Episode13 - ちょっとだけ本気を出してみよう
ここから17日か19日くらいまで更新止まります。
一応、ネオページの方では5章終わりまで更新されてるので、先を読みたい人はそちらの方を確認してみてくださいまし。
「ゲームだったら分かりやすい相性差なんだけどさッ!」
蹴りによって少しだけ開いた距離を詰める前に、私は腰から刀を抜き構える。
先程は3級ゾンビの行動が早かったが為に、仕方なく自身の脚で対応したものの。ゾンビ相手に徒手空拳で挑むなど正気の沙汰ではないだろう。
それに、相手は見るからに火を操る異能持ち。こちらが【液体操作】によって水を纏う事が出来るとしても、身体1つで挑むような相手ではない。
……って言っても……前よりも焦燥感みたいなのは感じないんだよね。
以前倒した3級ゾンビの事が頭に過る。
あの時は……正直、最悪死ぬかもしれないと考えながら戦っていたが為に身体が緊張して動きが硬かった。
しかしながら、今は違う。
リラックスしているとでも言えばいいのだろうか。以前よりも身体は軽く、目の前でこちらを威嚇している3級ゾンビの身体の細かい動きを観察できる程度には余裕がある。
「お姉さん、とりあえずポリタンクは出せるだけ出しておいたけれど?」
「おや、ありがとう。……でも必要無かったかも?」
「え、もしかして無駄に私を働かせた訳?!」
「あはは、そうなったらごめんね」
背後の白星からの言葉に笑いながら。
私は一度軽くその場で小さく跳ねて、
「行くよ」
行った。
【液体操作】による身体強化を、今の私の身体が耐えられるギリギリまで引き上げて。周囲に飛び散っていた水を固める事で、地面の補強をしながら3級ゾンビの懐へと一瞬で移動した。
相手はまだこちらの動きについてこれていないのか、先程まで私が居た位置へと視線を向けている。
勢いそのままに、しかしながらその方向を横から上へと……タックルの形から、アッパーカットをするように身体の動きで流れさせて、刀を振るう。
『ッ!』
「おっと!?生存本能とかそういう奴?!」
首を狙った一振り。普通ならば避けられない致命の一撃。
しかしながら、目の前の3級ゾンビはそれを紙一重で避けてみせた。反応出来ていないはずの高速の一撃をだ。
……単純に身体を逸らして避けてきた。戦い方自体はゾンビのそれだけど……戦闘の経験値がそれなりに高い……!
3級ゾンビは身体を逸らしたまま、しかしこの一連の流れで私の居る位置が分かったのか。その身体全身から火の粉を発生させ始めた。
異能持ちが強大な、自身の限界に近い現象を発生させようとする時に起きる現象だ。
炎系であれば火の粉が、私や五十嵐の様な水系ならば湿気や霧が異能によって感化されてか発生する。異能を持ったモノは、自身の持つ異能に関係した事象に耐性のようなモノを持つため問題はないのだが……それが目の前で起こっていると言う事は。
「っぶないなァ!」
咄嗟に、私と3級ゾンビの間に水の分厚い壁を作り出すと共に、私達を中心に分厚い水の壁で覆われたドームのような球体を作り出す。
相手が何をしようとしているのかは分からないが、下手に大出力の炎を撒き散らされては周囲への被害が凄まじいことになってしまう。それを防ぐ為にも、そして人死にを極力出さない為にも必要な対策だ。
……勝った後の印象も良くなるしね、そっちの方が。
くだらない事を考えていれば、3級ゾンビ側の準備が終わったのか……動きがあった。
火の粉全てが消え……3級ゾンビの身体から溢れるように、津波の様な炎が発生し始めたのだ。
「お姉さん!流石に私はそれ耐えるのは無理よ!?」
「分かってる!」
とは言え、周りへと影響を及ぼす前に。私の目の前にある水の壁がその勢いを削ぎつつも削られるように沸騰し蒸発していくのが見て取れた。
その間に、周囲に展開していた水のドームを一気に縮め……蒸発する端から空気中の水蒸気を液体に戻す事で補強しながら炎の津波を抑え込んでいく。その次いでに、水の量を増やす事でドームの内側を満たしていきただの水球へと変えていく。
