Episode10 - また通知されてみよう
翌日。
私達は目的地である村に辿り着いた。否、村だった場所、と言うべきだろう。
「あっちゃー……これは予想してなかったなぁ。いや、ある意味道理なのかな」
「機密情報とかの処理としては……まぁあり得ますよね」
そこにあったのは、辛うじて家があったと思われる炭の塊。
五十嵐が言ったように、恐らくはここから逃げ出す際に放火したのだろう。私達の様に、場所さえ分かれば訪れる者が居てもおかしくないのだから。
出来る限り、情報に繋がるようなものを消してから去る。十分理に適った方法であると言えるだろう。
……って事は……あんまり工場の方も期待は出来ないかな。
事前に場所を調べ、村に辿り着いた時にもドローンを飛ばして場所を確認したものの……生活区であろう村がこの有様なのだ。
一応、外見的には問題ないように見えたが……内部は酷く荒れていてもおかしくはない。
「仕方ないし、ここの探索は後にして……先に工場の方を見に行こうか」
「了解です。これじゃあ何か見つけても……ですしね」
「そうだねー」
あまり期待しない方向で私達は工場のある方向へと歩き出した。
村から工場はそこまで遠くはなく、数分も歩けばその全体像が見えてくる。
……なーんか、見覚え?聞き覚えがあるっちゃあるんだよなぁ……この工場の名前。
某サンドボックスゲームで作られる、所謂豆腐建築のような四角い構造をした建物。その近くには外客からもそれが何なのか、何処の会社のモノなのかを知れるように、とご丁寧に表札が工場全体を覆う壁の一部に設置されていた。
そこに書かれている名称は――『秋山工業 製薬工場』。
「あ、ここ秋山工業の工場なんですね。あそこって車以外に薬も作ってたのは知りませんでした」
「私も知らなかったなぁ。まぁ、結構色んな会社が薬とか手広く事業展開してる事もあるし、おかしくはないねぇ」
取り扱っているモノがモノである為か、壁は高く分厚そうだ。
だが、それも野生動物や普通の人間に対しては有効であろうが……私や五十嵐の様な異能を持った人間やゾンビの様な脳のリミッターが外れた化け物に対しては意味がない。
それを証明するかのように、壁の一部が崩れ内部へと入り込めるようになっていた。
恐らくはゾンビか何かがここを見つけ、適当に破壊したのだろう。
「……よし、あんまり期待せず。ゾンビとの戦闘も見据えていこう」
「了解しました」
「わふ」
そうして、私は壁の内側へと……製薬工場の敷地内へと一歩侵入した瞬間。
『柊様。新規タスクが発行されました。――【製薬工場内のゾンビを掃討せよ】。タスク報酬は……10000ポイントと……申し訳ありません。またも現状の私では閲覧不可能な情報となっています』
A.S.Sの声で少しだけ動きが止まってしまう。
この間の3級ゾンビの時と同じように、またも閲覧不可能な……何かしら私の生活や行動に影響を与えるであろう報酬。
やらない手はない、のだが。前回と同じ発行のされ方をした、という事は。
……3級、いるかもしれないな。これ。
ネタバレのような、ある種これまでの経験からなる予測。
とは言えど、進まない手はない。見えている報酬だけでも充分得る価値はあるものだし……最悪、3級が居たとしても、五十嵐やリン達を逃がした上で勝ち目がある事は分かっているのだから。
「柊先輩?どうかしました?」
「あー……いや、なんでもない。ちょっと考え事」
「?そうですか」
少しばかり挙動不審になってしまったのか、五十嵐が問い掛けてくるが誤魔化して。
私はそのまま元々の目的を達成する為に製薬工場へと向かって歩き出した。
出来れば楽なタスクであればいいな、と考えつつ。
―――――
「……柊先輩。入って右側、5体居ます」
「うん。こっちは左に6、正面に11かな……見える範囲だけでも白衣着てるのが多いね。多分ここでウイルス感染したっぽいなぁ……こりゃ数多いぞ」
「撤退します?」
