私の妹は転生しても付いてくるようです
人の多いにぎやかな街並みを全力疾走する。
小さな私の後ろをさらに小さな女の子が追いかける。
「お姉ちゃん、なんで逃げるのー!?」
「私はお姉ちゃんじゃない!」
「そうだね、今世は他人だからね!」
「そう、他人! 他人だから! 私の事は忘れて新しい人生を――」
「でもお姉ちゃんは生まれ変わってもお姉ちゃんだから! 私の気持ちは変わらないよ♪」
「イヤーーッ!」
私は前世の妹に追われていた。
――私と妹の話は、前世にさかのぼる。
人間と魔族の戦争が続き、人々が疲弊しきっていた時代。
ある農家の家に生まれた私は、平和を取り戻そうと戦いに身を置く内に、人々から英雄と呼ばれるようになった。
やがて英雄となった私は独り魔王城に向かい、魔王を倒したものの、命を燃やし尽くして死のうとしていた。
「――英雄よ、平和を取り戻してくれた事、感謝する――」
「……神さま」
闇が支配する魔王城に光があふれ、光の中から白いローブを身にまとった老人が現れた。
神さまを見るのは初めてだったが、不思議と老人がこの世界の神であることを確信していた。
「お主は死ぬが、全てを投げうって平和に尽くしたその功績を称え、来世を望むままにしよう。さあ、なんでも言ってみよ」
「いいのですか……?」
「もちろんじゃ」
「なら……」
「妹から私を逃がしてください」
「……うん?」
「妹が、逃げても逃げても私を追ってくるのです……!!」
「うん……うん?」
「昔はあんなにかわいかったのに、年を経るごとにヤンデレに磨きがかかってきて……!!」
「ゴメン神さま、ちょっと言ってる意味わからない」
「妹が私に関わる人間を殺そうとするので、それを阻止する内にここまで強くなってしまいました……」
「えっ、鍛錬の成果じゃないの?」
「鍛錬もしましたが、妹との死闘に勝った時の方が明らかに強くなってました……」
「えぇ……」
「ここへ来る前も、妹が魔王のみならず、罪のない魔族までも皆殺しにしようとしたので、命を代償に使って彼女を封印しました」
「ええ……ちょっと待って、それじゃあ魔王は……?」
「妹と戦った後に一撃で倒しました」
「えぇぇ……」
「お願いします神さま! 妹にかかれば英雄の私の封印など、すぐに解き放ってしまいます! その前に私をどこか遠くに……」
「アー……、ちなみになんじゃが」
「はい」
「その妹って……――後ろの娘?」
「え」
「もうっ封印するなんてヒドイよ~」
背後に現れた妹に抱きすくめられ、私の喉からヒュッと空気が漏れる。
「お姉ちゃん? 私を置いて逝くつもりなの?」
「あ、あの封印はおまえでも一日はかかるはず……」
「お姉ちゃんのためなら、あんなの十分で壊せるよ!」
「そうか……かつて邪神を封印した魔法でもダメか……ハハ、死にたい」
妹がコテンと首を傾けて神さまを見る。
「……アレ、お姉ちゃんを連れていこうとする死神?」
「いや、あの方は神さまだから――」
「――えっそうなの!? ごめん刺しちゃった!」
「ゴハアッ!」
「神さまーーーー!!」
頭に包丁が刺さった姿で倒れた神さまを助け起こす。
「ごめんなさいごめんなさいうちの妹が!」
「あ、安心しろ英雄よ……神は不滅、死んだりしない」
「ほっ。そうなんですか」
「だが……むちゃくちゃ痛い」
「すみませんでしたーー!!」
私は青い顔で震える神さまに土下座する。
妹関連で土下座をし続けたせいで流れるような動きだった。
「そういえば。さっきの話ちょっと聞いてたんだけど、お姉ちゃん転生するの?」
「そ、それは……」
「だったら私も転生させて! 封印を解くのに命を使っちゃって、私ももうすぐ死にそうなの!」
「だ、ダメだ!」
「お姉ちゃんは黙ってて! はいって言うまで、このおじいちゃん刺すから!」
グサグサッ!
