新ファイル5 30年前の調査ファイル
青山信二は、千堂千草を疑い始めていた。
理由は単純だった。
彼女は、色々知りすぎている。
訳あり物件の癖。
起きていないはずの事故。
まだ誰も調べていないはずの履歴。
しかもそれは、調査の途中で“分かる”種類の知識ではない。
最初から、知っている。
きっかけは、
社長室の椅子が六脚になった朝だった。
「……社長」
青山は、意を決して口を開いた。
「これまでの案件、
全部、どこかで見たことがある気がするんです」
千堂は、
書類を揃えながら答えた。
「そう」
否定しない。
「じゃあ……」
「見たこと、あるのよ」
千堂は、それ以上言わなかった。
その夜。
青山は一人、
会社の倉庫に入った。
社内備品の奥。
使われていない段ボール。
埃をかぶった棚の一番下に、
紙のファイルがあった。
今どき、データ化されていない書類。
表紙には、ボールペンで手書きされた文字。
事故物件調査ファイル 23
青山の指が止まった。
「……23?」
今扱っているのは、
FILE00から始まる新規案件のはずだ。
ページをめくる。
そこに書かれていたのは、
知っているはずのない出来事だった。
・布団の下に“誰か”がいた部屋
・ 壁の中からクレーム電話が鳴るアパート
・ 天井裏に“重さ”が残る平屋
・ 椅子が増える社長室
すべて、
まだ公にしていない内容。
中には、
青山自身が立ち会った場面まで、
細かく記録されている。
時間。
天候。
言葉遣い。
自分が、
その時に何を考えていたかまで。
「……なんで……」
最後のページに、
赤線が引かれていた。
《調査終了》
その下に、
署名欄。
千堂 千草
だが、
その筆跡は
幼い。
ひらがなが混じり、
力の入りきらない線。
大人の字ではない。
まるで、
小学生が書いたような署名。
青山の背中に、
冷たい汗が流れた。
「……三十年前……?」
日付を確認する。
三十年前。
千堂千草は、自分と同じ年齢だった。
その瞬間、
倉庫の奥で、
紙が擦れる音がした。
振り返ると、
誰もいない。
だが、
ファイルの表紙だけが、
ゆっくりと閉じられた。
内側から。
青山は、震える手でページを押さえた。
そのとき、
最終ページの余白に、
今までなかった文字が
滲むように浮かび上がる。
※追記事項
調査担当者は、
後に“管理側”へ移行
文字が書き終わると同時に、
倉庫の電気が落ちた。
暗闇の中で、
誰かの声が聞こえた。
「……やっと、
気づいた?」
それは、
千堂千草の声だった。
だが、今の彼女の声ではなかった。
ずっと前から、
ここに残っていたような声。
青山は、ファイル23を抱えたまま、
動けずにいた。
その背後で、棚の奥から、
紙をめくる音が
もう一度、静かに響いた。




