新ファイル4 社長室に増える椅子
千堂企画の社長室は、決して広くはない。
デスク一つ。
来客用の椅子が二脚。
壁際に、簡単な書棚。
それ以上、
置く余地はないはずだった。
最初に気づいたのは、
青山信二だった。
「……社長、
椅子、増えてません?」
午前中。
打ち合わせ前の社長室。
確かに、
昨日まで二脚だったはずの椅子が、
三脚になっている。
折りたたみではない。
揃いのデザイン。
最初からそこにあったような顔で、
壁際に並んでいた。
千堂千草は、
書類から目を離さずに言った。
「そう?」
「いや、
絶対、二脚でしたよね?」
「増えたなら、
必要だったんでしょう」
「……誰が?」
千堂は、
ようやく顔を上げ、
椅子を一つ見てから答えた。
「座る側」
翌日。
椅子は、四脚になっていた。
誰も搬入していない。
業者も入れていない。
社長室の鍵は、
千堂と青山しか持っていない。
「社長…… これはさすがに……」
「青山くん」
千堂は、
椅子の位置を少しだけ整えながら言った。
「打ち合わせって、
一人じゃ成立しないでしょう?」
「……今、
打ち合わせ相手、
誰もいませんよね?」
「ええ、そうだったわね。」
一拍置いて。
(見えてないだけ)
三日目の朝。
社長室には、
五脚の椅子があった。
机を囲む形で、
きれいに配置されている。
空席は、一つもなかった。
青山は、
無意識に椅子を数えてから、
喉を鳴らした。
「……ここ、 満席ですよ」
「そうね」
千堂は、
自分の席に腰を下ろし、
当然のように言った。
「始めましょうか」
「……何を?」
「会議」
その瞬間、
エアコンでもないのに、
室内の空気がわずかに動いた。
椅子が、きしりと音を立てる。
誰も座っていないはずの椅子が。
夜。
青山は一人で、
防犯カメラの映像を確認していた。
社長室。
消灯後。
椅子は、
確かに五脚。
だが
一脚だけ、
影が落ちている。
天井照明は消えている。
月明かりも入らない。
それなのに、
まるで誰かが腰かけているような、
人の形の影。
動かない。
立ち上がらない。
ただ、
そこに“いる”。
映像の右下に、
時刻が表示されている。
深夜二時。
社長室のドアが、
静かに開いた。
千堂千草が、
影に向かって言った。
「遅くなって、ごめんなさい」
影は、返事をしなかった。
だが、
空いていた最後の椅子が、
ゆっくりと引かれた。
防犯カメラの映像は、
そこで途切れていた。
翌朝。
社長室の椅子は
六脚になっていた。




