女子会②
リーティアは、カイトがソーニャとの戦いで心の傷を負ったことを説明する。
その話を神妙に聞き終える頃には、クディカのカップから紅茶がなくなっていた。
「ふむ、なるほどな。初陣での惨事が尾を引くのはよくあることだ。別にカイトに限った話ではあるまい」
「だからといって軽んじるわけにもいきません。ソーニャ・コワールを前にして戦えなくなるようでは、勇者としては失格です」
「乗り越えられるさ。その為に鍛えているのだ。私とて同じような経験がある。十三の頃、ボウダームの将軍ウルティナと戦った時のことだ。今でもよく覚えている」
クディカが始めた昔話に、ヘイスが反応した。カイトがトラウマを克服する糸口が見つかるかもしれない。
「当時私が所属していた隊は数十人規模で、それなりに功績も立てていた。戦場で一騎駆けのウルティナを見た時は、手柄が向こうからやってきたと浮かれていたよ。ところが結果は惨敗。隊は彼女一人に軽く蹴散らされた。私もひどい怪我を負ってな。全身の骨が砕け、内臓もいくつか潰れていた。リーティアが駆けつけてくれなければ間違いなく野垂れ死んでいただろう」
「ありましたねぇ。そんなこと」
リーティアが紅茶を注ぎながら、懐かしそうに呟いた。
「その日の晩はとても寝つけなかった。怪我の痛みもそうだが、目の前で殺された仲間達の姿が目に焼き付いて消えなかった。しばらく不意に思い出しては、赤子のように泣いたものだ」
興味深い話である。勇猛果敢を体現したようなクディカにも、そのような時期があったのか。そう思うと、不思議と親近感も湧いてくる。
「将軍はその傷を、どのように克服されたのですか?」
「一か月後の会戦でウルティナを討ち取ってやったよ」
「……はい?」
あまりの唐突な展開に、ヘイスは目を丸くした。
「私はウルティナが怖くて仕方なかった。戦神とはまさにあれを指して言うのだろうな。また彼女と戦わなければならないのかと思うと、剣を握ることさえままならなかったし、馬蹄の音を聞いただけで足が竦んでいた。終いには軍から抜け出して故郷に帰ろうとまでした。だがそんな時だ。私に天啓が舞い降りたのは」
クディカは腕を組み、したり顔を浮かべてみせた。
「ウルティナが怖いなら、奴より強くなればいい。そうなればまったく怖くない、とな。だから私は死に物狂いで特訓し、次にまみえた戦場にて、一騎討ちでウルティナを下したのだ」
語気を強くして言い切ったクディカ。
膝に手をついて聞き入っていたヘイスは、初めて耳にした白将軍の武勇伝に感激すら覚えていた。まるで英雄譚の一幕のようだ。
「すごいですね……!」
このエピソードに、カイトが心の傷を克服する手がかりがあるのではないか。クディカの行動をなぞり、カイトがソーニャを打倒できればと夢想する。
「ヘイス。あまり真に受けてはいけませんよ。この子は見た目に反して粗野で豪胆ですから。カイトさんのように繊細ではありません」
「なにを。これこそ一番手っ取り早いやり方だろう」
「彼とあなたを一緒にしないでください。たったひと月でウルティナに勝つ方がおかしいのです。それに、今はヘイスに何ができるかを考えた方がよいのではありませんか?」
「む……そうだな。確かにそうだ」
仕切り直しとばかりに紅茶を口にする美女二人。ヘイスもそれに倣う。
「カイトのやつが余計なことを考えず、訓練に集中できるよう助けるのが最善か?」
クディカの発言に、ヘイスが同意する。
「ボクもそう思います。というか、ボクにはそれくらいしかできませんから」
食事の用意、掃除に洗濯といった家事をはじめ、武具の手入れや勉強用具の調達など、細かく挙げていけばキリがない。だが、そういった細かな配慮にこそ人の心は表れる。ヘイスはどんなことにも決して手を抜くつもりはなかった。
「なにも生活のお世話だけに絞らずともよいのですよ。傍に寄り添い、話を聞くだけでも大きな支えになりますとも」
「はいっ。そうですよね。ボクがカイトさまの心を癒せるよう頑張ります!」
ヘイスが拳を握る。やる気は十分だ。
その向かいでは、クディカが顎を押さえて紅茶の水面を見つめていた。
「癒す、か。男を癒すには肌を重ねるのが一番と聞くが……この場合は当てはまらんか」
「性を感じさせるものは避けた方がいいでしょうね。例の記憶を呼び起こしかねません」
安易な近道はできないということだ。
ソーニャとの出来事がなければ、この三人で色仕掛けという手段も――実行するかどうかは別として――提案されたかもしれない。初心なカイトを癒すだけならそれが最も単純かつ効果的である。
それができない以上、カイトを助けるにはヘイス自身の成長が不可欠に思えた。
「ボクにできることはなんでもやります。カイトさまの為ならなんでも。ですから、ボクにも色々と教えてください。カイトさまのお役に立ちたいんです!」
勢いよく立ち上がり、ヘイスは深く頭を下げた。
カイトには命を救われたのだ。決して楽に助けてもらったわけじゃない。カイトは自ら窮地に陥っていながら、死を厭わずに剣を取ったのだ。
ヘイスはすでに、一生をカイトに捧げる覚悟を終えていた。
「立派ですね、ヘイス。私も負けじと力を尽くします」
リーティアが温かく微笑む。
「だがよいのか? お前は武勲を立てるため軍に志願したのだろう? カイトの従者になれば、その機会は失われてしまうのだぞ」
「はい、かまいません。どのみちボクじゃ武勲なんて立てられそうもありませんし……それに」
ヘイスは庭の中央で戦うカイトを見据える。
「あの人を、好きになってしまいましたから」
その視線は、恋する乙女と形容するにはあまりにも真摯だった。恋慕だけでなく、強い感謝と尊敬の念がこもっていた。
彼女の純粋な瞳と率直な言葉は、聞く側の二人を赤面させるほどだ。
「リーティア」
「なんでしょう」
「私達にも、いい相手が見つかるといいな」
「あら。自分より弱い男に興味はないと豪語していた割に、夢のあることを言うのですね。あなたより強い殿方なんてこの大陸に何人いるのかしら」
「ええいうるさいな。そこは唯一譲れない部分なのだ。すこしくらい夢を見てもいいではないか。そういうお前はどうなのだ」
「そうですね。今のお仕事が一段落つけば、そういったことも考えられるようになるかもしれません」
リーティアは最後の紅茶を飲み干すと、ヘイスを一瞥し、その視線の先のカイトを追いかけた。
クディカも同じく、デュールと立ち合うカイトを見やる。
しばらく三人は、訓練に励むカイトの姿をじっと眺めていた。
この場の女性三人が何を思っているのか。
カイトは知る由もない。




