24:友人から情報収集してみよう
馬たちと色々あった数日後、カルロがゴブリン退治へ向かうためにダンジョンを後にした。
ゴブリンたちが住まう場所は、岩山を越えた先にある平原のさらに奥。小さな森のようだ。
元々そこには、強くないラビット種などが住んでいたとのこと。
少し前からゴブリンが棲み着き、他の種族は別の場所へ逃げていってしまったらしい。
ゴブリンは繁殖力が強く、仲間内の結束力が強い。
さらに他の種族に攻撃的で、あちらこちらに自分たちの巣を作っているのだ。
カルロとはいつも一緒に過ごしていたので、今回は初めての別行動だ。
出発前に「気をつけて、無事で帰ってきてね」と手を握ると、彼は目を見開いて慌てたような態度を見せていた。
仮にも魔王に向かって、ゴブリン相手に気をつけてなどと言うのは失礼だったかもしれない。
顔も少し赤くなっていたようだし、怒っていたらどうしようと心配になる。
けれど、やっぱり、カルロには怪我することなく戻ってきて欲しいと思ってしまうのだった。
留守の間、この間助けた火馬の母子が遊びに来た。
あの事件の後、色々話していたら仲良くなったので、カフェのあるスペースへ招待したのだ。
彼女から敵意は感じないし、もし敵意があってもダンジョン内ならなんとかなる。
火馬の母親の名前はエレノア、子馬の名前はソーレ。いずれも褐色の肌に赤い巻き髪、黒い目をしている。
エレノアは一児の母だけれど、人型になった見た目の年齢は私と変わらない。同性の友達感覚で話せる貴重な相手だった。
息子のソーレはチリが珍しいようで、目を輝かせ、追いかけ回して遊んでいる。ガンバレ、チリ……!
「どうぞ。これは、口に合うか分からないけれど、紅茶とクッキー」
広めのテーブル席へエレノアを案内した私は、手作りのお菓子や紅茶で彼女をもてなした。
バターの香りが濃厚なクッキーは、カフェに付いてきた材料を使って今朝焼き上げたばかり。紅茶は無難にダージリンを選ぶ。
「あらまあ、さすが人間ね。とても繊細でいい香りだわ」
「馬種は、普段は何を食べているの?」
「食べられる植物……野生の岩カブとかを大雑把に刻んだり、焼いたりしているわね。味付けは岩塩かしら? 生で食べる馬も多いわよ。肉類も平気だわ」
「なるほど、岩カブや肉は食べても大丈夫なのね」
「ええ。さすがにゴブリンの肉は勘弁だけど」
「マズイの?」
「臭くて食べられたものじゃないわよ。あの見た目じゃあ、食べようとも思わないけどね」
エレノアはクッキーを気に入ったようで、喋る合間に何枚も口へ運んでいる。ソーレも時折やってきては、クッキーをつまんでいた。
「そうだ、エレノア。この世界やモンスターたちのことを詳しく聞いてもいいかしら。カルロにも何度か尋ねているのだけれど、微妙に誤魔化されているようで、なんだかよくわからないままなのよね。チリはダンジョンに必要なことしか教えてくれないし」
「ははぁん。あの魔王、モエギの逃亡を恐れているのね。人間出身のヌシは、逃亡する者が多いらしいから」
「逃げる予定はないのだけれど……まだ、信用がないみたい」
「それとは別に、ただ独占欲が強いだけという可能性も大きいわ。でも、情報を制限しちゃうのは健全じゃないわよね。私で良ければ、何でも教えてあげるわ」
「ありがとう、エレノア!」
了承してもらったところで、私は早速この世界のあらましについて質問した。エレノアは快く答えてくれる。
「この世界には海を隔てて二つの大きな大陸があって、そのうち片方がモンスターたちの住み処よ。もう一方には人間たちが住んでいて、両者は基本的に不干渉。他には小さな島々があるわね」
「大陸は二つだけなのね」
「ええ。北側の大陸では人間が、南側の大陸ではモンスターが暮らしているわ。そして、互いに不干渉だけれども、稀に海を渡って人間を襲うモンスターもいる。ダンジョンの資源を狙って攻め入ってくる人間もね。だから両者は不仲だわ」
人間もダンジョンにやってくることがあり、敵になり得るようだ。
今後は気をつけなければならない。
エレノアは続けてダンジョンの説明に入った。
「ダンジョンは大陸内に複数あって、それぞれに魔王がいるの。ここから最も近いのは大蛇のダンジョン。沼地を越えた先の荒れ地にあるのよ。ダンジョン全体が茨の茂みに覆われているわ」
「……痛そうなダンジョンね。そして、ダンジョンは他にもたくさんあるのね」
「他の魔王の中には、領土拡大のために他のダンジョンを狙う輩もいるわ。気をつけて」
大蛇と聞いた私は、以前沼地で出会った蛇のことを思い出した。
あの蛇は、ダンジョンの関係者かもしれない。
だとすれば、驚くほど近くに脅威があるということだ。
「もし、他にダンジョンを持っている魔王にダンジョンを侵略されたら、ヌシはどうなるのかしら?」
「その魔王のために働くことになるでしょうね。力のある魔王は、ダンジョンごとに複数のヌシを従えているらしいの」
「大蛇のダンジョンの魔王は、力が強いの?」
「たしか、あそこの魔王が持っているのは荒れ地のダンジョンだけよ。出来たばかりのここよりは、大きなダンジョンでしょうけれど」
「だよね〜……」
レベル2のダンジョンなんて、底辺もいいところだろう。
エレノア曰く、一番最初の魔王は創世神直々に指名されるらしいが、大蛇のダンジョンはおそらく以前他の魔王が治めていたものを奪ったのだろうということだった。
「味方の眷属が多ければ、それだけで戦力が確保できるけど。ここの魔王はウルフ一匹しか従えていないし」
「ねえ、エレノアはカルロが何のモンスターだか知ってる?」
「さあ。会ったのは、この間が初めてだし……わからないわ」
「残念。聞いたけど、教えてくれないのよね」
「あの外見だから、なんとなく想像はつくけれど……本人が嫌がっているなら、私から言うのはやめておくわ」
「そんなぁ……」
結局、カルロの正体は分からずじまいだった。




