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バートリ家の吸血姫(※誤解)とワラキア小竜公のありえない婚礼  作者: 江本マシメサ
第二章 ワラキア公の花嫁

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ワラキア公国の串刺し公

 本人を前に失礼な質問であることは承知の上である。

 ただ、噂についてまったく気にならないと言ったら嘘になるので、勇気を振り絞って聞いてみた。


『その噂について、か……』


 ブラッド様の声は固くなり、空気も暗くなる。


「出会って日が浅いのに、このような敏感な話題に触れてしまい、申し訳ありません」

『いや、いい。気にするな。最初に説明すべきだったのだ』


 ブラッド様はまっすぐ私を見つめ、噂の真相について教えてくれた。


『端的に言わせてもらえば、その噂はデタラメだ』


 その瞬間、ゾフィアを見る。安堵した表情を見せる彼女の様子を確認でき、私もホッと胸をなで下ろす。


『ただ、火のない所に煙は立たぬのだろう。実を言えば、串刺し公と誤解されるような行為は取った』


 いったい何をしたというのか。

 噂が否定された以上、話は聞かなくてもいいと思ったものの、ブラッド様は事情を語り始めた。


『一年以上前の話だったか。マジャロルサーグ王国を通じて、アトウマン帝国の使者を派遣したい、という打診があった』


 マジャロルサーグ王国とは良好な関係を続けたいワラキア公国としては、断るわけにはいかない。


『その当時、アトウマン帝国とは何度も交戦する中だったので、停戦の申し出かと思っていた』


 しかしながら、ブラッド様の予想は大きく外れてしまったらしい。


『アトウマン帝国の使者は、ワラキア公国に侵攻停止と引き換えに、多額の貢納こうのう金を納めるよう、要求したのだ』


 さらに、ワラキア公国の北部に位置するモルダヴィア公国侵攻を手伝うよう、強要したらしい。


『私はすぐにそれらの要求をはね除け、帰るように言った』


 しかしながら、アトウマン帝国の使者は脅すように、「もしも断るようならば、この話は余所の国へ持っていく。侵攻するのはモルダヴィア公国ではなく、ワラキア公国だ」と言ったという。


『ふざけたことを言う使者をとっ捕まえて、生きたまま杭に縛り付け、要塞の外に刺し、しばらくさらし者にしていたのだ』

「も、もしや、それが串刺し公の噂となっていたのですか?」

『そうとしか思えない』


 使者は数時間で解放し、マジャロルサーグ王国の者達と一緒に、追いだしたという。


『誰一人として串刺しになんぞしていないのに、いつの間にか私は〝串刺し公〟の異名がついて回ることとなったのだ』


 敵味方関係なく、と言われていたのは、ワラキア公国内の貴族にも、似たような処罰を与えたことがあるからだろう、とブラッド様は説明する。


『あろうことか、国内の貴族達が、アトウマン帝国の従属国になったほうがいい、と言うので怪しく思って調査したところ、全員、アトウマン帝国から裏金を受け取っていたのだ。もれなく全員拘束し、杭に縛り付けて、要塞の外に突き刺して、三日間ほど晒した』


 それを恨みに思い、数時間の処罰を串刺しの処刑と誇張し、触れ回ったのではないか、とブラッド様は疑っているようだ。

 ちなみに要塞の外にあった藁の串刺し人形は、貴族達を脅す意味でストイカが立てたものらしい。ブラッド様の趣味ではないという。

 なんというか、気の毒としか言いようがない。

 やはり、ブラッド様の噂話も人々の誤解から話が大きくなったものなのだ。


『これまで、私のことが恐ろしかっただろう?』

「いいえ。直接お話ししていたブラッド様はとても紳士で誠実なお方だったので、恐ろしいとは思っておりませんでした。ただ、どうして串刺し公と呼ばれていたのかが不思議で」


 ブラッド様はうるうるした瞳で私を見つめる。

 これまで、謂われのない噂に心を痛めていたのだろう。


『エリザベル、私を信じてくれてありがとう』


 ゾフィアのおかげで、串刺し公の噂について確認する勇気が持てた。彼女にも感謝しないといけない。


『ここまでは私の話だが、ここから先は父の話となる』

「はい」


 串刺し公の噂の中心は、戦場にある、とブラッド様は前置きした。

 たしかに、アトウマン帝国の兵士達を次々と串刺しにし、戦意を喪失させたという話のほうが有名である。


『父は、その、竜の姿で戦場を駆け、戦っていた。一年前、私と入れ替わったあとも、同じように戦場に立っていたわけだが、そのさい、人間の体での戦い方がわからず、人外じみた戦法を採った可能性がある』


 父君の戦い方は、ブレスを敵陣に浴びせ、一網打尽にするものだったという。

 けれどもブラッド様の体では、その戦い方はできない。


『竜の体となった私は、戦場に出ることをストイカが許さなかった』


 自分がワラキア公だと必死になって主張していたら、情緒不安定だと判断され、蔓魔法を使って拘束されていたらしい。


『結果、父一人で戦場に立つこととなったのだが、どうやって戦っていたのかは、私も把握していない』


 串刺し公という噂話が広がるような、残酷極まりない戦い方をしている可能性がある、とブラッド様は語る。


『これについては、のちほどロラン卿やスタン卿の報告を聞くつもりだ』


 つまり、串刺し公の噂はブラッド様の風評被害だけでなく、父君の戦い方も関わっている可能性があるというわけだ。


『私が串刺し公と呼ばれることで、今後、妻となるエリザベルにも迷惑をかけてしまうかもしれない』


 すまない、と申し訳なさそうにするブラッド様に、私は言葉を返す。


「ブラッド様、わたくしは〝吸血姫〟のエリザベル・バートリですわ。串刺し公の名前に一切引け目を取ることはないかと」


 胸に手を当てて、今となっては串刺し公の妻の名ですら、私にとっては光栄だと告げる。

 すると、ブラッド様は嬉しそうな表情で、頷いてくれた。

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