3級ゾンビはと言えば、異能の制御か、それとも行使自体に意識を割いているのかその状況に気が付いていないようで。実に呆気なく私と共に水球の中へと囚われてしまった。
『……ッ!』
水の中でもがき、一瞬だけ炎が発生するものの……水の中に居る為に炎が持続する事はなく。
動きも地上に居た時よりも遅く、隙だらけの姿を私の前へと晒してくれていた。対する私はと言えば……動きの速度が変わる事はない。そもそも水球を作り上げているのは私の持っている異能の力。
……少し試そうか。
呼吸自体は問題ない。息が苦しくなったら自身の口元周囲だけ水を退ければ良いだけの事。
私はそれを確認してから……軽く指揮棒を振るうかのように、腕を振るった。
刀を使う為ではない。異能を……ここまで全力で使う場面の無かった【液体操作】が今、どの程度まで私の思う様に行使する事が出来るかの確認の為だ。
「まず、1つ」
『ァ!?』
イメージするは、水圧によって潰れる物。
3級ゾンビの右腕周囲の水だけを異能によって操作し……圧を掛けていけば。何かが軋むような音が響くと共に、次第に水球の中に赤の色が混じり始める。急速に圧を掛けられた為にゾンビの皮膚が破け出血し始めたのだ。
流石にゾンビウイルスの塊とも言えるであろう血液に触れたら私でもどうなるかは分からない。故に、血液を相手の身体の中へと戻す様に操作を重ねながら……更に圧縮していけば。
骨が砕け、肉が潰れ。しかしながら血だけは全く周囲に流れ出ていない……拉げた右腕を作り上げる事が出来た。
「うん、問題なさそう。――白星ちゃん」
「えっ、な、何かしら?お姉さん」
「チョーカーの範囲内ギリギリまでで良いから、周囲の作戦メンバーの状態確認をお願いしても良いかな?リン達を使って集めても良い」
「出来るけれど……お姉さん、どうやって喋ってる訳?一応水の中よね?」
一応は、これも呼吸するのと同じように口元と外に繋がる穴を【液体操作】によって開けているだけなのだが……パッと見は分かりにくいのかもしれない。
「ま、これも異能特化だからこそ出来る技って訳だね。ほら、行動開始して」
「わ、分かったわよぅ!」
こうして喋っている間にも、目の前の3級ゾンビはまだ傷の無い腕や異能を使ってこちらへと攻撃しようとしてきているものの。
指一本動かそうものなら局所的に圧を掛け。炎によって水が熱されようものなら周囲から新たに水を供給し。次第に動けぬように……四肢を水圧によって破壊し、血液を操り身体を動けないようにして。
奇抜なオブジェの様になった相手を見て、一つ息を吐く。
……うん、水の操作以外にも……圧縮みたいな特殊な操り方や干渉力も上がってる。確かめるタイミングが無かったとはいえ……これだったらもっと楽にゾンビ掃除が出来てたなぁ。
相手が炎を操る異能持ちだからこその圧倒、ではあったものの。気になっていた精製液での強化幅を改めてある程度確認する事が出来た。
この感じならば……今回水球内で行った事を、もっと大規模に、より繊細に行う事だって可能だろう。
「……でも、強くなったなぁ私……」
小さく、誰に聞こえない様に水の中で呟いて。苦笑いを浮かべつつ、目の前で未だ何かをしようと藻掻いている3級ゾンビの首に水圧を一気に掛け潰し切る。
全力を出したとは言い難いし、何なら前回3級と戦った時のような死闘を行ったわけではない。
余裕はあるし、【液体操作】以外の異能は使ってすらいないのだ。次はこれくらいの3級が数体出てきたとしても対処出来るという自信すらある。
故に、
「考えないとかな、力の使い道」
生憎と、私は自分の力の強さが分かってしまう立場に居る。
前回の生涯の中で、強力な力を持った存在がどう扱われるのかも……そして、最期にはどうなるのかも見て、聞いて分かっているのだから。




