Episode9 - スタンスを確認してみよう
指定地区への移動開始日。
いつになく武装や、様々な物資に身を包んだ私や五十嵐、そして嫌そうな表情を浮かべる白星に、リンを筆頭としたわんこ達の姿を見て、居住エリアの住人達が何事かと集まって来てしまっていた。
とは言え、彼らに言える事は現状少ない。
「じゃ、音鳴ちゃんと草薙さん。前回と同じ様に、私達が居ない間の事はお願いします」
「はーい、気を付けてね」
「帰ってきたら、居住エリアの皆で宴会でもやりましょう。今育てている作物が良い状態になってきているので」
「うん、楽しみにしておくよ」
今回も2人に半数のわんこを預けつつ。
私達は三峰に教えてもらった指定地区への移動を開始した……のだが。
道中、別段問題になるような事が起きるはずもない。前回とは違い、今回進むのは市街地内。それに加え、白星の異能の中には限界ギリギリまで様々な物資を詰め込んできたのだ。ある程度物資の消費を考えず強行突破したとしても、後に引くような事は起こらない。
……それに、【液体操作】に限っては……過去最強レベルで装備組んできたしなぁ。
街中を歩きつつ、私は改めて自身の装備を確認する。
見える位置に持っている武器は、大きく分けて3つ。1つは腰から下げた2本の刀だ。
A.S.Sのポイント交換によって手に入れた数打ちではあるものの、白星を確保した時のように使う事が出来る為、近接戦では無類の強さを誇るメイン武器に成るだろう。
そして、
「……お姉さん、本当にそれ武器として使う気ぃ?」
「あは、私の異能は知ってるでしょ?これが強いんだって」
「そうなんだろうけどさぁ……見た目が……」
私、そして同じ様に五十嵐の身体に弾帯の様に付けられた無数の水の入ったペットボトル。
当然ながらふざけてはいないし、【液体操作】を使って戦う以上必要な物資だ。
普段の……それこそ1級や2級程度のゾンビ相手には使わないとは思うものの、大規模なレギオンや3級以上が相手として出現した場合、これらを使って操る水の総量を増やしたり、近接距離でペットボトルから攻撃を仕掛けたりなどと出来る事の幅は広い。
「ま、恰好悪いのは認めるけどね。こういうのは見た目より実用性だからね」
「……私は正直、もうちょっと見た目的にもやり用はあったのかな、と思います……」
「ほら、五十嵐さんも結構不満ありそうだけれど?」
「……ま、水が足りなくなるよりはマシだよ。飲料水としても、物を洗ったりするのにも使えるんだから」
どうやら、私の信者と言っても過言ではない五十嵐も今回のコレは思う所があったようで。
だが、今回は見た目よりも実利の方が優先だ。
「……ま、私の方は特別製だしね」
小声で言いながら、自身の身体に巻き付けてあるペットボトルの中に入った小さな種子の数々。
【液体操作】によってゾンビの身体まで届かせ、【植物栽培】を使う事で根付かせる事が出来る……私の3つ目の武器だ。
中に入っている種子はトリカブトであり、猛毒ではあるものの。果たしてゾンビがそれを摂取するかは未知数である為、毒性に関してはあまり期待はしていない。以前、角付きに対してスズランで行った様な根による一時的な行動阻害がメインになるだろう。
……これを使う、ってなったら……それなりに結構強いのが出てきてる筈だからね。
水の入ったペットボトルは計10本。その約半分にトリカブトの種子を入れてある。
一応、白星の収納の中にもポリタンクと同じようにペットボトルも何本か入ってはいるが……出来れば使わないで済むように立ち回りたい。
「でも柊先輩、髪は染め直さなくて良かったんですか?」
「ん?なんで?」
「いえ……色々な人が集まるんですよね?プリンのようになってる頭で行くのもどうかなぁ、と思いまして」
