考察
『父は喋らなかったのではなく、喋れなかったのか』
人化したときも会話はなかったようだが、ブラッド様は父君が無口だと思い込んでいたらしい。
『そういえば、竜の姿でいるときはよく鳴いていたな。何を言っているのか、まったくわからなかったが』
ならば、父君に言葉を習得してもらうのが問題解決の早道なのだろうか。
『そう、だな。しかし、父にも入れ替わりの原因がわからないのであれば、無駄になりそうだが』
たしかに、言葉を覚えて聞き出しても、わからない、と言われてしまったら意味がない。
『父の知り合いの竜族に会えたら、何かヒントを得られそうなのだが』
「どこにいらっしゃるのですか?」
『この世界の空のどこか、だ』
ブラッド様と一緒に、明後日の方向を眺めてしまう。
ただ、調査と同時進行でやってみる価値はありそうだが。
「どなたか、お義父様に言葉を教えることができればいいのですが」
『ヤロウカ?』
そう言って飛びだしてきたのは、モフモフであった。
『言葉、教エル!』
「よろしいのですか?」
『頑張ル!』
父君が怖くないのか、と聞いたが、『大丈夫!』と言ってくれた。
モフモフは父君の肩に飛び乗り、『ヨロシク!』と挨拶する。
父君は特に反応しなかったようだが、拒絶する様子はない。
ここはお言葉に甘えて、モフモフに任せよう。
「ひとまず、言語の習得についてはモフモフに任せて、お義父様がわたくしが口にした言葉のどれに興味を示したか、調べてみますか?」
『ああ、そうだな』
先ほど言った言葉は〝あの、初めまして。わたくし、マジャロルサーグ王国の従属国、トランシルヴァニア公国から参りました、エリザベル〟だった。
今度はどこに反応したのかわかりやすいよう、区切って言ってみた。
「あの、初めまして」
父君の反応はない。次の言葉に移る。
「わたくし、マジャロルサーグ王国の――」
マジャロルサーグ王国、と言った瞬間、父君は勢いよく私のほうを見た。
『はっ、くぐ――うう!!』
その後、トランシルヴァニア公国、エリザベルと続けて言ってみたが、どれも無反応だった。
『父上はどうやら、マジャロルサーグ王国に反応したようだな』
ブラッド様が言ったマジャロルサーグ王国、にも反応する。間違いないようだ。
ここで話し合いはお開きとなり、ブラッド様は解散を言い渡す。
父君はロラン卿とスタン卿に担がれ、私室に戻ることとなった。モフモフは彼らのあとに続く。
協議室には私とブラッド様、そしてストイカ家の親子が残る。
『入れ替わりは、マジャロルサーグ王国が関係しているのか?』
「どうでしょう?」
ブラッド様との結婚を取り持ったのはマジャロルサーグ王だが、アトウマン帝国の脅威に晒される中で、ワラキア公国を陥れるような行為はするだろうか?
「送り込んだ花嫁が間諜であれば、その可能性もあるでしょうけれど」
ストイカ家の親子が探るような視線で私を見つめる。それに気づいたブラッド様が、二人にもの申す。
『間諜を自称する者がどこにいるというのか! エリザベルは絶対に違う!』
その熱い言葉に、セラは冷静に指摘する。
「出会って間もないのに、信用されているのですね」
『それはそうだろう! 十一ヶ月もの間、誰にも信用されなかった私を疑いもせず、救い出してくれた者だからな! お前達の百倍以上、エリザベルは信用できよう!』
ストイカ家の親子に蔓魔法で拘束され、暗い地下牢に閉じ込められ、肉塊と干したトカゲを与えられていた日々が、心の傷となっているのだろう。お可哀想に……と思わず同情してしまう。
「その、わたくしは間諜ではありませんが、念のため、重要な情報は隠しておいたほうがよろしいかと」
ストイカとセラは顔を見合わせ、同時に動く。
何をするのかと思えば、二人揃って片膝を付いて座ったのだ。
「私共は、エリザベル様に心から感謝しております」
「ワラキア公同様、お言葉の一つ一つを信じ、心から仕えることを誓います」
「そ、そんな! 頭を下げないでくださいませ!」
無意識のうちに魔法がかけられていて、情報を流す可能性だってある。
だから信用しないほうがいいと思っていたのだが。
「とにかく、今は皆で協力して、ブラッド様とお義父様が元に戻るよう、原因について探りましょう」
まずは父君が反応したマジャロルサーグ王国について、考えなければならない。
「お義父様とマジャロルサーグ王国は、何か関係があるのですか?」
その問いかけに、ブラッド様は首を傾げる。
『いいや、なかったはずだ。父は他国について興味がない……と言うよりは、母以外はまったく興味を示さなかった』
父君の興味はブラッド様の亡くなった母君にあり、それ以外はない、と言い切る。
「でしたら、母君とマジャロルサーグ王国に、何か関連はあるのでしょうか?」
『母上とマジャロルサーグ王国だと?』
ブラッド様が眉間にぎゅっと皺を寄せた途端、セラが挙手し、ある情報を述べる。
「亡くなった大奥様はマジャロルサーグ王国の出身でございます」
『そういえばそうだったな』
マジャロルサーグ王国を母君の故郷と認識し、反応を示した、ということなのか。
そんな話をしていたら、ストイカが何か気づいたようにハッと肩を揺らす。
「ブラッド様、私も一つ、思い出したことがございます」
『なんだ?』
「竜公が被っていた牛の頭蓋骨ですが、あれは新婚旅行のさいに購入した物だったかと!」
長年、ドラクレシュティ家に仕えていたストイカだからこそ、記憶していたのだろう。
牛の頭蓋骨は父君の部屋に長らく置かれていた物だ、という話は聞いていたものの、それ以外の情報が潜んでいたようだ。
『なぜ、それを早く言わない!』
「も、申し訳ありません。新婚旅行の話に関連して、思い出したものでして」
なんでもあの牛は、マジャロルサーグ王国を原産とする種だったらしく、旅先で母君が気に入り、しばらく飼育していたようだ。
乳牛だったようだが、寿命が尽きたあと、頭蓋骨だけを記念に残していたらしい。
『ふむ……。あの頭蓋骨が怪しいと思っていたが、そうではなかったか。母上であれば、何かそれ以外の情報を握っていたかもしれなかったのにな』
「あ――でしたら、大奥様は嫁いできてから毎日、日記を付けていらっしゃったので、何か残っているかもしれません」
『故人の日記を探るのはいただけないが……』
ブラッド様は苦悶の表情を浮かべていたものの、すぐに決断する。
『エリザベル、母上の日記を調べるのを、手伝ってくれないか?』
「承知しました」
そんなわけで、母君の日記から情報を探ることにした。




