さも、ひとしおだろう。

 このホエゴンを目印に、国民達が集まってきた。


「ああ、王様!!」


「国王の無事が知れて光栄です」


「貴方の御姿を拝見出来て、励みになります」


 国民達の言葉に、国王は片手を目線の高さまで上げた。


「ありがとう国民達よ」


「このホエゴンは、海から出てどれくらい体力が持ちますか?」


 フィリップ・ジェラルディンが、国王へ訊ねる。


「本体は、皮膚が乾燥してきたら、体力が持たなくなるから海へ帰依してあげるといい」


「皮膚の乾燥か……思った以上に飛空時間は短いな」


 レオノール・クインが口にする。

 

「陸地の遠出は無理だろうが、海辺があれば問題ない」


 国王は言うと、ホエゴンの元へと歩み寄り、巨躯の割りには小さな目元辺りに、手を当てる。


「ホエゴンは実に賢くてな。言葉は喋れんが、言葉を理解する事は可能だし、相手の感情すらも読み取れる」


「じゃあうちの師匠が失神したのに対して、どう思われているのでしょうか」


 ガルシア・アリストテレスが腕にマリエラを抱きかかえつつ、少し意地悪な質問をする。


「申し訳ないと思っているが、何せこの巨大さだ。労わる事も触れる事も出来んが、気にかけておるみたいだな」


「そうかそうか。よしよし」


 もれなくショーン・ギルフォードも、ホエゴンの鼻面にへばり付いて撫でている。


「改めて、この笛を勇者へ託そう」


 言うと国王は、マリエラを抱きかかえてた状態で片手に持っているガルシアの手へ、視線を向ける。


「……ええー……おっさんが口付けた笛を……?」


 少し嫌悪感を露わにするガルシアの頭を、レオノールがどついた。


「お前はマリエラさんに何かあると、ちょいちょい無礼になるのをやめろ」


「ガル、マリエラを支えながらだと持ちにくいだろう。代わりに僕が預かろう」


 そう言って、手を差し出してきたフィリップへ、ガルシアはホエゴンの笛を手渡した。


「何かの役に立てればいいが」


「間違いなく、役立ちます」


 国王の言葉に、フィリップはニッコリと笑顔を見せた。


 ホエゴンは、自分の鼻面で頬擦りしているショーンを、軽く鼻息で嗜めて彼が離れたのを確認してから再度、天乃海へと戻って行った。


「それでは我も今から政治を執り行って、国を立て直すとしよう」


「はい。頑張ってください。僕達は次へ向かいます」


「ありがとう。本当に心から礼を述べよう」


 フィリップの言葉に、国王は改めて謝辞を述べる。

 これを合図に、集まった国民達も口々に、礼を投げかけてきた。

 それらに見送られて、勇者一行はレプレプに乗って停泊している船へと戻った。




 マリエラが目を覚ますと、動き出している船の中だった。


「おはよう師匠」


「あ……こ、こは……?」


「俺等の船の中だよ。しかし師匠、随分長い間気絶していたね」


 ガルシアの言葉に、気絶する直前の記憶までマリエラは、遡る。


「あの巨大な生物は初めて見たものだから……世界が終わったかと思ったわ」


 彼女の感想に、ガルシアは愉快そうに腹を抱えて大爆笑した。


「笑い事じゃないわよガル! ったく、こんな私をバカにしちゃって……ところで、私の荷物一式揃えて持って来てくれたんでしょうね!?」


「ご心配召されるなお師匠様よ。この俺がしっかり忘れ物なく運びましたよ」


「そして、この部屋は?」


「うん。フィルさんが言うには、ここが今日から師匠の部屋だって」


「そう……モンスター退治の中だって言うのに、その合間を縫って私をプルメリアまで送ってくださるなんて……」


「悪魔と天使があの肉体には存在しているからね」


 言いながら、ガルシアとマリエラはクスクスと笑い合うのだった。




