story,Ⅲ:新たなる仲間
「成る程。それで今朝は、こうして裏人格が出ていると」
宿屋の一階にある食堂で、三人は朝食を取っていた。
「ボクが成人体型になっていること、忘れちゃって無意識にフィルお兄ちゃんのベッドに潜り込んだみたいなんだ。ゴメンねお兄ちゃん」
レオノール・クインとフェリオ・ジェラルディンの会話を、無愛想に聞いていた裏フィリップがフンと鼻を鳴らす。
「俺は全然構わん。主人格が意識を失ったおかげで、こうして表に出てこれたのだからな」
フィリップ・ジェラルディンは言い捨て、豪快にパンに噛り付くやブチッと食いちぎる。
ここのパンは若干、弾力があるようだ。
「朝食を食ったら、少し俺は防具屋へ行く」
「ん? 何か買い忘れた?」
妹に尋ねられ、フィリップはまたフンと鼻を鳴らす。
「この衣装が気に食わん。俺の好みを買いに行く」
「だったら俺らも付いて行くぜ。そしたら、そのまま次の旅に出発できるだろう。ここでは、魔王の情報は得られなかったしな」
昨日、買い物ついでにレオノールとフェリオは、町人へ魔王の情報を聞き込みしていた。
「そうだね。この宿屋で待ってたら、九時以降は一時間ごとに料金取られちゃうし。少しでもお金は節約しないと」
「……大概なら、お前の腹に入ってるけどな。リオ」
もっともらしい事を言うフェリオへ、レオノールが指摘する。
「ん? 何で?」
小首を傾げるフェリオは、自覚がないらしい。
ちなみに、只今平らげた朝食の量は、オムレツとチーズ、厚切りベーコンの乗った皿が十枚、手の平より一回り大きいパンは二十個である。
「お前の食欲を見ていると、こっちまで腹一杯だ。俺は先に行っているから、お前らがチェックアウトして来い」
フィリップは、ガタッと椅子から立ち上がるや、颯爽と宿屋を出て行ってしまった。
「んもぅ! 本来のフィルお兄ちゃんだったら一緒に、ゆっくりご飯を付き合ってくれるのに!」
フェリオが、プッと頬を膨らませる。
「俺も、裏フィルの気持ちが分かるぜ……」
レオノールが小さく呟いた。
やがて、支払いをしチェックアウトを終えてから、フェリオとレオノールは防具屋へと向かった。
すると、もう買い物を済ませたフィリップが、店から出てきたところだった。
「……あれが、裏フィルお兄ちゃんのセンス……」
「いかにも“魔王”って感じだな……つか、あいつこそ魔王じゃね?」
フェリオとレオノールは立ち止まり、口元を引き攣らせた。
まず目立つのは、真っ白い毛皮の幅広マフラーを巻き左胸部分に、パワーストーンのバッジで留めている。
毛皮マフラーの下は、みぞおちまでカバーしている、まるでドラゴンの牙を思わせる装飾が施された、屈強そうな緑茶色のサバイバルベスト。
ウエストは、革ベルトをクロスして装着し、右足側では紅色の布が揺らめいていた。
手首にも、白い毛皮の付いたレザーバンドを巻き、極めつけは白いロングマントだった。
「あれ? その弓矢は何? フィルお兄ちゃん」
「お前、普段は杖だろう。弓矢使えるのかよ?」
フェリオとレオノールが、声をかける。
「ああ。防具屋に行く途中、武器屋で購入した。“スピリット”という弓矢で、射抜かれた者はその魂が昇天する」
フィリップは自信満々で言い、またフンと得意気に鼻を鳴らした。
「……行動が早いんだね。裏お兄ちゃんは……」
「仕上がってんな。完全、魔王に仕上がってんな」
「魔王か。心地良い響きだ。だが残念ながら、今の俺は破壊者だ……」
レオノールの発言を、陶酔しながら答えるフィリップ。
「いや、勝手に決めるな。そんな職業を」
すっかり自分に耽溺しきっている、裏人格のフィリップへレオノールはずばり、ツッコミを入れる。
するとそこへ。
「おや。こんな所にいらっしゃいましたか。探しましたよ」
ショーン・ギルフォードが姿を現した。
「ジェラルディンさん。今日は昨日と比べて随分雰囲気が変わりましたね。本日の装備、とても格好良いですよ」
「当然だ」
フィリップは更に、フフンと鼻を鳴らす。
「おだてるなって」
レオノールは、今度は何も知らないショーンへツッコミを入れる。
「あれ? でもギルフォードさんも、何やら雰囲気変わってるよ?」
「その姿から、旅姿だな。どこか行くのか?」
フェリオとレオノールが尋ねる。
これにショーンは、ニッコリ笑顔を見せる。
「はい。うちのご主人様から、ジェラルディンさんと一緒に旅へ行くよう、仰せ仕りましたので」
「……──ええっ!?」
彼の発言に、フェリオとレオノールが驚愕の声を上げる。
「でも、あんた執事をやってんだろう? 得意な武器もないのに、俺らの旅に付いて来られても、ただの足手まといでしかねぇぞ!?」
「いや……よく確認しろ。背負っている物を」
状況を口走るレオノールへ、フィリップがボソリと声をかけた。
「はい。私はこう見えても、本業は剣士として今まで、ご主人様をお守りしておりました」
ショーンは言うと、ニコニコと笑みを浮かべる。
「まさかの、剣士……」
「ヤッタァ! じゃあ、今後のモンスターバトルも楽になるね!」
驚愕するレオノール・クインに、喜んで彼を受け入れるフェリオ・ジェラルディン。
「……付いて来るのは構わんが、それは貴様のレベル次第だ」
静かな口調で言ってきたフィリップ・ジェラルディンへ、ショーン・ギルフォードは目を瞬かせる。
「いやはや……本当にジェラルディンさん、雰囲気変わりましたね……」