「いや、2級までしか居ないみたいだしやっちゃおう。――いくよ」
私は合図と共に、製薬工場の入り口の自動ドアを全力で蹴り飛ばす。
自動ドアの近くに居たゾンビが数体それに巻き込まれ弾き飛んでいくのを見ながらも、私と五十嵐、そしてリン達は内部へと侵入した。
瞬間、音と生者に反応して寄ってくるゾンビ達に対して私達も距離を詰めていく。
……うん、エントランスに居るのはこれだけかな。他は……物資探しながら虱潰しにしていけばいっか。
下手に掃討を急ぐ必要はない。あくまでもサブ目標としてそれを置き、ここに来た元々の目標を達成するべきだろう。
前回の少女……白星の件もあるのだ。物資の確保は第一に考えておいて損は無い筈だ。
「まぁ先にゴミ片付けしないと、ねッ!とォ!」
ほぼ零距離まで1体のゾンビへと近付いて。私は両腕に纏うようにして水を生成し、殴るようにして片腕のソレをゾンビの胴体へと叩き込んだ。
ただの打撃。身体強化をほぼ常時使っているとは言えど、真正面から殴っただけではゾンビは倒せない。それが分かっているのか、感覚的に知っているのか。私の殴打を喰らったゾンビは関係ないと言った風にこちらの身体を掴もうとして、
「BANG、ってね」
「ァッ!?」
内側から破裂した。
以前も行ったゾンビを破裂させるようにして討伐する攻撃方法。仕組みとしては、単純にゾンビの体内の液体を操り、内側から外側へと向かって移動させるように操作しているだけなのだが……今回はそれを行い安いように、自ら元々操作している水を打撃によって付着、侵入させたのだ。
こちらに飛んでくる肉片や体液を瞬時に発生させた水の膜で防ぎつつ。私はそのままの動きで残りのゾンビ達へと向かって歩みを進める。
「ゾンビを倒すだけなら色々と方法はあるわけで。ここらで一旦、自分の為におさらいしておこうかな」
独り言のように口から零しながら。私は持っている装備の中から日本刀を鞘から抜いて。
軽く振るって重さを確かめつつも、
「まず首を刎ねる。脳が全身の筋肉に向かって動くように電気信号を送ってるんだから当然だね」
近くの1級ゾンビの首を刎ね飛ばす。 その上で、空気中の水分を操る事で飛ばした首を水球の中に確保。そのまま圧力をかけ、核を残すように潰していく。
私の姿が隙だらけに見えたのか、周囲のゾンビ達が一斉にこちらへと向かって走り寄ってくるのが見えているものの……冷静に。
ここで焦って変な事をすれば、逆にそれが致命となって治し切れないような傷を負う可能性が出てくるのだから。
「次に、動けなくする」
だからこそ。私はそのまま空気中の水分を操る……ように見せかけて。
【空間収納】内に収納しておいた水を取り出し、床へと軽く撒いてからそれを全て腕の様な形状にして操っていく。
ゾンビ達の足を、腕を、胴体を。その全てを水の腕によって拘束し、動きを極端に制限されるようにして。合計4体のこちらへと向かって走ってきていたゾンビをその場に捕えた。
「こうすれば、後は――」
「はぁあ!」
「わんっ!!」
「――こうやって、余裕が出た味方達が片付けてくれる」
瞬間、他のゾンビの討伐が終わったのだろう。
五十嵐とリンを含めたわんこ達が、私の捕えた4体のゾンビへと攻撃を加える事で討伐を完了させた。
「お疲れ様、良い手際だったじゃん」
「柊先輩は……なんか凄く余裕そうでしたね……」
「わふ……」
「そりゃそうだよ。2級までのゾンビしか居ないレギオンは……もう油断してない限りは無傷で倒せるし」
嘘は言っていない。そもそも、現状五十嵐の前で見せている力は彼女と同程度まで制限した力のみだ。
それだけの力で無傷での勝利が出来るのだから……本気を出せば、もっと楽に、動かずとも掃討を完了させる事が出来るだろう。
そんな余裕そうな私の姿を見て、五十嵐は何かを言うのを諦めたのか。少し疲れたような表情で奥を指さした。
「うん、そうだね。探索しよう」
薄暗い製薬工場内の探索、開始だ。




