Episode3 - 一歩踏み出してみよう
白星を捕まえて、数日。
その間、『縁結びの鎖』を外すわけにはいかない為に全ての時間を共に過ごしていたのだが……彼女の好感度は中々上がってはくれなかった。
拘束している事や、彼女自身がこちらにあまり良い印象を抱いていない事を考えれば当然とは言えるが……それでも、私達の拠点の中でも一番良い環境で過ごしているのだ。それなりに懐いてくれても良いとは思ったのだが……そう簡単にはいかないらしい。
「ねぇ、お姉さーん。私もっと外の空気とか吸いたいんだけどぉー?」
「無理無理。こんな姿、五十嵐以外には見せられないでしょうに」
「別に皆気にしないと思うけどなぁー」
「私が気にするからダメだね」
捕まえた当初、彼女は拠点内から脱出する為に色々と考えていたようだが最近はその様子はない。
そもそも彼女の収納系異能が使えないのだ。ゾンビウイルスへの耐性だけで私は倒せないし、鎖を外す事は出来ない。身体能力がそれなりに高いのであれば話は違ったかもしれないが……それも、私の前ではほぼ意味を為さない。
……って言っても、寝込みを襲おうとはしてくるんだよねぇ。この子。
寝ていれば無防備だと思ったのだろう。私が少しでも身体を休めようとすれば、彼女は様々な方法で気を惹く事で休息の時間をとらせないようにしてきている。
大方、疲労によって私の判断能力や身体能力の低下を狙っているのだろうが……それも、また意味を為さない。最悪の場合、視線と思考だけでA.S.Sのポイント交換を使う事で疲労回復用の薬なんかを手に入れる事が出来るのだから。
「あぁでも、私達の仲間になってくれるんだったら自由にしてもいいけど?」
「ホント?!なるなる!なるよ仲間!」
「……んー、でもまだダメかなぁ。鎖を解いた瞬間に逃げて反故にしそうだし?拠点の中をここまで見せちゃったから逃がすわけにはいかないしなぁ」
「お姉さんから逃げられないの分かってる癖に!?何なのもう……」
とは言え、彼女をこのまま拠点の中で飼い殺しにするつもりは一切ない。
住人となり、その上で私達の仲間になった後は居住エリアの方で生活してもらおうと考えているのだ。その時に初めて他の住人と出会うとなったら……少しばかり面倒が起きる可能性だってある。
だからこそ、何処かのタイミングで居住エリアに行きたいとは思うのだが……分かりやすい地雷があるのも事実。
……これ、手錠と鎖って形だから……本当にアブノーマルな趣味があるって思われる可能性があるんだよねぇ。
正直、私は住人達とあまり関わらない様にしているのは確かだ。だって、信じ切れないから。
A.S.Sによって好感度を高め、その上で彼らに益がある事を行っているから従ってくれているだけ。そう考えている為に、あまり近付いてしまっても仕方がないと考えているのだ。
「……考え過ぎかなぁ」
「ん?なぁにお姉さん悩み事?私が聞いてあげよっか?お代は勿論この鎖を解いてくれるだけでいいよ!」
「あはは、大丈夫大丈夫。心配してくれてありがとうね、優しいねぇ白星ちゃんは」
「……なぁにそれ。つまんなーい」
何処かで目を向けねばならない問題。それも自分自身の心の問題だ。
今も視界の隅に表示されている白星の好感度に変動はあまりない。鎖を付けた時に比べれば多少は増えているものの、住人化するにはまだまだ足りていない。
……久々にちゃんと会ってみよっか。皆に。
住人の皆ときちんと顔を合わせたのは……恐らく、RPTの説明を行った時が最後だったはずだ。
五十嵐は幾度も居住エリアの方に行っているようだが……その報告を聞くだけで私は直接訪れていない。
故に、
「うん、外に行こっか白星ちゃん」
「へっ!?外?!お姉さん急にどうしたの!?」
「ちょっと色々考えててね。これ見られるのも悪くないかなって」
「……もしかして、お姉さんって本当にそういう癖あるの?否定はしないけどさぁー……」
「そんな癖持ってないから!ほら行くよ!」
何やらぶつくさ言っている白星を無理矢理鎖を使って立たせ、軽く支度してから居住エリアの方へと向かって歩き出した。
―――――
「ねぇーお姉さぁーん……いつまでそこでそうしてる訳ぇー……?もう1時間はここでぼーっとしてるんだけどぉー……?」
「う、うるさいな!もうちょっとだけ待って!」
「それさっきも聞いたよ私ぃー……」
いざ気合を入れてみると、目標を目の前にした時に怖気づいてしまう様に。
居住エリアから少し離れた森の中で、私は白星を連れて葛藤していた。
……そもそもなんだ会ってみようって!なんで上からなんだよ私は。あとこの状態でまともに会話出来るわけないじゃん!
