めざめの騎士 ①
「新たなめざめの騎士が現れた、というのはどうだ」
「カイトさんがそうだと主張するのですか? それは流石に無理があるでしょう。年月の辻褄が合いませんし、そもそも証明できません」
「ううむ……いい考えだと思ったんだが」
「乙女に連なる存在であると謳うのはいい発想かもしれませんね。一国の王とはいえ、乙女の歴史全て把握しているわけではないでしょうし」
カイトは次第に不安になってきた。本当に王様を騙してもいいのだろうか。出来ることなら嘘は吐きたくない。リーティアもクディカも同じ思いのはずだ。自分のせいで彼女達に要らぬ嫌疑がかかるのは、なんとしても避けたかった。
「えっと、いいですか?」
カイトは遠慮がちに手を挙げる。
「何か妙案がおありですか?」
「案っていうわけじゃなくて。なんていうか。俺をこの世界に召喚したのは、たぶんその灰の乙女ってやつです」
「なんだと?」
声を漏らしたのはクディカだったが、驚いているのはリーティアも同様だった。
「この世界に来る前に、俺は灰の乙女に会ってます。なんか、行きたい世界を思い浮かべろとか、その世界で好きに生きろとか。そんなことを言われました」
「なんという」
クディカが天井を仰ぎ、額を押さえていた。
「お前もつくづくもったいぶる男だな。そういう大事なことは最初に話せ」
「すみません……」
異世界から来たという事実ばかり重要視していて、女神のことはすっかり頭から抜け落ちていた。この世界において彼女が重要人物として扱われているかもしれないと、もっと早く考えるべきだったのに。
「たぶんあの女神は、魔王を倒すために俺をこの世界に連れてきたんだと思います」
「ほう? それはまた随分と自惚れた考えだな。乙女がそのように仰ったわけではないのだろう?」
「自分の意思で決めろってことなんですよ。誰かに指示されたから戦う。そんなんじゃ勝てるはずもありませんから」
度重なる苦難の中で、カイトは自身の内に戦う理由を見出した。それこそが、あの女神が望んだことなのではないか。奇しくもカイトが勇者と呼ばれ、敵の親玉が魔王と名乗っている。単なる偶然かもしれない。けれど、カイトが何と戦うかを定めるには十分な理屈であった。
「知った風な口をきくじゃないか」
腕を組んだまま、クディカはふむと息を吐く。
「こう言ってはなんだが……乙女が遣わされたというにはお前はあまりにも頼りない。魔王に対抗するどころか、マナに負けて死にかけるような身なのだぞ」
彼女はあえて率直な言葉を用いた。今のカイトなど吹けば飛ぶような存在だ。魔王にとっては何の障害にもならない。彼の前に厳然と横たわる事実を、自覚してるのか否か。その如何によってクディカの取るべき対応も変わってくる。
カイトは膝の上で拳を握り締めた。自分が弱いことなど、文字通り死ぬほどわかっている。惰弱な体質に留まらず、戦う力もなければ知恵も知識もない。無力な凡人に過ぎない。
だからこそ、才ある者には想像もし得ぬ、強固な決意ができるのだ。彼の心情は顔に表れ、双眸に浮かび上がっていた。
「まぁ、なんだ。理解しているのならこれ以上は言わん。弱さを自覚することは、強さへの最初の一歩だからな」
クディカはカイトの目に相応の覚悟を見て取った。胸の奥底で抱いた彼に対する期待を表に出すことはなかったが。
「異世界から召喚された勇者。まるでおとぎ話のような聞き心地ですが、存外使えるかもしれませんね」
眼鏡を押さえたリーティアが、思案顔で呟いた。
「乙女は秘密主義です。決して多くを語らない。それこそ、王族ですら知らない真実、歴史、秘儀。そんなものはいくらでもあるでしょう。学ある者は、そんな人間の無知を重々承知です」
カイトは頷いた。確かにそうだ。あの女神は無口で不愛想。説明不足も甚だしい。彼女の十分な説明があったなら、この世界で味わった苦悩ももう少しマシなものになっていたかもしれない。
「リーティア。お前までもったいぶった言い方をするな。私も乙女を信仰してはいるが、神学にはあまり詳しくないのだ」
「端的に言うならば、言った者勝ちということです。たとえそれが作り話だとしても、乙女以外には否定のしようがない。権威ある神学者が言うなら尚のこと」
「ならばどうする?」
「クディカの案を採用しましょう。メック・アデケー王国、ひいては世界の危機を救う為、乙女は新たなめざめの騎士を異世界より召喚した、と」
「なるほど。確かにとんだおとぎ話だな」
事実の中に紛れ込んだ嘘を見抜くのは難しい。
リーティアは巧妙な手口で、灰の乙女に会う算段をつけていた。




