Episode14 - 事態を整理しよう
お待たせいたしました。
「柊先輩!大丈夫でしたか?……あとそれは?」
「うん、こっちは問題ない。これは後で核を取り出す為の奴だね。そのままにしてても仕方ないからって事で水の球の中に入れてあるだけだよ」
私が3級ゾンビを封じ込め、首を水圧で潰し切った後。
白星とわんこ達が火征達のメンバーの応急処置をしているのを、周囲の警戒をしつつ眺めていると。傷1つない五十嵐がこちらへと戻ってくるのが見えた。
彼女の手には数個のクリスタル核が握られている事から、少しはゾンビが残っていたようだが……2級以上ではなかったようだ。狭い地域内に3級が複数居られても困るのだが。
「……で、どういう状況です?これ」
「んー……動物の本能?」
「大体意味は分かりましたけども」
五十嵐が呆れたような視線を私の背後へと……何故か、土下座をしている火征へと向けた。
正直、私も意味が分からず困惑しているのだ。とは言え、五十嵐も戻ってきた事だし話くらいは聞くべきだろう。
「……えぇっと、火征さん?頭をあげてもらってもいいですか?」
「いやッ、駄目だ!謝らせてくれ!」
「いやいや、その謝られる事が分からないんで。説明してもらっても?」
本気で困惑している私の声が伝わったのか、火征は恐る恐ると云った風に顔をあげる。
その表情は怯え切っており……私を見る眼は、まるで怪物でも見るかのように焦点が合っていない。
……苦戦してた相手を一方的に倒した……ってだけでここまではならないよね?なんで?
火征の様子に再び困惑していると、その背後から嫌なにやけ顔を浮かべた白星が近寄ってきているのが見えた。
彼女は視線を火征の方へと向けながら、
「ほら、ちゃんとお姉さんの言う事を聞かなきゃ。どうなっても知らないわよ?お兄さん」
「ひっ……!?」
「おうコラ白星ちゃん。何やってんの君」
この状況の下手人だった。
火征を一度仲間達の方へと帰らせた後。私と五十嵐の2人掛かりで白星から何をしたのかと聞いてみれば……簡単に事実を伝えただけだと言い張った。
「だってぇ、お姉さんならここら一帯を水で沈める事だって出来るでしょう?それに……少し離れた位置に居るあの人達の血液だって操れるだろうし?」
「だからって、やりもしない事を言われたら色々後が困るでしょうに」
「しょうがないじゃない、暇だったんだもの。それにぃー……あの人達、助けて貰ってるのにぶつくさ文句ばっかり言ってたのよ?良い気味だと思うのだけれど」
「……それはそうですね」
「五十嵐ぃー?君までそっち側行っちゃったら私が大変なんだけどー?」
どうやら、ここに至るまでの火征達の態度が気に食わなかったようで。
確かに白星の言う通り、先程確かめた【液体操作】の出力ならば……少し離れた位置に居る火征達の体内の血液などを操る事も出来るだろう。やらないが。
延々と下に見るような……気分を害しても仕方がないような事を言い続け、そんな相手に救われてしまった現状。
それに加えて、今は掃討作戦中。目撃者は私達しかおらず……これまでの事を謝って、下手に出たとしても命が惜しいという事……なのだそう。白星談なので全てが本当かどうかは分からないが。
「はぁー……おっけ、つまりは火征さん達は赦しを求めてるわけだね。私という強者から」
「そういう事。なんでも要求しちゃいなさいよ、お姉さん」
「まぁ……うん、分かったわかった。ある意味こっちの得にはなるから、今回は何も言わないけど……次からやる前に相談してね、白星ちゃん」
「はぁい」
とりあえず。
事情を把握した私は刀を納め、出来る限り何もしないと両手を挙げてアピールしながら怯えた眼でこちらを見ている火征達の方へと近付いて、
「とりあえず、何もしないし怒ってないので話をしましょう?」
「……本当に何もしないのか?」
私達から離れ、少しは落ち着いたのか。
火征は先程までとは違い、少しは話す事が出来るようにはなっていた。
「しませんって。そもそも私達は掃討作戦の仲間でしょうに。……こっちが伝えたいのは……そうですね。私達の実力は分かってくれました?」
「あぁ……見た目にゃ依らない、って事だよな。お前も、そっちの小さな嬢ちゃんも……後はメイドの嬢ちゃんや犬達も強いんだろ?」
「まぁ……大体?さっきのをまともに相手出来るのは私くらいですけど、それ以外ならそれぞれで大群を相手出来る程度には」
「……ははっ」
火征が遠い目をすると同時、私の言葉を聞いて彼の仲間達は動揺し始める。
どうやら、思っていた以上に彼らの実力自体は低いらしく。彼らのチームは火征1人を他全員でアシストするキャリー型の構成との事。