「そんな事はどうでもいい。貴様が持っている武器を見せろ」
フィリップは顎を上げ、見下すようにショーンへと吐き捨てる。
しかし、ショーンの方が背丈は高く、身長180cmだ。
「はい……それがその、大変お恥ずかしながら……」
ショーンは言いながら、背負っていた剣を手に取る。
それを見るや、フィリップへ衝撃が走る。
「こっ、これは……!!」
彼が晒した剣は、大の男一人分ほどの幅があり、鍔の部分は剣身の幅と同じで緋色の石と並んで小さな蒼色の石が左右に埋め込まれ、その両端は何らかの超大型の獣であろう牙がそれぞれ二本ずつ、装飾されている。
切先は、まるで矢尻を思わせる、中央は先端鋭く左右両端も切先然となっていた。
つまり突きも切り込みも、万全な作りと言うことだ。
「え? 何、何?」
「何だよ。弱ぇのか強ぇのか、どっちだよ?」
フェリオとレオノールが、フィリップに疑問をぶつける。
「……“英雄の大剣”と言われる、両手剣だ……!」
フィリップは半ば愕然としながらも、声を絞り出す。
「……えいゆうの大剣……?」
「……だから、つまり何だ!?」
キョトンとするフェリオに、苛立ちを見せるレオノール。
「……無知とは、実に恐ろしきものよ……」
フィリップは、呆れながら言った。
そして、言葉を続ける。
「英雄の大剣は、限られた本数しか存在せず、認められた者しか持てないと言う……つまり、こいつは英雄──勇者と同等の存在だ」
「ウッソ! マジかよ!?」
「よっし! まさかの勇者、ゲットー!!」
再度、驚愕するレオノールと、片手拳を天へ突き上げて大はしゃぎするフェリオ。
ちなみに樋の部分は、鍔から黄金の正三角形が施され、その頂点には涙型の黄水晶がはめ込まれてあり、そこから切先までは地味に真っ黒なものではあったが、これこそが“英雄の大剣”と言われる由来で、レベルが上がるごとにその大剣も成長し、証拠のようにそこに文字が浮かび上がる仕組みになっている。
つまり、この大剣一本あればわざわざ武器変更をせずに済む、と言うわけだ。
正三角形の頂点にはめ込む石も、レベル次第で更に強力な力を秘めた石と付け替え可能だ。
しかし見る限り、樋にはまだ何の文字も浮かび上がっておらず、黄水晶もパワーストーンの中では下級である。
それでも、認められた者しかこの大剣は、扱えない。
「こやつ……飄々としておきながら、ちゃっかりと……!!」
どういうわけか、フィリップは悔しそうに歯噛みしている。
「しかし、本当にジェラルディンさん、雰囲気変わりましたよ? 別人みたいと言うか……何かありましたか?」
キョトンとするショーンへ、嘆息混じりでレオノールが答えた。
「こいつ。過去のトラウマが原因で二重人格になってて、今は裏人格が表に出てやがるのさ」
「おや。二重人格……それは意外でしたね」
「貴様の立場こそ、意外だったけどな。お互い様だ」
「お互い様……確かに、その通りですね……」
呟くように言うと、ショーンはクスッと小さく意味深に笑った。
「じゃあギルフォードさん──」
そんな彼の微かな様子には、まるで気付かずにフェリオが声をかける。
「ああ。それでは堅苦しいでしょうから、今後ショーンと呼んでください」
ショーンは片手を胸元まで上げて見せ、やんわりと遮ってから言った。
これに、フェリオとレオノールも続けて、簡単に自己紹介をする。
「あ、じゃあボクはリオでいいよ」
「俺はレオノール。まんまだけどな」
「ジェラルディンさんは……二重人格者なら、どのようにお呼びしましょうか」
これに彼は、投げやりで答える。
「この俺様の時はフィリップ、主人格の時はフィルでいい」
「このボクにとっては、お兄ちゃんだから変わらないケドね。ややこしい時だけ“裏”と呼んでるけど」
ちなみにショーンは、黒地に白い縦じまが入ったスラックスと白シャツの上から、プラチナベスト、ボーラーブーツ、時計付きのパワーリストを装着していた。
どれも、そこそこ値のある一品だ。
やはり金持ちは、身に付ける物が違う。
「それでは、行きましょうか」
「あ、でも、ほらあの人。さっきからずっとこっち見てるよ? 知ってる人?」
歩き出そうとショーンが一歩、足を踏み出した時、フェリオが背後を指差し引き止めた。
「?」
これにショーンは背後を振り返ると、一人の初老の男が十メートル程先で立っていた。
「ラズベリー様……!!」
ラズベリーは、自分へと振り向いた彼に気付き、ニッコリと笑顔を見せる。
「言って参ります。ご主人様……」
ショーンは、胸に手を当てて、深々と頭を下げる。
「元気で言って来い! ギルフォード! わっはっはっはっは!!」
「いや、あの人が一番元気いい……」
レオノールは、こちらへ大きく手を振るラズベリー男爵を見て、ボソリと呟いた。
こうして、一行は歩き出した。
「今のがお前の主か?」
フィリップが、ショーンへ話しかける。
「はい。そうですよ?」
「たかだか他人の為に、お前は勇者にまでなったと言うのか」
フィリップは、ショーンの横へ並ぶ。
「従来、勇者とはそういうものですよ。ですが今後は、あなた方の為に剣士となりましょう」
「勇者ではなく、ただの剣士か」
「それを決めるのは、あなた方ですので」
そう述べてから、ショーンはニッコリとフィリップへ笑顔を見せる。
「いかにも」
ショーンの言葉に、フィリップは首肯した。




