ゾフィアの心配
ワラキア公国で迎える二日目の朝――私はブラッド様を抱きしめた状態で目を覚ます。
昨晩もブラッド様は寝台の端っこで丸くなっていたのだが、温もりを求めて私のもとへと転がってきたのか。
それとも私が抱き枕を欲し、無意識のうちに胸に抱いていたのか。
どちらにせよ、寝起きのよい朝というのはたしかである。
ブラッド様はいまだ夢の中だ。変化魔法で多くの魔力を失ったため、眠りが深くなっているのだろう。
竜の体が熱がこもりにくいのか、私が離れてすぐ、鱗が冷たくなってしまった。
気の毒に思い、これまで私が被っていた毛布を巻き付けておく。
小さな体を毛布でぐるぐる巻きにすると、余計に赤ちゃんみたいである。
元の姿に戻ったら、二度と見られないだろう。
存分に愛らしい姿を堪能させていただく。
時間も忘れて見入っていたようだが、気配を消したゾフィアが入ってきていたようで、「エリザベル様?」と声をかけられてハッとなる。
「ゾフィア、おはようございます」
「おはようございます。その、何をなさっていたのですか?」
私は小さな声で「ゾフィア、ご覧になってください」とブラッド様の寝顔を紹介する。
かわいい、と言うかと思ったのに、ゾフィアは思いっきり顔を顰めていた。
「エリザベル様、こちらへ」
そう言って、衣装部屋へ私を誘う。
ゾフィアは扉をぱたんと閉めた。
ドレスを一緒に選びたいのか、と思っていたのだが違った。
「エリザベル様、よく、あのお方がかわいいなどと言えますね」
「どこからどう見ても、愛らしいとしか思えないのですが」
ゾフィアは額を押さえ、「ああ!」と嘆くような声をあげた。
「エリザベル様、思い出してください。相手はあの、串刺し公ですよ!? かわいいものですか!! 串刺し公であることを差し引いても、あの姿はただのでかいトカゲです!! 恐怖でしかありません!!」
ゾフィアは一息で言い切り、はあ、はあと肩で息をしていた。
「その、ゾフィアの気持ちを考えもせず、わたくしの気持ちを押しつけてしまって、申し訳なかったですね。これからは、一人で愛でることにいたしますので」
「エリザベル様……!」
私の言葉を聞いたゾフィアは、ガクッと脱力するように肩を落とした。
「気持ちの押しつけは、私も同じでした。エリザベル様、申し訳ありません」
「謝らないでくださいませ。誰にだって、苦手なものがありますから」
私はムカデやクモなど、脚の多い虫が苦手なので、ゾフィアの気持ちも理解できるのだ。
そもそも、爬虫類だって得意ではないのに、ブラッド様はかわいく見えてしまうから不思議だ。
「いえ、その、一つだけご確認したいのですが、エリザベル様はあのお方を恐ろしい、と感じないのですか?」
「はい、まったく」
信じがたい、という表情でゾフィアは私を見つめる。
「バートリ家が吸血鬼と誤解されているように、ブラッド様も風評被害のように思えて」
だから私は、他人の噂になんて流されず、自分の目で見たブラッド様を信じたい。
そう訴えるも、現実的なゾフィアは真顔で聞いてみた。
「串刺し公の噂は本当か嘘か、ワラキア公に確認されたのですか?」
「いいえ」
「では、一度聞いていただけますか?」
本人が否定したら、ゾフィアも信じると言う。
「わかりました。では、ブラッド様に噂の真相を確認してまいります」
グラスグリーンのドレスをまとい、化粧と髪結いを施したあと、寝室に戻る。
ブラッド様はいまだ、眠りに就いていた。
ゾフィアとの会話を聞かれていたらどうしよう、と思ったのだが、杞憂だったようだ。
寝台に腰掛け、ブラッド様に声をかける。
「ブラッド様、朝ですわ」
『ううん……!』
ブラッド様はもぞもぞ動き、うっすらと目を開いた。
『エリザベル……か』
「はい、おはようございます」
『おはよう』
のっそりと起き上がったブラッド様は、まだ眠たいのか目をこすっている。
「もう少し、睡眠は必要でしたか?」
『いいや、平気だ。なんというか、エリザベルがいると、不思議とよく眠れるゆえ、寝過ぎてしまったようだ』
父君と入れ替わってからというもの、あまり眠れていなかったらしい。
「変化の術で魔力を消費したので、眠れるようになったのではないでしょうか?」
『いいや、それは違うだろう。父上と入れ替わったあとも、父上の体に魔力がほとんど残っていない状態だったが、眠れなかった』
「まあ! 大変でしたのね」
そんな言葉を返すと、ブラッド様の瞳がじわりと潤む。
「ど、どうかなさったのですか?」
『いや、これまで誰にも同情されず、孤独に過ごしてきたことを振り返ってしまい、今、私の隣に心優しいエリザベルがいることを、心から嬉しく思っただけだ』
ブラッド様を抱きしめたかったのだが、先ほどから、ゾフィアの視線がチクチクと突き刺さっていた。
早く本題へ移れ、と言いたいのだろう。
なかなか触れにくい話題なのだが、ゾフィアが安心して過ごせるように、聞くしかないのだ。
私は居住まいを正し、ブラッド様に質問する。
「あの、ブラッド様、お聞きしたいことがあるのですが」
『なんだ?』
「その――串刺し公と噂されていることは、本当なのですか?」




