Episode8 - 準備してみよう
ひとまずとして、戦闘準備をしなければならない。
それも、かなりの長時間を【空間収納】を使わない状態を前提とした上で、だ。
とは言え、今回私が使える異能は【液体操作】。これ1つで身体能力の強化から、少量の水でゾンビを屠る事が出来る使い勝手の良いモノだ。これを使い続ける、と考えるのであれば……そこまで難しい話ではない。
「……で、お姉さんはさっきからずっと何やってるのかしら?」
「見りゃ分かるでしょ?ポリタンクに水を入れ続けてるのさ」
「それの意味があんまり分からないから聞いてるのだけれど!」
今私は、【液体操作】によって生み出した水を延々と複数のポリタンクに注ぎ込み、貯まった端から白星の異能の中へと収納させる事を繰り返している。
こうして、大量の水を私以外の……三峰にも収納系の異能であると見せた白星へと預ける事で、大量の水を操っていたとしても少しでも違和感を無くそうとしている訳だ。
だが、これだけでは足りない。
……本当に危なくなった時用に、ペットボトルとかスキットル辺りにも水入れて持ち運んでおこうかな。
白星とは近い位置で戦うしかない為に、彼女に様々な物資を収納させてはいるものの。
どうしても彼女も彼女で手一杯になるタイミングが訪れるだろう。その時の為に、私の手元にも水が入った容器があった方が好ましい。本当は全て【空間収納】の中に水単体で入っている為に必要はないのだが……それを使うのは、3級以上の本気を出すしかない相手が出てきた時くらいだろう。
「単純に戦闘準備だよ。白星ちゃんが異能に物を収納するのと同じように、私が使える水を大量に用意しておけばそれだけ戦い易くなるでしょ?」
「……で、それを誰が持ってる訳?」
「白星ちゃん」
「その当然だよね、みたいな顔やめなさい!」
収納系の異能を公然と使っていた白星が悪い。公然と使っているイコール使いまわされる、と言う事なのだから。
前世で見た収納系持ちは、基本的に誰かしらの護衛を身近に付けた上で出来る限り人目に触れない場所で物の出し入れをしていた記憶があるのだ。それだけ貴重な異能であり、人に狙われやすい異能でもある、という事だろう。
それに、その異能の制限によっては……その行使者は酷い扱いを受ける事が多々あった。
中には奴隷同然に使われているのも見た事があるくらいだ。そういう相手に限って、強力な攻撃系の異能を持っていたりした為に、外から手出しが出来なかったのもよく覚えている。
……ま、ここら辺はどっかの誰かに捕まる前に確保出来て良かった、って考えるべきかなぁー。
正直、私も前世で見た彼らとやっている事は変わりない。
白星をチョーカーで私の周囲に縛り付け、行動を抑制しているのだから。
「ま、対価は払うよ。白星ちゃんが必要な物があったら言ってくれたら融通するしね」
「……私、そこまで異能の容量無いのよ?」
「またまたぁ。多分……あと家一軒分くらいは入るでしょ?」
「んなっ……!?……ど、どうかしらねぇー」
「いや、いやいや。無理だって、その『全く当たってませんけど?』みたいな表情するの。しっかり驚いてたじゃん」
彼女の持つ収納系異能……正式名称【接触式生物収納】は、その名の通り手に触れている物を対象に居空間へと出し入れする事が可能な異能だ。
住人化した故に、当然私にも異能が獲得出来た……のだが。ある程度レベルが高い状態で手に入ったとは言え、そこから収納量を逆算する事くらいは出来てしまう。
「白星ちゃんが欲しいなら……適当な拳銃くらいだったらあげようかなぁって思ってたんだけどなぁ」
「お姉さん、銃まで持ってるわけ……?」
「まぁゾンビから漁ったものだから、そこまで状態は良くないけどね。それに、私には効かないし……銃使うよりも静かで威力がある攻撃も出来ちゃうし?」
