Episode16 - 全力で戦ってみよう1
始まりは静かだった。
地面を蹴り、一瞬で4級の背後へと移動し。その勢いのまま無防備なうなじへと刀を振り抜こうとした瞬間、
『……』
「!」
不可視の何かによってギリギリで阻まれた。
だが、これで終わらないのくらいは私も分かっている。これはまだジャブもジャブ。
……異能は……念動力か障壁を発生させる系統!
【液体操作】によって周囲に満ちた水が無数の蛇の様な形を取りながら、私を巻き込むようにして4級へと向かって殺到する。
問題はない。異能の出力を全力で……今の私の出せる最大値で水を操るのであれば……下手な同系統の異能力者よりも私は器用な事が出来るのだから。
しかしながら、それも防がれる。
私の刀を防いだ不可視の力場の様なものが、殺到する水の蛇を防ぎ続けているのだ。
だがそれでいい。防がれた水を更に操り、私の身体を再度元の位置へと移動させ、
「……出力高いなぁアレ」
一度息を吐く。
今の攻防だけで分かった事は2つ。
1つはこちらの最大出力の身体強化、それによって行う移動に相手は反応出来る事。
そしてもう1つは相手の異能の出力が3級やそこらの異能力者よりも遥かに高い事だ。
……もうちょっと様子見はしたいな。少なくとも……異能の特徴とかは見極めたい。
異能力者、そして異能を持つゾンビと戦う時の鉄則は、『相手の異能がどのようなものなのかを知る』事に限る。
私が白星を追い詰め捕まえた時の様に、今世で初めて3級と戦った時のように。
どちらも、様子見や事前に得た情報を元に行動し、隙や弱点を突いて攻略したのだから。逆に逝ってしまえば……それが出来ない限りは、異能を持った相手を倒す事など出来やしない。
「まずは耐久テスト!」
となれば、最初に確かめるべきは……相手が異能をどこまで維持出来るのか、だ。
4級と言えど、扱うのは異能。千差万別と言っても……ウイルスによって変異していると言っても、扱うのは人の脳。限界はあるはずなのだ。
故に、
「――大質量、いってみよう」
私は自身が操れる限界の周囲の水、及び空気中の水分を4級へと向かって滝のように空中から叩き落し始めた。
無論、防がれる。最初の数十、数百リットルは先程の水の蛇と似たようなものなのだ。防がれないと逆に困る。
しかしながら、滝は流れ続けるから滝なのだ。大質量の水は4級に防がれると共に周囲へと散り、それがまた空中へと浮かび上がると共に叩きつけられる。
「でもそれだけじゃあ、味気ないよね」
その操作を行うと共に、周囲の観客達に気が付かれないよう【空間収納】内から少しずつ水を足していく。
足された水は滝に使われるのではなく。そのまま4級の周囲へと集まっていき……4級を中心に据えた立方体を水によって作り出していった。
……滝は、滝であるが故に危ないんじゃない。その後の……受け皿があるから危ないんだよ。
滝となって落ちていく水は、川底にぶつかると共に周囲に石などを撒き散らしながら勢いよく水面へと戻る動きをする。だが滝は流れ続けるものだ。
上から落ちる流れ、そして下から上へと戻ろうとする流れ。2つの流れは渦を発生させ、そこに捕らわれた者を容易には逃がさない自然の力を発生させる。
見れば、私が狙ったように……水で出来た立方体の内部は渦によって空気を含んだ所為か、白く濁りながらも激しい水の流れが閉じ込められている様だ。
「簡易版滝壺。だからって、本物よりは殺意が高いよ」
今も、私が追加し続けているが故に水の総量は増えていく。
水の総量が増えれば、その分だけ滝の勢いは増し……もし防がれているとしても、4級の周囲の地面は抉られていく。
そして抉られたものは、
「あっぶな」
立方体の中からこちらへと飛来した何かを、水の障壁を何枚か目の前に発生させる事で受け止める。
拳大のアスファルトの破片だ。
空気を含む事で白く濁り外部から見えなくなった水の中。そこには、このアスファルトの様なモノが流れに沿ってゴロゴロと流れ続けている。当然、そんなものに当たれば私でも死ぬし普通の人間ならば反応出来ずにお陀仏だ。