「あぁ、それは私も思った。お姉さんその辺り無頓着よね」
「あー……いや、良いよ。今回、私は別に前に立つわけじゃないし……それなりに影薄くいきたいからね」
武装的にはほぼ本気ではあるものの。
今回、私は物資が貰えるから参加しているだけの事。出来る限り手の内を不特定多数に明かしたくはないし……変に注目されて面倒事を持ち込まれても困る。
故に、
「良い?今回、私達は出来る限り手を出さない。助けを求められたらその限りじゃないけど、それ以外の場面は基本的に手を抜いて」
「異論はありませんが……一応、理由を聞いても?」
「そうね。楽したいの?お姉さん」
「んな訳ないよ。――単純にまず、私達の力が必要ない可能性が1つ」
歩きつつ、私は指を1つ立てて2人に見せる。
「もう1つ、周りの……今回、三峰さんみたいに参加する、他の避難所の実力を知りたい」
「あぁ、お姉さん達少数精鋭って言うか……本当に少数過ぎて、他の避難所がどうなってるのかよく分からないわよね」
「一応、私も元避難所所属ですけど……それでも先輩がおかしいのは分かりますからね。他の避難所がどれくらいの兵力があるのかは私も気になります」
「そうだよねぇ。あと3つ目」
一息。
「これは理由っていうか、あわよくばって感じだけど……もし、手を貸してほしいって言われたりとか、負傷者が多くなってきた時は他の人が貰える参加報酬を対価に助けるって感じにしたいんだよ」
「……それは、被害が出るまでは静観しろって事でしょうか?」
「そうなるね。きちんと理由はある」
私は一度立ち止まって、しっかりと五十嵐の顔を見ながら私は言う。
ただただ被害が出るのを待つ訳ではないし、物資が欲しいからではない。いや、物資が欲しいのは間違ってはいないが、そこが軸ではない。
「単純な話、私達が手を出さないといけないくらい辛い状況だったら、そもそも掃討作戦なんて成功しない訳だよ」
「それはそうよねぇ。お姉さんや五十嵐さんは強いけれど、2人が居ないと成功しない作戦なんて……負担が大きすぎるもの」
「そうだねぇ。その上である種手切れ金として物資を貰う。彼らは命が助かるし、私達が参加した地区の掃討は完了出来る。一応はウィンウィンな関係な訳だ」
「それは分かりますけど……」
五十嵐は納得いっていないようだが、その気持ちも分からない訳ではない。その上で私はそう考え実行しようとしているのだ。
他の避難所の実力が高ければ、私達が前に出ず力を晒さなくても問題無い。三峰くらいの実力者が居れば、この前の製薬工場の様に変な追い詰められ方をしない限りは作戦の遂行はかのうな筈だ。
しかしながら、それ以下の避難所が過半数を占めているのであれば。
私3人が矢面に立たねばならない状況になった場合は……対価を貰って動く事を徹底する。
……扱いにくい駒だって考えてもらえたら十分だよね。動かしにくい、安易に動かそうと思えない駒。……まぁ誰かの駒にはなりたくないのが本音なんだけどさ。
あくまでも、私のスタイルは徹底して『周囲を信用せず、利になる事を選び取り続ける』事。
初顔合わせ、そしてその場で連携をしなければならないような他人を信用出来るはずもない。
「ま、ある程度は行動を縛るつもりはないよ。助けたいと思ったら五十嵐の思う様に助けていい。ただ、対価は絶対に受け取るのを確約させて。タダ働きとか、確証もない貸しにだけは絶対にしない事」
「……はい」
「うん、返事が出来るなら良し。それじゃあ向かおっか」
まだ納得はしていないのであろう五十嵐に背を向け、私は歩き出す。
周りを出来る限り信用したい五十嵐と私では価値観が違うのだ。この擦れ違いは仕方のない事であり、何処かで必ず起きる出来事でしかない。
それが今、ここで起こっただけだ。




