Episode12 - 流れでやってみよう
「……で、三峰さん?勢いでやってますけど、ここの奴らは倒しちゃっていいんですよね?」
「え、えぇ。問題ありませんが……」
「ちょっと!聞いてますの!?」
五月蠅いのは放っておいて。
私は一度息を吐いた後。大量に取り出した水を使う事でゾンビ達を寄せ付けず、まるでモーゼの海割りかの様に人が2人程度ならば横になって歩いても大丈夫であろう広さの道を作り出す。
軽くジェスチャーしてやれば、隊員達は口々にこちらへと向かって礼を言いつつ。三峰を運びながら五十嵐の方向へと向かって走り始めた。
その様子を見てか、それとも相手にされていないからか。ひとしきり喚き散らしていた秋山家の令嬢なる女は我先にと出来た道へと向かって走り出し、
「きゃっ……ひっ!?」
滑って転んでしまう。
当然だ。私が操っているのは水であり、この場はある種の研究所。液体が足元にある状態での作業などを前提とした作りにはなっていないだろうし、彼女の履いている靴もそんな場所での活動を想定しているものではないだろう。
……あっ、ちゃー……。それはちょっと無理だなぁ。
そうして彼女が滑っていった先は……私が態々水で避けた、今も道へと入ろうと思考出来ない頭で足を動かし続けているゾンビ達の目の前。
救おうと思えば救えるだろう。しかしながら、それをするには隊員達が進んでいる道の維持が疎かになる可能性がある。
それに、
「たっ、助けなさい!三峰!?」
「……っ、進め」
「……了解です」
先程までは彼女を護っていた筈の三峰が、彼女の声を無視したのだ。ならば、私が言う事やる事は何もない。
あくまで他人、それもこの場で初めて出会い喚き散らした何者かがゾンビに命を散らされていった……私から見ればただそれだけの事だ。
救援を求める声が、次第に痛みを訴えるモノに。私はその様子を聴きながら、そしてその声を聴く事になった選択をした三峰達の様子を見ながら思う。
……私の時も、あんな感じに思ってくれた人が居たかなぁ。
状況は違う。私の時は故意にゾンビの群れへと突き飛ばされ。
今回の場合は、彼女が転びそれを見殺しにした形だ。大きな差があるだろう。しかしながら、思ってしまう。考えてしまう。あの時、私が死んだ時には……今の五十嵐の様な存在は近くには居なかった。悪魔の様な家族のみしか居なかった。
「色々考えちゃうなぁ、流石に……」
次第に小さくなっていく悲鳴を聴きながら、私は少しだけ自嘲気味に笑う。
今の五十嵐のような親しい間柄の存在や、三峰の様に何人かの部下が居れば……もしかしたら私の運命は変わっていたかもしれない。だが、それを作らなかったのは過去の私の選択だ。
考えても仕方がない事ではある。前世だと考えているこの記憶は、今や私にしか思い出す事は出来ないものであるし……今はこうして、生きているのだから。
「……よしっ、渡れたね!じゃあ終わらせようかッ!」
そうして感傷的な気持ちに浸っていれば。
三峰達が渡り終わったのか、五十嵐がこちらへと大きく手を振っているのが視界に入る。
……切り替えよう。考えるにしても……寝る前のベッドの上とかで考えれば良いんだよ、こういうのは。
兎も角。今は目の前のゾンビ達に集中すべきだろう。
刀を軽く構え、血糊が刀身に付かないように水の刃を纏わせて。それ以外にも大量の水を操る事で、簡易的な津波のようなものを作り出しながら……部屋の中のゾンビを掃討していく。
大量の水全てを操る必要はない。勿論、操ろうと思えば操る事は出来るが……それをするよりも、もっと低い労力で最大限のリターンを得る事が出来る方法がある。
軽く水を操る事で所々、全体的に見れば微弱な流れを作り出す。そうして出来た流れは、全体へ指向性を与え……結果として、勢いは増していき人と同程度の耐久性しかないゾンビは、そのまま飲まれ水の中で様々なモノと混ぜられバラバラとなってしまう。
「あんまり使わない方が良いっちゃ良いんだろうけどなぁ、こういうの」
そんな水の流れから逃れ、私へと近付いてきたゾンビ達に関しては。
異能によって強化された身体能力にものを言わせ、水の刃を纏った刀で首を刎ねていく。3級以上の異能持ちが居ないのであれば、これが一番楽な処理の方法であり……向かってくる敵を何も考えずに斬り続けるだけという、一種のリズムゲームのような状態だ。
「そういえばリズムゲームってどれくらいやってないんだろ。思い出せないな……」
そんな事を考えていれば。
気が付けば周囲のゾンビ達は波に飲まれてしまったか、私や五十嵐達の方へと向かい返り討ちにあったかの二択となっていた。
戦闘終了、と言って良いだろう。
再度、水を波にした時とは逆の方向に無理矢理流れを作り出す事で、今も部屋の中を荒れ狂いながら流れている波を鎮めていきつつ。
私は刀を鞘へと納めながら、こちらへと視線を向けている三峰達の方へとゆっくりと歩いていく。
「お疲れ様です。怪我とかないですか?」
「お疲れ様、って言ってもこっちは助けてもらった側ですが……すいません、ありがとうございました。怪我は特に。する前に助けてもらえたので」
「礼を言われる事じゃないですよ。……1人、助けられませんでしたし」
「それは……」
何やら思いつめたような表情を浮かべた三峰と話していれば。
私が戻ってきた事に気が付いた五十嵐が、私が怪我をしていないかを確かめる為にボディチェックをし始めた。特に変な事をされている訳でもない為、とりあえずそれにされるがままになりながらも、
「で、三峰さん達はこの後どうします?」
「この後、というのは……?」
「あぁ、いや。私と五十嵐達はここに物資の回収に来たんですけど……今の世の中、割とそういうのって早い者勝ちじゃないですか。だから三峰さん達はどうするのかなぁって思いまして」
「……」
私の言葉に唖然とした表情を浮かべた三峰と隊員達は、少しだけお互いの顔を見合わせた後。
他の隊員達が三峰に向かって頷くと同時、
「私達も物資が欲しいです。ただ……」
「ただ?」
「ここで命を助けてもらったのも事実。なので、その恩を返すという意味で一緒に行動する、というのはどうでしょうか?人数は多い方がこの手の建物を探索するには便利でしょうし、先程の様に大量に相手が居なければ隊員達だけでも対応可能ですので」
「成程、成程……?」
一応、三峰達がそう言ってくるのは予想していた。
彼女達の選択肢……と言うと聞こえは悪いが。この場から帰るか、後に借りを残さないようにする為に私達に協力して探索するか。この2つの選択肢しか彼女達には残されていなかったのだから。
とはいえ、帰る場合でも共に探索する場合でも、出来る限りのバックアップはするつもりではあったのだが。折角助けた命を無駄に散らされてしまっては、こちらも目覚めが悪い。
「そう言う事ならお願いしましょうか。色々と情報共有とかもしたいですしね。ただ……少し休憩してからにしましょうか。三峰さんだけじゃなくて、他の隊員さん達も疲れてるでしょうし?」
「ありがとうございます。では……ここから少し離れた所に会議室らしき場所があったので、そこで」
「了解です。……誰か案内お願いできます?」
「あっ、じゃあ自分が!こちらです!」
隊員の内の1人に先導してもらう事で、私達は近くにあった会議室らしき部屋へと移動した。
中はゾンビの所為か荒れてはいたものの、椅子や机などはまだ使えるものが多く。休憩をするという意味では十二分すぎる程には良い部屋だ。