「ぐえーーっ!?」
「お年寄りは大切にしてーー!?」
「……わ、わかった、いいじゃろう。お主も転生させる」
「やったー!」
「か、神さま、どうして!?」
「スマン英雄よ、この娘の魂を調べたのじゃが、お主と妹の魂は縁のようなもので繋がっていて、神たるわしの力を持ってしても切り離せなんだ。わしが転生させなくとも、妹はお前の魂にくっついてくるじゃろう」
「そ、そんな!」
「やっぱり私とお姉ちゃんは運命なんだねっ!」
「……それと、はっきりとわからぬが、お主か妹、なにかとてつもない業を背負ってるようじゃ……」
「業、ですか」
「異界の邪神の生まれ変わりだったりせん? お主の妹怖すぎじゃし」
「私には邪神より恐ろしいナニカに見えますが……」
「サービスでお主の力もそのまま引き継がせるから、がんばって生き抜くがよい……」
「あ、あの、神さま……? さっきなんでもするって言いましたよね……?」
「ウン……」
「妹をどうにかしてくれたりは……?」
「ゴメンムリ」
「神さまーーーー!!」
――こうして私は転生した。
私は王都にある小さな雑貨屋を営む夫婦の一人娘に生まれた。
前世から百年たち、世界は平和そのものだ。
私は物心がついたころに前世の記憶がよみがえり、妹の影におびえるようになった。
前世の記憶があるのは不思議だが、記憶があるなら妹から逃げるのに有利になるかもしれない。
私は前世から受け継いだ英雄の力を隠しながら、普通の五才児の生活を送っていた。
「ベル~、下に降りておいで」
その日、父に呼ばれて二階の部屋から下りてくると、店先におじいさんと小さな女の子が立っていた。
おじいさんと話をしていたらしい父が、私を手招きする。
「今日からお隣さんになるから、ご挨拶しなさい」
私が挨拶をすると、おじいさんが帽子を脱いで挨拶を返す。
口ひげをたくわえた、好々爺という感じのおじいさんだ。
「お孫さんと二人暮らしで、孫のアナトちゃんはベルと年が近いから、仲良くするんだよ」
お父さんが話をする間、私はおじいさんを見上げて、だれかに似ているなあと思っていた。
――ああ、そうだ、神さまだ。
青い顔をして震えている顔がそっくりだ。
私はとなりの孫娘を見る。
孫娘は三才ぐらいで、長い髪をツインテールにした、かわいらしい女の子で――
「お姉ちゃん……やっと会えたね」
妹だった。
しかも妹も前世の記憶があるようだ。有利など無かった。
「う、うむうむっ、会えてよかったのう。子供同士、外で遊んできたらどうじゃ?」
おじいさんが私の視線から顔を背けながら言う。
神さま、後で覚えててくださいよ。
「わーい、お姉ちゃんあそぼーっ!」
抱き付こうと伸ばされた両腕をサッとかわすと、妹がかわいらしく小首をかしげる。
今、妹に捕まったら、一生逃げられない予感がする……!
私は妹と距離を取りながらじりじりと家の出口まで下がる。
「うふふ、お姉ちゃーん♪ ……――絶対逃がさない(ボソリ)」
「あはは……タスケテー!」
そして私と妹の人生を懸けた追いかけっこが始まった。
私は勢いよく家を出ると、人の目のない家と家の間に入って壁を駆け上がる。
屋根のふちをつかみ、片足を掛けて屋根に上る。
ふうっ、まさか妹も五才児の私が壁を登って屋根の上にいるとは思うまい!
私を探しているだろう妹の姿を確認するため、屋根から顔を出して下をのぞく。
ゼロ距離で妹と目が合った。
「ぴゃーーっ!?」
バク転しながら後ろに下がって妹から離れる。
屋根にぶら下がっていた妹は屋根をよじ登ってくると、服に付いたホコリを払う。
「まさか、おまえも力を引き継いでいるのか……!?」
「うん、神さまにお願いしたの!」
脅迫の間違いでは?
私は妹に背を向けて走る。
王都の建物の屋根をいくつも飛び越えていく。
後ろを見ると、やっぱり妹が追いかけてきた。
妹を引き離そうと王都を全力で走り回ったが、妹はずっと付かず離れずの距離を保っている。
どうやら遊ばれているようだ。
ドラゴンをかけっこで追い抜く程度の足では妹には勝てないか。
どうするか考えていると、王都の外に不穏な気配を感じた。
王都の城壁を飛び越し、そこへ向かう。
目を凝らしてみると、王都から離れた山中に魔族らしき集団がいた。
「ドクロ魔人さま、ついにこの時が来ましたな!」
「カーラカラカラッ! ……魔王が死んで百年、埋伏の時は終わりだ! これより王都の人間どもを皆殺しにして、俺様の率いる新生魔王軍の立ち上げといくぞ!」
「ウオオオオオ!!」魔族たちが雄叫びを上げる。
あれは四天王の一人だったドクロ魔人!
