Episode3 - 話し合ってみよう
そうしてその日から居住エリアの改造計画が開始された。
諸々の設備を置く為の場所の確保は居住エリアの住人達に、それ以外の設備の設置や配線周りを私が。白星にはそれらに必要な物資を運び込んでもらい、五十嵐は私に変わって住人達への細かい指示を出してもらう。
まず完成させるべきは、食糧系の設備……ではなく。
改造計画中に多く出るであろうゴミなども変換する事が出来る、生育剤への変換設備だ。
「……これ本当に動くの?柊さん」
「問題ないよ。……えぇっと、ここに電力を供給すれば……おっ動いた動いた」
私と音鳴の目の前には、鉄で出来ている様な見た目の立方体が1つ置かれている。
まだ試運転である為に野ざらしになっているが……まぁ今後、床や屋根のある場所へと移動させる為問題はないだろう。
……こっからウィンドウで弄って……比率とかも変えられるのか。ちょっと面倒になりそうだから……この辺りは後でまた調整でっと。
鉄の立方体……糞尿変換機の表面に手を触れさせると同時、私の目の前にいつもA.S.Sで見ている様なウィンドウが出現する。
そこには糞尿を生育剤などに変換する際にどの様な効果を持たせるかを決める事が出来る項目や、現在電力がどの程度供給されているのか等の項目がずらりと並んでいた。
「これ見えてる?音鳴ちゃん」
「見えてるよ。すっごいねぇ……えーあーるって奴?」
「まぁある意味拡張現実ではあるのか……?似たようなもの、かな?」
何らかのデバイスを通していない為、厳密には違うとは思うが……細かい事を言っても仕方ない。
幸か不幸か、その手の話を気にする者はここには居ないのだから。
「ふぅん?これをトイレとかに設置されば栄養剤とかが作れるんだよね?」
「そうだよー。後はコレが作ったモノを一塊にして管理出来るようにすれば……音鳴ちゃん達もやりやすいよね」
「うん、そっちの方が助かる!」
実際に住んでいる人の意見を聞きつつ、どのようにして設備を配置していくか頭を捻る。
近頃は身体ばかりを動かしていた為、久しく感じていなかった筈の熱が頭に蓄積されていくのが少しだけ心地いい。
……ちょっと思い描いてたスローライフとは違うけど……まぁサンドボックス系のゲームだとありがちな流れだよね。生活を豊かにするためにユーティリティ系設備を充実させるってのは。
糞尿変換機の試運転を終えた後。
私と音鳴は、草薙や他の居住エリアの住人を交え、工事前の最終確認を開始した。
それぞれの手にはA.S.Sお手製の資料が配られており、ちょっとした会社の会議の様な雰囲気を醸し出している。とは言え、そこまで堅くはならない真似事でしかないのだが。
「じゃあ変換機系はそれぞれの用途に合わせて居住エリアの地下に設置、変換後の生育剤は倉庫に備蓄、そこからドローンや人手を使ってそれぞれ必要な所に搬入、って形で大丈夫そうですかね」
「質問だ。居住エリア側としてはここまでしてもらってありがたいが……そちらの電力などは問題ないのか?作ってもらった資料にはその辺りの記述が無いように思えるが」
「そこは大丈夫です。うちの発電機は現状でも発電しすぎでたまに稼動止めているくらいなので。消費量が予想よりも多かった場合は……数を増やせば良いだけですし」
「成程、回答感謝する」
何処かから流れてきたのであろう、顔とプロフィールしか知らない住人との質疑応答は精神的に疲れるものの。
少なくともこうして話をしている分には敵意などは感じない。
……他の避難所からのスパイ……までは考えてるんだけどなぁ。その辺りの尻尾は出さないよね、やっぱり。
前世、そして今世で他の避難所を実際に目にしてから、私が運営している居住エリアが異質な場所である事は理解出来ている。
そもそもとして、この終末世界でゾンビや野生動物に対抗する為の防壁や塹壕の1つも存在していない居住地など通常あり得ないのだから。
