Episode2 - 捕まえてみよう
「あははっ、ほら早く逃げないと捕まえちゃうぞー!」
「ちょ、ちょっと!なんかホラー映画のシリアルキラーみたいになってないかしら!?」
「何の事やら!」
家の中に入った白星は、私の行く手を阻む用に虚空から突然幾つもの家具を出現させる。
普通の人間ならば、それを退かしている間に逃げる事が出来ただろう。だが、相手が悪すぎる。
私は腰から下げていた刀を、居合の要領で抜き放ち……家具を一閃。身体強化も相まって、目の前に積まれていた家具が横に斬られ崩れていく。
「何ソレ?!お姉さん水使いでしょ!?」
「ウォーターカッターって知ってる?」
「もう理解したから言わなくていいよっ!」
刃の表面部分には、高速で流れ続ける水流を【液体操作】によって発生させている。
本当に在ったウォーターカッターなどはダイヤモンドの粉末などを混ぜているらしいが……異能で再現しているコレは、完全に出力によってゴリ押しているだけのまがい物。
しかしながら、それだけでも家具などの表面を削る事は出来る。そして削る事が出来るならば……刀の勢い、そして強化された身体能力も伴って刀の達人でもない私でも家具の一刀両断程度なら出来てしまう。
……うん、まだ使ってないだけかもしれないけど……手が触れてないと物が出てこないタイプかな?
白星が収納系異能で取り出した家具は、一瞬しか見えていないがその全てが白星の手に触れていた。
彼女がこちらに異能の制限を誤認させようとしていない限りは……恐らくそれが弱点であり、攻略の起点になるだろう。態々キラーの様な様相で慌てさせることで、彼女の頭を選択の連続で縛っているのだ。ここまで来てこちらを騙そうとしていないと思いたい。
「ほら、捕まえちゃうぞー」
「ごめん!ごめんって!この前の事は謝るからさ!ね、お姉さん?!」
「んー、言葉じゃ信用できないなぁー」
「なんでそんなにノリノリのニッコニコなのさぁ!?」
叫びながらも階段を勢いよく駆け上っていく姿を見つつ。
私はゆっくりとその後を追う。ここに来て急ぐ必要は全くない。
ここから逃げられた所で、ここら一帯は私の領地であり今もO.S.Bがドローンを数台使って監視を続けている。その上で、身体強化を施し屋根の上でも空中でも高速移動が出来る私がここに居るのだ。
テレポート系の異能でも持っていない限り、完全に逃げる事など出来ないだろう。
「ふぅー……ふぅー……」
「あれ、手詰まり?……態々二階に逃げたから何かしらあると思ったけど」
「まだあるよッ!」
「……おっと、そういうタイプぅー?」
そうして、二階。子供部屋だったろう小さな部屋の中へと逃げ込んだ彼女を追い詰めようと、部屋の前へと立った瞬間。
家具の仕舞われた何もない部屋の隅に立った彼女は、こちらへと手を突き出しながら……2体のゾンビを出現させた。
……生物も関係なく収納出来るタイプ、かぁ。ゾンビも生物として扱っていいのか兎も角として厄介だなぁ。
彼女自身はゾンビウイルスに耐性を持っている為に、対処さえ出来るなら手数に出来る。当然リスクは伴うが良い異能の使い方だろう。
彼女はこちらがゾンビに気を取られた一瞬の隙に窓へと走り、外へと身を投げる。
すぐさま刀でゾンビ達を斬り払い、追おうと窓から外を見てみれば、
「アグレッシブぅ」
異能に仕舞っていたのだろう。棒高跳びなんかで使うようなマットが出現しており、その上に白星は着地したようだった。
収納系異能の対応力は自分の身をもって知ってはいたが……こうしてその保持者を追う側になってみると、中々に面倒臭い。前に伯父達を山の中で追い詰めた時も、彼らは似たような事を考えていたのだろうか、と思いつつ。
私はドローンからの映像を確認しながら、窓から身を乗り出した。
「とは言え、私みたいな身体能力強化系は持ってないみたいだし……そろそろ遊びは終わりにしよっかな」
白星の収納系異能のスペックは測り終えた。
私のモノとは違い、制限もあるものの……それでも内容物によっては凄まじい対応力を見せる事が出来る。それだけでも十二分に素晴らしい異能だと言えるだろう。普通の……それこそ、三峰の様な異能持ちでも手を焼くかもしれない。
