Episode14 - 新しくもらってみよう
その後の探索は実にスムーズに進んだ。
私と五十嵐、わんこ達だけではカバーし切れない死角も、三峰達避難所メンバーがしっかりとクリアリングし、ゾンビとの戦闘になったとしても数と異能、武装の暴力によって危な気なく終了する。
とは言え、製薬工場内の物資はほぼ枯れていると言っていい程に使えるモノは少なかった。
五十嵐や三峰達が使えると判断出来るのは、この製薬工場が表向きに製造していたのだろう痛み止めなど、かつて一般でも手に入りやすかったであろうモノばかり。それ以外は用途が分からず、触れないようにしようと互いに取り決めた……のだが。
……ま、私は全部回収するよねーっと。
【空間収納】を使い、他の面々に気が付かれぬよう片っ端からその手の薬品を回収していく。
当然、私にも用途自体は分からないモノばかりではあるが……その辺りは問題ない。私にはA.S.Sという、外付けの知恵袋が備わっているのだから。
「大体これくらいで探索は終わり、ですかね?」
「そうだと思います。こちらも……そうですね。探索してない箇所はもうないかと」
「了解です。じゃあこれで探索は終わり……っと!」
最後、私が遠目に見えたゾンビの頭を水球で撃ち抜くと同時。
『条件の達成を確認、【製薬工場内のゾンビを掃討せよ】が達成されました。タスク報酬は――』
「ん?」
「柊先輩?どうかしました?」
「いんや、何か音がしたなって思ったけど虫だっただけだよ。問題ない」
「そうですか、なら良かったです」
思わず出てしまった声に五十嵐が反応したものの。
すぐに誤魔化しつつ、視界内にA.S.Sのウィンドウを表示させる。【空間収納】に収められているモノのリストや、拠点範囲内の施設の稼働率、住人メンバーのリストなどが一気に表示されていくが……特に変わった所はない。否、それが逆に問題だ。
今回のタスクの報酬がどこにも見当たらないのだから。
……バグった?いや、そもそもそういうバグ的な挙動をするモノなの?A.S.Sって。
今は周りに目がある為、公に確認する事は出来ない為にモヤモヤしつつ。
私は取り敢えず、その場に居た全員に撤退の旨を伝えていく。
「……よし、じゃあ私達はこの辺りで撤退しますけど……そっちは大丈夫です?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば……まぁ避難所に戻る事は出来るでしょう。その後の対応には頭が痛いですが」
「まぁ仕方ないでしょう。……あ、何かあったらウチ来ます?隊員さん達も受け入れますよ?」
「……考えておきます」
護衛対象であったろう令嬢らしき女性を喪ったのだ。三峰達がこの後避難所でどんな扱いを受けるかは分からないが……良いモノではない事くらいは分かる。
とは言え、私は当事者とは言え避難所関係で言えば部外者だ。口出しは出来ない。
出来る事と言えば、彼女らが避難所を追われた時の為の寝床を用意するくらいであり、それ以上は踏み込み過ぎる。
一応、私はA.S.Sのアナウンスによって既に施設内の全てのゾンビを討伐し終わった事は知っているものの、最低限の警戒をしつつ製薬工場の入り口まで全員で移動していき、
「では、ここで。……出来れば、次も同じ立場で出会えたら良いんですが」
「そこは神のみぞ知るって事で。私もそう思ってますよ。……お気をつけて」
私達と違い、数人が固まって動く三峰達はすぐさま移動を開始し目の前から去っていく。
その背中を見送りつつも、私と五十嵐、そしてわんこ達も拠点へと戻る為の移動を開始する事にした。
戻ってからは……まず独りになる所から始めよう。
―――――
「ふぃー、久々の我が家って感じだぁー……」
拠点に着き、すぐさまシャワーを浴び。汚れた服などを適当に洗濯用の籠の中へと放り投げた後。
私は自室として使っている部屋のベッドへと思いっきりダイブした。
今すぐにでもこのまま眠ってしまいたい所だが……そうはいかない。
……さて、疲れてないわけじゃないけど……確かめないといけないよねー……。
タスク完了時のアナウンス。今までにない、A.S.Sのバグのような挙動。
それを確かめるまでは寝るに寝れないのだ。何せ、こうして安全な拠点を築けたのもA.S.Sがあってこそなのだから。
「えぇーっと、A.S.S?」
『――再起動完了。柊様、失礼しました。タスク完了時の報酬の内容に私の強制アップデートが含まれていましたので、アナウンスが途中で止まってしまいました。申し訳ございません』
「あ、そういう感じ?それなら全然良いんだけど……報酬って結局何だったの?」
どうやら特に心配する事でもなかったようで。
呼びかけると同時、A.S.Sはいつもの様に私の声に対応してくれた。
『改めてアナウンス致します。【製薬工場内のゾンビを掃討せよ】を達成しました。タスク報酬は、私A.S.Sのシステム面のアップデート及び、こちらとなります』
「お?おぉ……USBメモリだ。終末前にももう見なくなってたから……こうして見るのいつぶりだろ」
A.S.Sが言うやいなや、私の目の前には1つの小さなUSBメモリが虚空から出現した。
白く、特段変わったようには見えないそれ。だが、油断してはいけない。今までもA.S.S経由で得たモノは一見普通の代物に見えても中身がおかしいものだった事が多いのだから。
今回もその手の類……このメモリ内に収められているデータが軍事機密だったり、まだ世界で誰も知らない薬の製造方法だったとしても私は驚かない。