金属同士が擦れる音が聞こえると共に、視線が黒い鎖へと向く。
どう見てもアブノーマルな趣味に使うようなソレ。私は少しだけ溜息を吐いた後、
「……やめようかな」
「はぁ!?ここまで来てこんなに待たせといて!?私連れてこられただけでただの損じゃん!?読みたい漫画とかもあったのに!」
「う、五月蠅いなぁ!大人には大人の悩み事とかあるんだよ!」
「なぁにそれ!ワケ分かんない!……あぁもう!行くよお姉さん!」
「ちょ、白星ちゃん!?いや力つっよ!?」
帰ろうと身体を拠点の方へと向けた私を、白星はどこにそんな力があったのか引き摺るようにしながら居住エリアの方へと向かって進んでいく。
【液体操作】を使えば無理矢理にでも拠点に帰る事は出来るだろう。
しかしながら、私はそれをしなかった。少しだけそれは違うと、そう思ったのだ。
「ぜぇ……はぁ……ほら、お姉さん!立って!着いたから案内してよ!」
「……白星ちゃん、最初に会った時とは本当に印象が違う子になったねぇ。猫被り過ぎじゃない?」
「今はそういうの良いから!」
居住エリアの端。まだ森に近い位置で引き摺られるままになっていた私の身体を、鎖を使うことで無理矢理その場に立たせると。
彼女は私の背中を押す様にしながら居住エリアの方へと足を進めていく。
そんな白星の行動にされるがままになりながらも、先程まで高鳴っていた胸の鼓動が収まっている事に気が付いて息を吐いた後。
「うん、大丈夫。白星ちゃん自分の足で歩くから押さないでよ」
「えぇー……?本当?ここからまた帰るとか言わない?」
「言わない言わない。それにもう皆に見つかっちゃったしね。腹をくくるよ」
「……そういうのは男の人がここぞ!という時に言うからカッコいいのであって、今お姉さんが言ってもかなり恰好悪いよ?」
「うわ、酷いなぁ」
私達の会話、そして行動に気が付いたのか住人の皆がこちらへと顔を出してくる。
五十嵐の姿を探し、私と見慣れぬ少女しか居ない事に驚く人や……それ以前に私達の間で繋がっている黒い鎖を見て顔を顰める人。
こちらへと何やら明るい顔をしながら大量の野菜を手に駆け寄ってくる人や、遠目にこちらを見ながら問題ないと判断したのか仕事に戻る人。
様々な人がいる。その中でも、
「いらっしゃい、柊さん!今日は……その子の案内?」
「あぁうん、音鳴ちゃん。少ししたらここに住んでもらおうかなって思ってる子でね。でもまだ先にはなるかなぁ」
「そっかそっか。……その鎖については聞いても良いやつ?」
「聞かないでくれた方が良いやつ」
「ん、りょーかい。柊さんがどんな趣味があっても私達は気にしないからさ!」
白星に比較的年齢が近く、最近は居住エリアの女性のまとめ役を買って出ているという音鳴が話しかけてきてくれた。
居住エリアの現状にも詳しいだろうし……何より、私も気楽に話せる側の子だ。
白星に居住エリアを紹介するついでに、現状を説明してもらう事にしよう。




