新ファイル9話 引き継ぎ完了
夜の社長室は、静かすぎるほど整っていた。
増えていた椅子は、すべて元の数に戻っている。
いや
戻ったのではない。必要な分だけ、残った。
千堂千草は、一人、デスクに座っていた。
モニターには、千堂企画の管理画面。
案件一覧の最下段で、
ファイル番号が
ゆっくりと書き換わる。
《FILE29 終了》
《FILE30 稼働中》
その更新を見た瞬間、千堂は、ようやく理解した。
私は、
会社を作ったんじゃない。
書類。
物件。
事故。
記録されなかった出来事。
それらが、形を持つために、私を必要とした。
会社が、私を呼んだのだ。
机の引き出しが、勝手に開く。
中には、見覚えのない紙ファイル。
表紙は、新品のように白い。
最終ページだけが、すでに埋まっている。
※本管理対象
千堂 千草(在任中)
「……在任中、ね」
千堂は、小さく笑った。
誰かが、同じ部屋にいる気配がした。
姿はない。声もない。
それでも、“引き継ぎ”は終わったと
はっきり分かる。
「大丈夫」
誰にともなく、千堂は言う。
「……まだ、空いてるわね」
その瞬間、照明が
すっと落ちた。
闇の中、デスクの上に
鍵が置かれる音。
金属が、木に触れる乾いた音。
次の物件の鍵だ。
千堂は、立ち上がらない。
急がない。
管理は、続くから。
千堂千草は被害者ではない。
彼女は、溢れ出す怪異を
一ヶ所に集める
受け皿となった。
小林 治は消えていない。
否定もされていない。
彼は、会社の奥。
ファイルの隙間。
管理システムの一部として在り続ける。
怪異は、解決されない。
終わらない。
ただ
引き継がれる。
ファイル番号が、
またひとつ
静かに待っている。
次に呼ばれるのが誰なのかは、
まだ、
空欄のままだ。
新フ ァイル ーTRUE ENDー