「そう聞くと異能って本当に理不尽だわ」
銃を私が使わない理由は単純だ。白星に言った通り、異能で銃以上の威力を出せるのに使う意味がない。
消音性は【液体操作】や【植物栽培】、2種の収納系異能が優れているし……攻撃性も同様。
ただ、これは私にとってという話であって……他の異能所有者は携帯していた方が良いだろう。
銃が扱えるのであれば、ゾンビにそこまで手こずる事もなければ、下手に異能だけで戦って怪我をする事もない。
……適材適所、使える道具をどう使うか。そういう話だよね、これは。
私が刀を使うのと似たような理由だ。
異能だけでは対処し辛い事態に対して、刀を使う。刀と異能を合わせれば……白星を確保した時の様に、分厚い家具も断ち斬れる。
「白星ちゃんなら……銃弾も収納出来るだろうし、実質無限に撃ち続けられるから相性良いと思うけどね」
「確かにそうね。後使えそうなモノだと……スタンガンとかかしら?」
「その辺りは合っても良いと思うけれど……ゾンビに効くかは分からないなぁ」
「何個か入れておいて、使えそうになかったら適当に仕舞ったままにしておくわよ」
話しながらも、ポリタンクの収納が終わり。
適当に物資を保管してある倉庫に白星を連れてきてみれば、彼女は口ではああだこうだ言いつつも、目を子供のように輝かせながら物を物色し始めた。否、今も一応見た目は子供ではあったか。
白星を物資倉庫に連れてくるのはこれが初だ。
これまでは【接触式生物収納】が使えないように『縁結びの鎖』によって縛っていたし、それ以降チョーカーに変えたとしても別段必要が無かった為に連れてこなかった。
しかしながら、これから長い戦闘が待っているとなれば別。正直後ろから撃たれる可能性は無いわけじゃないが……それくらいだったら【液体操作】だけでも対処は出来る。
……裏切られる事込みで物資を渡すのはちょっと思う所があるけど……それでも、かな。少しでも戦力は上げておいたほうが色々良いと思うし。
掃討作戦、などと銘打っているのだ。
それなりの数……それこそ、製薬工場の地下に居た程度ではない量のゾンビが待っているのだろう。
軍とも言えるほどの数と戦うのは楽ではない。全力で戦っていいのならば話は別だが、自身の勝手な縛りで【液体操作】しか使わないという選択をしている私にとっては十分疲労の溜まる戦いになる筈だ。
その中で、出来る限り頼る事が出来る戦力が居た方がいいのは自明の理。
「あ、近接武器はスタンガンくらいにしておきなよ。私みたいに刀とかはオススメしないから」
「え?なんでよ」
「……持ってみるかい?」
私の言葉に、無造作に置かれていた刀へと手を伸ばしかけていた白星は動きを止めて怪訝そうな表情をこちらへと向けた。
そんな彼女に、私の腰から下がっていた刀を鞘ごと手渡してみれば、
「おっもっ!?お姉さんこんなのいつも下げてるの!?筋肉馬鹿!?」
「筋肉馬鹿とはまた酷い言われようだなぁ。でも分かったでしょ?オススメしない理由」
「確かに、これじゃあ私には扱えないわね……大人しく飛び道具とかにしておくわ」
床に落としかけた所を素早く受け止めて、また腰から下げ直す。
ファンタジーやライトノベルの登場人物などは簡単に扱っているものの、実際の刀は非常に重い。鉄の塊なのだ、当然だろう。
そんな武器を持つくらいだったら、他の……それこそ、木を削ったこん棒を持った方が素人には取り回しがしやすい筈だ。
私は白星が何を選ぶかを時折口を出しながら観察しつつ、まだ足りていない戦闘準備はないかと頭を巡らせていく。
指定の場所へと行くのに約1日程度の移動時間が必要と考えれば……準備出来る時間は残り1日もないのだから。




