デルニエール攻防戦 魔王軍サイド④ 上
ハーフェイは武器を手放し、ルークから距離を取る。
「化け物め……!」
その一言が、ハーフェイの心境を如実に表していた。
「どうした七将軍。そのていどか」
ルークが重々しい声を口にする。
敵を煽るような文句であったが、彼は決して挑発をしたつもりはない。
むしろ逆。期待しているのだ。
王国最高の騎士を称する七将軍が、まさかこれで全力というはずがない。まだ隠している力があると信じてやまなかった。
「出し惜しみは好かん。生半で俺を倒せると思うな」
それを聞いたハーフェイがいかに思うか、ルークは思い至らない。彼は優秀な戦士ではあったが、如何せん心の機微には疎かった。バルディッシュを指で弾き飛ばし、ハーフェイの手元へと送り返す。
「随分と甘く見られたものだな……!」
安い挑発と捉えたハーフェイは、兜の下でこめかみを震わせる。高い気位は、軽んじられることを許さない。
「望み通り、全力で葬ってやろう!」
手中のバルディッシュ。ハーフェイはその石突を地面に叩きつける。
次の瞬間。その長柄がまばゆい光を放った。青い輝きはハーフェイの空色の髪によく似ている。彼の魔力が武器に注ぎ込まれ、今まさに変質しつつあった。
バルディッシュは形状を変え、長大な一振りの剣となる。否、剣と形容するにはあまりにも太く、長い。樹齢を重ねた大木が如く、高くそびえる様はまさに塔である。
ルークの瞳が細まった。
力強い魔力だ。制御は粗く不安定。だが未知数の威力を秘めている。
「それでいい」
ルークは握った大剣を凝視する。百年近く共にした自慢の剣である。鉄を容易く斬り裂き、巨岩を叩き割る。それでも、ハーフェイが振りかざす光の巨塔に比べなんと頼りないことか。
ただ見た目に限れば。
「受けてみよ! 乙女より賜りし我が神器の力!」
雄叫びと共に振り下ろされた光の巨剣。青白い太陽にも見紛うその輝きを、ルークは防御することもなくその身に浴びた。
「これは――」
凝縮された魔力が刃となってルークを圧し潰す。漆黒の鎧は表面からじわじわと削り取られ、更には鎧を貫通して内部へと影響を与える。
純粋な魔力の塊であるガンドルフは、強烈な神器の波動を浴びて輪郭を曖昧にする。胴体には細かな穴が空き、欠損する部位もあった。
なんという重圧。
なんという威力。
直撃を受けたルークの口から吐き出されたのは、吐息にも似た短い笑声だ。
「いいぞ」
全身に傷を増やしながら、回避も防御も試みない。
「死が見えてこそ戦と言える。七将軍の名は、伊達ではない」
全身を責める熱と痛みが心地よい。
これぞ死闘。生者のみが享受できる悦楽だ。
「ゆくぞ。ガンドルフ」
ルークの呼びかけに、鋭い嘶きが呼応した。
猛り狂う魔力の奔流の中。一人一騎は悠然とその歩みを進める。負傷は厭わない。むしろ喜んで傷を負おう。
「血迷ったか四神将!」
ハーフェイの表情には勝利の予感が垣間見えていた。乙女より与えられし神器の力を解放したのだ。神の力。その直撃を受けて倒れぬはずがないと。