その上で、総合力で他の避難所のチームよりもゾンビの撃破数や目立った実績が多かったが故の会議室でのあの態度だったらしい。
「それで、これからの話なんですが――」
『――ぎさん!柊さん!聞こえますか!?』
「……三峰さん?」
通信機器から突如流れ始めた、三峰の緊迫した声。
これからの、それこそ繁華街の作戦遂行について話し合おうかと思っていた私達の間に緊張感を伴った空気が流れ始める。
『良かった、無事ですね?!端的に伝えます。――他作戦地域に、強力な能力持ちの暴徒が出現!他担当チームが壊滅寸前のダメージを受けて敗走中です!そちらは!?』
どうやら他の地域にも3級ゾンビが現れていたらしい。
他チームも火征達に近い実力しかないと考えると……中々厳しい状況の筈だ。
人死にだって出ているかもしれない。
「こっちも似たようなのが居たけど、私が処理しました。三峰さんは?」
『私達のチームも辛うじてですが全員無事に撤退中です!現場判断ですが、今回の作戦は――』
『待ってくれ、三峰くん。それに、柊くん』
「佐藤さん」
と、ここで私達の会話に割り込んでくる人物が居た。
作戦総指揮、発案である……佐藤元首相だ。
『柊くん。君はあの能力持ちの暴徒を処理した、そう言ったね?』
「はい。……もしかして、私達に他地域の奴らも処理しろと?」
『話が早いね。足は転移能力者を使ってくれて良い。危険な存在を人の住む地域の近くに放っておく事は出来ない』
出来なくはないだろう。
異能の相性にも依るが……大体の異能には対応出来る自負はある。
『待ってください!彼女のチームだけでですか?!』
「んー……佐藤さん。この会話って全チームが聞いてますか?」
『……あぁ、聞いているが?』
「それなら……そうですね。私が行くのは、今回得る筈だった報酬全てを私達に渡しても良い、そう判断してくれたチームの担当地域だけにしましょう。それ以外は例え佐藤さんの命令でも行きません」
『『――』』
私の言葉に、通信機器からは沈黙が返ってくる。
見れば、火征達も気まずそうな表情を浮かべていた。
……吹っ掛けすぎたかな?でも……流石に使いやすい駒だと思われるのだけは嫌だからなぁ。
言わば、ゲームの助っ人ユニットの様なモノ。
下手に使おうとしようものなら、噛み付き返してくるリスクのある選択肢。
それくらいの認識でいて貰わないと困る。
『……我々、石垣のチームはその提案を受け入れよう』
『石垣!?お前、こんな横暴聞いてまで助けて貰いたいのか!?しかも本当の事を言ってるのか分からない奴らだぞ!?』
『煩い!そう思うのであれば貴様らは自分自身の力でどうにかすれば良いだろう!……柊さん、で良かっただろうか』
「何です?」
『物資は渡そう。我々はそれに未練はない。だが……1つ、教えてほしい』
石垣……元々、同じ繁華街を担当する筈だった私達の実力を察していた男性は、静かに……しかしながらこちらに乞う様に言った。
『君は、勝てるのか?』
「――報酬さえ貰えれば、必ず」
『……ならば、こちらから言う事はない。佐藤さん、私達の位置を転移能力者経由で伝えてください』
『了解した。……他のチームは要求を呑まない、そう選択したという事で良いのかな?』
『……ッ、いえ!我々三峰チームもよろしくお願いします!柊さん』
続く様にして、三峰が声を挙げる。
彼女も実力者ではあるが……それでも対処しきれないゾンビが出てきた、という事なのだろう。それに、この中で唯一彼女のチームだけは私達の実力を実際に見て知っている。だからこそ、彼女が助けを求めると言う事は……私ならば何とか出来る相手である事の証明となる。
『三峰まで……火征は!?その女と一緒のエリアだったよな!?』
「あー……いや、柊なら出来ると思うぞ。少なくとも、こっちはもう助けてもらっちまった」
『はぁ!?』
「えーっと……とりあえず急がないと手遅れになりそうな所もあるかもなので、通信繋げつつ移動開始します。最初は……石垣さんの所から」
同じく通信を聞いていたのであろう五十嵐は既に移動の準備を開始しており、白星はこの場で出したモノを全て収納し直し終わっている。
火征達は一瞬、私達に置いて行かれる事に不安を覗かせたものの……すぐに立ち上がり、
「俺らも行く。お前らにとっちゃあ足手まといかもしれねぇが……他の奴らの救助くらいなら出来るからよ」
「……そういう事ならご自由に」
そう言って、私は白星を肩に担ぐと同時。五十嵐やリンと共に走り出した。
身体能力の強化が行えない白星をチョーカーの能力によって引き摺るよりも、効率的に、より安全に移動する為だ。
……ちょろっと面倒な事になったかな。物資貰えるからいいけど。
丁度暴れたりないと感じていた所だ。良い運動になってくれる事を信じよう。