自然の滝壺でも水によって川底から巻き上げられた石などによって身体が傷付くのだ。私の作り上げた簡易版滝壺の中では……傷付くなんてものではないだろう。下手をすれば私でも一瞬で死ぬ程度には殺意が高い。そんな技だ。
……ちょっと危ないかな、何重か水の障壁で囲っておくか。
今のは私がそれを予想し、身体能力も全力で強化していたが故に反応出来ただけの事。
周囲には簡易版滝壺がどういったものなのか、それがどんな危険性を秘めているのか分からない人達が居る。故に、私は十数枚の水の障壁をドーム状にして立方体の周囲に展開した。
「……さて、と。普通だったらこれで終わってくれると思うんだけどなぁ……」
3級までのゾンビにここまでする必要は全くない。
そもそもとして、3級であろうが最初の首を狙った一刀で反応出来ずに終わるからだ。
その上で、終わらなかったからこそ構想だけはあった対単体用の【液体操作】を使った攻撃を仕掛けている訳だが……それでも終わった、とは思えない。
……念には念を。私も情報が少ない4級なんだから……気を抜いた瞬間、死ぬ可能性だってあるんだから。
4級が4級たる所以、それについては私もあまり詳しくはない。
希少というのもあるが、それ以前に前世でも遭遇した人、そして遭遇した上で帰還しその危険性を広めた人が少ない為だ。私が言う『4級』も、3級よりも脅威度が高そうだから、と暫定的に呼んでいるだけの事。
だが、想像する事は出来る。3級が異能を扱える様になったゾンビであるならば……4級とされる、3級よりも階級が上に属するゾンビが、何をもってそれらよりも上とされるのか。
「……ッ、そうだよねぇー……こっち寄りになってるんだから上位。当然っちゃ当然だよ!」
水が弾ける音と共に、簡易版滝壺が内側から大きく膨れ上がり……破裂する。
それと共に、空中へと向かって1つの影が飛び出して、
「五十嵐!白星ちゃん!早く撤退!コレ君達を護るとかそういうの無理だ!」
「……畏まりましたッ!」
「し、死ぬんじゃあないわよ!」
私は咄嗟に、自分の周囲に先程よりも多い水の障壁を展開し。
次の瞬間、空中から数多くのアスファルトや岩の破片がこちらへと向かって飛来した。
それらの多くは水の障壁によって勢いを削がれ、地面へと落ちていくものの……何個かは私の身体を掠め、傷を付けていく。
そんな中でも、私の視線は水の中から飛び出し、今も宙に浮いているソレへと向いていた。
「異能を複数持ってるとか流石に反則でしょ!?……私が言うもんじゃないけどさ……!」
宙に浮き、不可視の力場を操る角を持ったゾンビ。
私の様に、複数の異能を操るからこそ上位とされる存在。
4級ゾンビの視線が、こちらへと向いていた。瞬間、再度放たれる破片の雨を強化された身体能力で無理矢理に走り続ける事で避けていく。
……結構倒すのは難しいかぁ?でも……傷は付いてる。
宙からこちらを見降ろしているソレの身体には、無数の切り傷や場所によっては抉れている所もある。
簡易版滝壺が意味のある攻撃だった、と言う事だ。
「あれは万能の防御手段じゃない……延々攻撃し続ければ剥がれるし、もしかしたら重い一撃だったら防ぎきれないかもしれない」
考えを言葉に変えながら、避ける。
転がる様に、跳ねる様にはせず。足捌きと、何処から破片が飛んでくるのかをしっかりと視て避ける。
この場で変に大きいモーションを取ろうものなら、その隙を突かれるだけなのだから。
故に、コンパクトに。出来る限りの最小の動きで、皮1枚程度ならば必要経費と割り切った上で駆けつつ避けていく。
……狙うはワンショット。それ以外は……ほぼ意味が無いって考えた方がいい。
手に持った刀を握り締める。これが名刀や妖刀なんて呼ばれる品だったらどんなに良かったものか。
だが、数打ちは数打ちだからこそ使い道がある。使い処があるのだ。
「……よし、一発逆転……一刀で決めてやろうじゃんか!」
宙に浮く異能。そして不可視の力場を発生させ破片を飛ばしているであろう異能。
防御能力が高く、ただの身体能力に頼った一撃では防がれてしまう。かと言って、異能だけに頼った攻撃でも決定打にはならない。
だからこそ、ならばこそ。
私は覚悟を決めた。