百年前に倒したはずだがどうやら偽者だったらしい。
私は速度を落とさず走る。すると、魔族の一人がこちらに向かって走る私に気付く。
「ドクロ魔人さま、向こうから女の子が!」
「よし、さっそく血祭りに――――ゴパアッ!!?」
「ドクロ魔人さまーー!?」
走る勢いを乗せて放たれた私の跳び蹴りを喰らった魔人の頭部が弾け飛ぶ。
さらばドクロ魔人、安らかに眠れ。
跳び蹴りの勢いを使って空中をクルリと回る。視界に妹の姿が映る。
私は着地すると、ぼうぜんとする魔族たちを残して走り去る。
妹は行く手を遮る魔族たちを見やると、手をかざす。
手からあふれた黒い魔力が鎌の形を作る。
「――――邪魔」
鎌の一閃が、魔族たちの首と胴体を二つに分ける。
新生魔王軍は立ち上げ前に全滅する事となった。
魔族を相手にしたせいで、妹との距離がだんだん縮まってきた。
このままだと妹と戦わなくてはいけないだろう。
聖剣があれば良かったが、前世で妹を封印するのに使ったら壊れてしまった。
それで魔王とは武器屋のセールで買った木刀で戦った。
逃げ続ける選択肢もあるにはあるが、その場合、妹のヤンデレが悪化して無関係の人間に惨劇の幕が開く可能性があるのでできない。
それに妹のヤンデレもそう長く続くわけではない。
私と戦って暴れさせてやれば、疲れて私に組み敷かれる頃にはおとなしくなっているのだ。
私は手近な大木に近付くと、手刀で枝を払い、切り倒して丸太を作る。
妹を迎え撃つため、私は丸太をしっかり抱え込むと、突撃した。
質量はパワーだ!
「オオオォォッ!」
私は妹に丸太を力任せに叩きこもうとする。
妹は魔力で作られた鎌をひらめかせると、丸太をすごい勢いで削っていく。
丸太が切り株になるまで削られると、私は切り株を投げつける。
すかさず背中に隠し持っていた、いい感じの木の棒を抜く。
切り株を消し飛ばした妹に生まれた一瞬の隙を突く。
前世で研ぎ澄まされた技が、いい感じの木の棒を鋭い刃に変える。
木の棒が妹を切り裂いた――
――かに見えたが、そこにあるはずの手応えがない。
目の前にいるはずの妹の姿がかき消える。
「――残像だよ、お姉ちゃん――」
「残像……だと!?」
背後から現れた妹が、私の体を腕ごと抱き締める。
「うふふっ、お姉ちゃん捕まえた!」ギュッ♪
バキボキボキメキョオオォ!!
「ぐわあぁあぁああ!!」
南無三!
私は妹に抱き締められて身動きできず、倒れて地面にめり込む。
はた目には――陥没した地面に目を向けなければ――、幼児二人が遊んでいるように見えるだろう。
しかし、当の私はサイクロプスの手の中のネズミである。
「えへへっ……もっとぎゅっとしていい?」
「やめて出ちゃう!(内臓が)」
地面にキスしたままの私を抱き締める妹が、愛おしそうに私の背中にほおを寄せる。
「ねえお姉ちゃん、なんで逃げたの?」
「…………なんでだろ」
よくよく考えてみれば、今世においては特に逃げる理由は無い気がする。
強いて言うなら前世で身に染みた恐怖で逃げた。
「お姉ちゃん、あの時からずっと私を避けてるよね」
「…………」
「今世でも私を避けるの? なんで?」
「…………」
「……私が妹だから?」
「…………」
「それとも…………私が嫌いになった?」
――お姉ちゃん……私、お姉ちゃんの事が……。
――ごめん……。
今、妹がどんな表情をしているかは分かる。
きっとあの時と同じで、目にいっぱい涙を浮かべているのだろう。
私は妹に向き直ると、妹を胸に抱いた。
……確かに、前世で妹の気持ちに応えなかったのは、姉妹だったからだ。
そして困った事に今世で妹を突き放す理由が無かった。
「妹よ」
「なあに、お姉ちゃん」
「今も昔も、おまえは一番大切な女の子だよ」
「……それって愛してるってこと?」
「その…………それはもう少し待って」
まだ心の準備が必要だ。
「しょうがないなーお姉ちゃんは。……待ってるからね?」
「ハイ……」
幸せそうに笑う妹の笑顔を見て、やっぱり逃げられなかったなあ、と思った。