「マリエラ。この船に乗ったからには、ただの薬剤師及び祈祷師じゃなく、もう勇者一行の仲間だからね」


「……──え……っ!?」


 デッキに上がってみるとフィリップがいたので、彼の元へ行くとそう言葉を投げかけられた。

 暫しの硬直後。


「ええぇええぇぇっ!! いえっ、そんな! 無理無理無理無理っ!! 私とても、モンスターは倒せないし、全くバトルに向いてないもの!!」


 マリエラは必死に突き出した両手を、ブンブンと横に振る。


「バトルだけが毎日じゃないよ。君みたいな薬剤師もいざとなったら必要だと思ったんだ。だから、バトルは強要しないから大丈夫」


 そう言ってフィリップは、この上ない穏和な笑みを浮かべて見せた。

 まさに天使のような微笑みだ。


「……っっ!!」


 これにマリエラは、反発出来なくなってしまった。


「普段は雑務とかしてくれたら助かるよ。構わないかな?」


「それで、済むなら……構わない、かしら……?」


 あからさまに戸惑いを露わに、口ごもりつつ小さく首肯する。

 それをしっかり見聞きして確認したフィリップは、内心ほくそ笑んだ(裏人格より)。


「ありがとう。とても助かるよ」


 フィリップは、ヒョイとマリエラの顔を覗き込む。

 その距離の近さに、あからさまに動揺するマリエラ。

 その側で、何やら呻り声が聞こえて、二人してそちらを見るとそれは彼女と一緒に来た、ガルシアだった。


「うちの師匠を、誘惑してるんでしょーか? フィルさん……!!」


「誘惑? 違うよ。勧誘してるんだよ。ガルもずっとマリエラと一緒にいられるんだよ? 嬉しくない?」


 フィリップは屈みこんでいた上半身を起こすと、肩にかかった水色の長髪を背後へ払ってからニッコリと、ガルシアへ笑顔を見せた。


「師匠と……ずっと、一緒に……!?」


 フィリップの言葉に敏感に反応したガルシアは、目を煌かせながらマリエラへ顔を向ける。

 その表情を見たマリエラは、最初は困惑していたものの彼女も、これに諦めたように一息吐いた。


「何かあった時は、必ずガルが守ってくれる?」


「もももも、勿論ですとも師匠!! 全力で俺が師匠をお守りします!!」


 咄嗟にガルシアは駆け寄ると、がっしりとマリエラの両手を取って、宣言した。


「よっし! じゃあ決まりだね。改めて今後とも宜しく頼むよ。マリエラ」


 丁度その時、もう成人体型から子供体型に戻ったフェリオ・ジェラルディンが、デッキへ上がって来た。


「ラードもいつまでも鳥はつまらないでしょ。人型に戻っていいよ」


 フィリップの言葉に、彼の肩に止まっていた白隼姿のアングラード=フォン・ドラキュリアは、おずおずと尋ねる。


「し、しかしまさかあなた方が、我が魔王様と親しいとは知らず……私めなどがここにいると知れても、大丈夫でしょうか……!?」


「大丈夫。ショーンの事なら、もうとっくに君の存在も正体も気付いている筈だから」


「さ、然様で……で、では……」


 アングラードは動揺しつつも、フィリップの肩から飛び降りて、人型に姿を変えた。

 勿論、豹柄人間ではあるが。


「この方、どうして豹柄なの? 何か意味か理由があって?」


「いや、全く。そちらのお弟子さんのエルフマジックによる、失敗の結果です」


 アングラードがケロリとした様子で、答える。

 これにクスクスと笑い始めるマリエラ。


「いいわ。私が少しはマシにしてあげる」


 彼女は言うと、アングラードの前に立って言い放った。


「エルフマジック・ヒューマン」


 すると、アングラードの表面上にあった豹柄が、見る見るうちに消滅し見た目は完全にただの人間の姿になった。


「おおぉお! マーベラス!! ありがとうございます、マドモアゼル……」


 アングラードは言うと、マリエラの片手を取ってお礼の口づけを──……。


