新ファイル7 境界の会社
千堂企画に関わった物件では、妙なことが起きない。
正確には、起きているはずなのに、外に出ない。
業界の噂は、
いつも少し遅れて広がる。
「千堂のとこに管理を任せると、周りが静かになる」
「事故物件なのに、近隣トラブルが出ない」
「入居者が逃げない。……出ない、のか?」
誰かが、冗談めかして言った。
「霊媒師じゃないのか?」
その呼び名は、いつの間にか
定着していた。
千堂企画の物件には、共通点がある。
・怪異が建物の外に干渉しない
・近隣からの苦情が発生しない
・SNSで話題にならない
・“偶然”が連鎖しない
起きているのに、
世界に拡散しない。
青山信二は、
その事実が気になっていた。
「……社長」
夕方、
誰もいないオフィスで
青山は口を開く。
「うちの物件だけ、おかしくないですか」
千堂千草は、
パソコンから目を離さない。
「そう?」
「だって……
事故物件って、
もっと外に影響出ますよね」
千堂は、少し考えてから答えた。
「出さないだけよ」
青山は、息を飲んだ。
「……誰が?」
「境界が」
「……境界?」
千堂は、ようやく彼を見る。
その目は、社長のそれではなかった。
「世界にはね、霊が
溜まる場所があるの」
「感情も、 記録も、 名前も」
「それが溢れると、怪異になる」
青山は、思い出していた。
FILE00。
管理者。
小林 治の声。
「じゃあ…… この会社は……」
千堂は、
軽く肩をすくめた。
「境目に建ってるだけ」
その夜。
千堂は、一人で名刺ケースを開いた。
自分の名刺。
表は、いつもと同じ。
千堂企画
代表取締役
千堂 千草
裏返す。
そこに、覚えのない文字があった。
印刷ではない。
ペンでもない。
それでも、はっきり読める。
《管理対象:複数》
千堂は、それを見て微笑んだ。
「……増えたわね」
机の下で、椅子が一脚、
静かに増えた。
その椅子には、誰も座らない。
ただ、“席”だけが用意されていく。
そして、社内サーバーの奥で
新しいフォルダが
自動生成される。
FILE24
準備中の文字が、
一瞬だけ“入居中”に書き換わった。




