Episode17 - 全力で戦ってみよう2
「――ッ」
息を吐き、駆ける足を更に速くして。
私の軌跡を無数の破片が追いかけるような形になりながらも、宙に浮いたそれを中心に地面の上で円を描く様に駆ける。
駆ける。……見開いた眼に、風が当たり自然と涙が零れ落ちる。
駆ける。……身体の何処かから、何かが千切れていくような音が聞こえ始める。
駆ける。……いつの間にか、背後ではなく私が放たれる破片を追うような形になっている。
「にんッげ、ん!」
右足を、タイミングを合わせ降ってきた破片の上へと乗せて。
「嘗めん、なァッ!」
激痛が足に走り、明確にぶつんと千切れた音が聞こえると共に。
――私の身体は宙へと踊り出る。
限界を超えた膂力によって宙へと運ばれた私の身体は、気が付けば4級ゾンビの目の前まで辿り着いており。
「ぁあ!」
刀を振るう。
最初の様な首を狙った一撃ではなく、胴体を狙った力強い一振り。適当に振った訳でも、限界でそれやってしか触れなかった訳ではない。
当然、私の放った一振りは不可視の力場によって捉えられてしまい、勢いが殺され、
「――まだまだァ!」
鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。
私の手の中にはもう一振りの、今し方振るった刀とは別の……数打ちの刀が出現し、空中で動きの止まってしまった刀へと振り下ろされていた。
……A.S.S!
心の中で叫ぶ。
それと共に、私の周囲には複数の半透明のウィンドウが出現し、すぐさま消えていく。
頭の中に聞こえるのは、これまで私の事を導いてきた1つの声。
『決済完了、交換品である刀が【空間収納】内に保管されます』
「上々!」
その声と共に、私は空気を含んだ白く濁った水を自身と4級ゾンビを覆うドーム状に展開して。
更に刀で刀を撃ち続ける。
結局選んだのは、力業。不可視の力場に止められる?一撃では防がれる?異能では決定打にならない?
上等だ。それなら私は、それを分かった上で……私の持つ異能をもって超えてみせる。この身に宿る、全ての異能が今の私の力なのだから。
『……』
刀を打つ。未だ不可視の力場によって、刀は空中に止められたままだ。
『……?』
刀を打つ。水流によって身体を運ぶ事で高度を維持しつつ、少しだけ動いた様な気がした刀へ数打ちを振り下ろす。
『……!?』
刀を打つ。切っ先が、微かに動く。
『……ッ!』
「届、くッ!届いたあッ!」
刀を打つ。振り抜いた。
切っ先が、止められていた刀が、4級の身体へと勢いよく突き刺さる。
だが、これで終わりではない。相手はゾンビ、全身を行動不能になる程度まで損壊させるか、胴体から頭を切り離さない限りは動き続ける亡者なのだから。
故に、まだ私の攻勢は終わらない。
『マテ……!』
「へぇ、喋れる?ウイルスで変異してるのに!こりゃあ私じゃなかったら油断してたかも、ね!」
4級の身体へと届いた刀を這うように、私の胴体から飛び出すように操られた水が素早く迫り……全体を濡らすだけに留まった。
その結果に、先程までは何の感情も浮かんでいなかった様に見えた4級の顔に、こちらを嘲るような色が少しだけ見え、
「まだだよバァカ」
『!?』
その全身を鮮やかな青紫色の花が彩った。
私の胴体、弾帯の様に付けられたペットボトルの中に入った水に混ぜられた、トリカブトを【植物栽培】によって急速生長させたのだ。
とは言え、それ自体はただの植物。生きている者には効く毒かもしれないが、ゾンビである目の前の相手にはやはり一瞬動きを止める程度の効果しか見込めない。
……まだまだ。
心の中で呟いた声に反応してか、トリカブトの根が、葉が、花が。その全てが更に数を増やし、枯れては育ちを繰り返していく。
……まだまだ!
更に生長し、自然では見られないような太くそして大きい花がゾンビの身体全体に咲いていき……そして枯れるを繰り返す。
「限界まで!」
叫ぶと同時、私の目の前のゾンビの身体に大量の太い根が巻き付き……その全身に根付くと共に華を咲かせる。
綺麗な青紫色の華。先程も見たトリカブトの華。しかしながら、その大きさは私の掌よりも大きい。
【植物栽培】を限界まで、自身の出せる最大出力で、単一の対象に対して行使した結果……その華は、ゾンビを一瞬ではなく数瞬以上も拘束するほどに力強く生長していた。
「これがッ!」
そうして出来た隙。
A.S.Sによって無数の刀を生み出しては使い捨てる事で、無理矢理に不可視の力場を突破して。
【液体操作】によって、全力を出せる時に使う為に用意していた水を操って。
【植物栽培】で生長させた植物によって作られた、大きな隙。
それに対して私はしっかりと、しかし手早く狙いを付けて……指鉄砲を構えた。
「最後ォ!」
瞬間、私の目の前に居た4級ゾンビの、頭を含めた上半身が消え……巨大な瓦礫が目の前に出現した。
【空間収納】。私が今世を今世として認識した最初期から持っている異能であり、その特徴的な物の取り出し法……『入れ替え』。
動かず、もしくは特殊な守りが無い状態で使わなければ確実に決まらないものの、決まってしまえばゾンビであろうが何だろうが一瞬で致命の一撃を与える事が出来る、ただの便利系異能の機能。
何をしてくるのか分からない相手に使う訳にもいかず、人目がある所でも使えない一撃が、今決まったのだ。
「あ、やば……」
決めようと思っていた技が決まったおかげか、それともここまで極限まで集中していた所為か。
緊張の糸が切れ、私は緩やかに水に流されるように地面へと落下していくと共に、ゆっくりと意識が遠くなっていく。
出来れば、誰かが私の事を無事に回収してくれるのを祈りながら……私はそのまま深い闇の中へと意識を手放した。