「ストーップストップストップ!! はいここまで!! それ以上やったらお前をナメクジに変えてやるからな!!」


 マリエラとアングラードの間に、ガルシアが割って入ってきた。


「……ガルってもしかすると、年上が好みなのかなぁ?」


「まぁ、人それぞれだから、いいと思うよ」


「あれではマリエラ嬢の婚期も遅れるでしょうな……」


 少し離れた位置から、フェリオとフィリップとアングラードがヒソヒソと言い合うのを、ガルシアがキッと睨み付ける。


「全部聞こえてるよ!!」


「人の言う事をいちいち気にしちゃ駄目よガル。仮にも勇者なのだから、気をしっかり持たなくちゃ。それに、私はガルが好きな事には、間違いないのだし」


「はい……師匠がそこまで言うのなら……──言うのなら!?」


 改めてマリエラの発言を、脳内で反芻してからハタと気付いて、ガルシアは顔を上げた。


「いっ、いっ、今の発言は一体……!?」


「私は晩婚でもいいわよ。だからガルも立派な大人の男になって頂戴ね」


 マリエラは言うと、ガルの頬に口づけをした。


「なななっっ、なーっっ!!」


 ガルシアは顔面を紅潮させていると、今度はレオノールがデッキへ上がって来た。


「大変お楽しみのところ邪魔するぜー」


「分かっているのなら来るな!!」


「んだとこのクソガキが!!」


「ハッ!! す、すみませんレオノールさん! つい条件反射で」


 ガルシアはあたふたと、慌てふためく。


「毎度恒例の筋トレ始めるぞ。マリエラ、少しガルを借りるぜ」


「え? ええ……」


 マリエラはポカンとしつつ、二人の背中を見送っていると。

 クルリとレオノールが振り返り、大声で言った。


「今後とも俺達の仲間(・・・・・)として、宜しく頼むぜ!! マリエラ!!」


「まぁ! 一体いつの間にレオノールさんから、悟られたのかしら?」


 再度、ガルシアを連れて行く彼女の背中を見送りながら、不思議そうに小首を傾げるマリエラに、フェリオが答えた。


「魔人に覚醒してからは、五感が鋭くなったんだってさ」


「壁に耳あり隙間に目ありだね……」


 フィリップも、そう口にする。


「私達もエルフだから、耳は良い方ですけど聞き耳を立てない限りは余計な会話には、シャットダウン出来ますが……」


「多分彼女も、そうしていると思うよ。ねぇ、ラード。きっと君も元吸血鬼だけに、耳がいいよねぇ?」


 フィリップは言うと、隣に立っているアングラードの肩に手を回して抱き寄せたその表情は、悪辣なものだった。


「は……ええ、まぁ、はい。でも私めも、同様ですな。ハッハッハッハ……!!」


 アングラードの戸惑いと空笑いに、フィリップも合わせて笑うものだから、フェリオとマリエラも一緒になって笑うのだった。




 ジーッ、ドキドキドキ……ジィー……ッ、ドキドキドキドキ♡

 船内の厨房で、ショーンと赤猫ルルガは対面していた。

 あまりにもルルガが彼を目を逸らす事無く熱く(?)見つめてくるものだから、生物好きのショーンにとって胸が高鳴らずにはいられなかった。


「久し振りだなルルガ……私がいなくなってから、随分と魔力を上げたようで何よりだ。良ければルルガ。私との愛情もあげないか。さぁ、抱擁してあげよう。私の腕の中へおいでルルガ♡」


 ショーンは悦な表情でルルガへ、手を伸ばす。


「フゥーッ! ウニャアァァーッ!!(気にせず黙って飯作れ!!)」


 ルルガは自分へ伸びてきたその手に、猫パンチをお見舞いする。

 ショーン・ギルフォード28歳。

 魔王になって動植物の言葉が判る様になったが、こうした事実まで判って正直少し残念に思う、彼なのだった……。



 

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