故に、
「あ、あの……異常者などに対抗する為の策なんかが書かれてないように思えるのですが……」
「その辺りは……20ページ付近のドローンの運用に記載してある様に、居住エリア周囲には常に複数台の無人ドローンが配備されています。武装は搭載させていませんが、その都度アラートが居住エリア内に居る戦闘可能な人員……この場に居る人だと須藤さんですね。彼らへとRPTのデバイスを通して送られます」
「うむ。命を第一に考えている為に、撃退までは敵わないかもしれないが……その場合に関しては、より上位の実力者……五十嵐嬢などに連絡が行く手筈となっている。今の所はそれで問題はないと思うが……」
このような疑問も出てくるだろう。今回の改造計画はあくまでも生活面を豊かにする事が目的のモノ。
その生活を護る防衛面に関してはわざと言及していなかったのだが……どうやら、意図を読み取ってくれた須藤がこちらへと視線を投げかけてきてくれた。
それに対して視線だけで礼を送りつつ、口を開く。
「一応は、その辺りについても考えています。まだ細かい所を詰めていない考えとしては……希望者を募って、私や五十嵐、須藤さんなどの武道系経験者を講師とした訓練会などを開こうかと」
「そ、それは……所謂、崩壊前にあった徴兵制度のようなものとして考えていますか?」
「いや、そこまで強制力が強いものじゃないですね。あくまでも希望した人だけに限定して……但し、危険に立ち向かう為の訓練です。それに従事する人には別途で報酬なんかを用意しようかとは考えてますよ」
「うむ、まぁ今の所はそれが丸いだろうな。だが、報酬が多すぎればそれ目当ての者も出てくるだろう。その辺りはどう考えている?」
「それについては、出来合い制にすれば問題ないんじゃないですかね。訓練に関しても希望者のみって話ならそれでも本人は満足するのでは?周囲に配備されているドローンによって本当にその人物が仕事をしているのかは判断出来るでしょうし」
私の考えを話した瞬間、嫌な表情を浮かべたのが約半数。残りの半数は予想通りという反応だ。
嫌悪感を示すのも仕方ない。元々、日本という世界で見ても平和な国で育ってきていたのだ。それが突然、自分達で自給自足しつつ時たま命懸けで戦わねばならないなんて言われたのだから。
しかしながら、現実は待ってくれない。だからこそ希望者のみに絞るのだ。
……ま、あとで考えを詰めるにしても……面談とか挟んでからにしないと面倒な事になりそうかなぁー。こういう時、思考が読めるタイプの異能持ちが居れば便利だったんだけど。
この場には異能者と無異能者が約半々居る。
その中でも戦闘系に分類されるのは三分の一に満たないだろう。とは言え、異能も使い方次第で化けるのは私自身が知っている。だからこそ、訓練ではその辺りを伸ばしていければ良いとは思う。
とは言え、今の会議の本題とは違う部分だ。
「はいはーい、とりあえずこの話はまた別の機会に。今は改造計画の方を進めていきますよ。……まぁ、大体期間としては……多めに見積もって2週間くらい貰えれば。そこから1週間は様子見、皆さんにフィードバックを貰って改善、その後更に1週間貰って問題ないかを確かめて計画は終了……って感じで考えてます。どうです?」
一度手を叩き、話し合っていた皆の意識をこちらへと向ける。
その上で今回の会議の締めを話し、全員が問題ない事、質問などが無い事を確認してから、
「では、今回はここまで。また何かあったら声を掛けさせていただくのでそのつもりでお願いします。お疲れ様でした」
「「「お疲れ様でした」」」
会議が終了する。
さぁ、ここからが大変な所だ。自分が住む予定はないものの、大家的な存在ではある。その責任は果たす為に……少しばかり久々に、自分の身に宿る規格外な部分をお見せしようではないか。