だが、相手が悪い。数々の異能を持ち、尚且つ同系統の異能を持っている私には効果が薄すぎるのだ。
視界に映し出されている映像を元に、現在の彼女の位置を特定し……空中へと跳び出して。
私は【空間収納】から『縁結びの鎖』を取り出しながら迫る。
「はぁっはぁっ!な、何なのよあの女……っ!」
「――鬼ごっこは終わりだよっ、と」
「なっ、はぁ?!」
慌て、走り疲れたのか細い路地の裏で休もうとしていた白星を、空中から下敷きにするように降りつつ取り押さえる。
瞬間、彼女がこちらの顔面へと手を伸ばしてきた為、
「はい、ダメー」
「っ、あれ?!発動しない!?」
ガチャリ、とお互いの手首に『縁結びの鎖』の両端にある手錠を付ける。
頬に彼女の手が触れたものの……何も起こる様子はない。成功だ。
……いやぁー、強力。ってよりは普通の異能持ち泣かせだなぁ、これ。
『縁結びの鎖』。A.S.Sのポイント交換によって手に入れた、両端に手錠の付いた1、2メートルほどの黒い鎖。一見すれば黒く塗られただけの、アブノーマルな人達が使いそうな道具でしかないが……その実態は少し違う。
この鎖は、手錠を掛けられた存在の異能を封じる事が出来るのだ。
「ちょっ、何でッ!発動!しないの!」
「いた、痛いって!ちょっと!顔を殴らない!」
「離して!離しなさいって!っていうか外してよコレ!」
「それは出来ないかな」
「なんで急に冷静になるの!怖いわよもう!」
目論見通り、彼女の収納系異能を封じる事が出来たらしく。何度彼女が私に触れた所で収納される事はない。手のひらを開いたり閉じたりしている事から、何かしらを取り出そうとしているのも分かるが……『縁結びの鎖』によって上手くいっていないようだ。
だが、こうして手錠を掛けている、と言う事は。当然、私にもその効果は反映されてしまう……のだが。
……いや、でも使えるな?コレ。水操れてるし。……どういう事?
少しだけ困惑しつつも、身体強化が続いているならば問題はないとして。
私は彼女の上から退く様に立ち上がり、身体能力にものを言わせて無理矢理彼女をその場に立たせた。
「はい、じゃあ連行するよー」
「お姉さん、もうちょっとやり方とかあるでしょ!?」
「でも白星ちゃん逃げちゃうじゃん。さっきだって話そうとしたら逃げちゃったしさぁ」
「そりゃ武装してる人が居たら逃げるに決まってるでしょ……!」
そんなこんなで。
私と白星は黒い鎖の手錠で繋がれたのだった。
―――――
拠点へと帰る道中、白星に悟られないよう色々と異能関係に関して調べてみると。
1つ、『縁結びの鎖』について分かった事があった。
……【植物栽培】が使えなくなってる。そういうタイプの効果だったんだ、この鎖。
どうやら、この黒い鎖は手錠を掛けられた相手の異能を全て封じるのではなく。手錠を掛けられた相手の持つ異能1つをランダムに封じる、というモノだったらしい。
私の場合は【植物栽培】が。そして白星の場合は収納系異能が封じられた訳だが……もしも、彼女のゾンビウイルスへの耐性が異能と認識され封じられていたら。
その考えに達し、冷や汗が止まらなくなってしまう。後で検証する必要はあるが……一度、両手を封じるように『縁結びの鎖』を付ける必要があるかもしれない。
「ほら、見えてきたよ。アレが私達の住む拠点」
「……こんな山の中にぃ……?あれ?」
そうこうして。白星を連れた私は拠点へと戻ってきた……のだが。
「どうしたの白星ちゃん。変なモノでもあった?」
「いや……その、拠点の前に……」
「えー?……げっ」
彼女が恐る恐ると言った風に指で示した方向へと目を向ける。すると、だ。
そこには般若が居た。
比喩ではない。倉庫の中から面を見つけてきたのだろう。般若の面を付けたメイドが……五十嵐が仁王立ちで私の帰りを待っていたのだ。
「……柊先輩?」
「……なんでしょうか」
「私、言いましたよね?何か、何処か行く場合は一言言ってくださいって」
「……はい、言いました」
「で、今この状況。しかも……白星ちゃんも連れてきて?……説明してくださいます、よね?」
「……はい」
心配させないように、私が若干でも本気を出せるようにと配慮した結果。
長い長い説教が確定してしまったらしい。