「で、これの中身って?」
『はい。そちらには、業務効率化補助システム――『O.S.B』というAIが保存されています。機能としては、私と同期する事で拠点内の施設の自動化や、柊様が行っていたドローンの操縦の代行、果てはRPT業務の効率化などが行えます』
「……おっと、考えてたのよりすっごいの来ちゃった」
どう考えてもこんな小さな……それこそ、大きさが親指ほどしかないUSBメモリに収まって良いようなシステムではない事だけは分かる。
実際に使ったら今言われた事以上の凄さを実感出来るのだろう。しかしながら、1つ問題がある。
それは、
「でも、私USBメモリを挿せる様なパソコン持ってないよ?」
幾ら中身が凄かったとしても、読み込む為の機体が無ければ意味がないのだ。
当然、ポイントで交換しようと思えば交換出来るのだろうとは思う。しかしながら、この為にポイントを使うよりも……もっと他、高額なものと交換する為にとっておきたいという気持ちもある。
『問題ありません。それはパーソナルコンピューターなどに読み込ませるものではなく、拠点そのものに読み込ませるものですから』
「……ごめん、ちょっと理解できなかった。もうちょっと詳しくお願いできる?」
『畏まりました。……とは言え、説明出来る内容もこれ以外にないというのも事実なのです。なので、試しに読み込ませてみましょう。柊様、USBメモリを手に』
「はいよっと。なんか人間味増したね、A.S.S」
『アップデートの結果です』
少しだけ、以前とは違う様子のA.S.Sに笑ってしまいそうになりながらも。
私は指示に従いながら、USBメモリを手に取って。
「……え、本当にこれで合ってる?」
『合ってます。問題ありません』
「客観的に見たら問題しかないんだけどなぁ……仕方ない、そぉい!」
そのまま、ベッドから降り床へと向かってUSBメモリを突き刺す様にしてみれば。
床とぶつかる衝撃はなく、逆に沼か何かに飲み込まれていくかのように若干の抵抗感と共に床の中、下へと向かって沈んでいくのが分かる。
普通ならば絶対に見れないその光景に、少しだけ感嘆しつつ。私はそのままUSBメモリを全て床の中へと挿し込んでいく。すると、だ。
「全部入っちゃった……おぉ!?」
一瞬私の部屋の床が光を放つと共に、目の前にA.S.Sが表示させるウィンドウの様なものが出現した。
そのウィンドウには『Now loading……』という文字と共に、デフォルメされた犬が走っており。数秒後、
『――インストール完了。ハジメマシテ、御主人。私は業務効率化補助システム、正式名『オムニシンクバトラー』と申します。以後お見知りおきを』
ウィンドウ内に何故か漫画などに出てくるような執事の恰好をした女の子の姿が映し出された。
「えっ、あぁよろしく?O.S.Bって呼べばいいんだよね?」
『その通りで御座います。また、許可を頂ければA.S.Sと同期を行い、拠点の施設の自動効率化を実行致しますが如何なさいましょう?』
「うん、やってみて。とりあえず……この拠点内にある施設だけでお願い」
『畏まりました。同期開始します……完了。オーダーに従い、拠点内のみの施設の効率化を行います』
瞬間、A.S.Sが現在の拠点内に存在する施設……分かりやすい所で言うならば冷蔵室などの現在の状態とO.S.Bが効率化した後の状態を表示してくれた。
……エネルギー消費的な効率化、ってだけじゃなくて……これ、もしかしてドローンとかも動かして冷蔵室の整理もやってるね?凄いな。
私と五十嵐が好き放題に……それでもある程度は何処にどの食材があるか把握出来る程度に整理をしていた冷蔵室。それがリアルタイムで整理整頓され、どこに何があるのか分かりやすく区画分けされていくのが分かる。それに加え、冷蔵室の冷気の放出具合や空気の流れを変える事で冷やしておくべきもの、あまり冷やさない方が保存的観点から見ると良いもの、冷凍した方がいいものなどに対して適切な温度調整が行えるようになっている。
「うわ、すっご。これって他の施設でも似たような事が出来るの?」
『可能です。A.S.Sと同期しましたので、領地内であれば命令通りに管理を行う事が出来ます』
「成程……じゃあ全部の施設を効率化、自動化お願いできる?ドローンの数足りないなら足すけど」
『畏まりました。また、ドローンの数は現在の数で可能です……逆に、効率化の結果2台程度役割の無いドローンがありますがどうなさいますか?』
「本当?じゃあ回収しようかな。ここに運んできて」
どうやら予想以上に優秀なようで。
A.S.Sが私の補助を中心にしているシステムであるなら、O.S.Bは施設の補助を中心としたシステムであるのだろう。直接私に関係する事に触れられない代わりに周りの補助、効率化をしている辺り、その傾向が強いように感じる。
「よしよし……中々結構過ごしやすくなってきたねぇ、ここも」
再度ベッドへと座り、そのまま背中から倒れ込む。
今も視界の隅ではウィンドウが複数出現しては消えていくのが見えている。中にはA.S.Sのウィンドウも見えている事から色々と連携を行っているのだろう。
……なんかこの所、すっごい濃い出来事が多かったなぁ……。
ここ何日間の出来事を思い出しつつも、私の意識は静かに下へと沈んでいく。
出来れば、もう少し……スローライフらしいスローライフが出来るような、そんな生活が続いてくれればいいな、と思いつつ。私は眠りについたのだった。




