新ファイル3 インターホンが拒否する物件
その物件は、呼び出せなかった。
インターホンそのものが、反応しない。
青山信二が、
オートロックのエントランスの操作盤に指を伸ばす。
反応なし。
もう一度。
ランプすら点かない。
「……壊れてます?」
千堂千草は、
表示パネルの端を指でなぞりながら答えた。
「いいえ。
拒否されてるだけ」
「誰に、ですか?」
「向こう側に」
内見予約は、
一応“成立”している。
管理システム上は、
鍵の受け渡しも完了。
担当者名も登録済み。
だが、
建物側が一切応答しない。
インターホン、
オートロック、
来客通知。
すべて沈黙。
「中に人、 いるはずですよね?」
「ええ。音はならされている」
千堂は、
エントランス脇の植え込みに目を向けた。
その根元に、金属が半分だけ見えている。
掘り出すと、古い鍵だった。
重く、角ばった形。
三十年前の型。
「これ…… うちの倉庫で見たことある……」
「でしょうね」
千堂は、
鍵を手に取り、
エントランス横の
“非常用解錠口”に差し込んだ。
カチリ。
「……開いた」
「オートロック、 使わなくていいみたい」
部屋に入ると、
空気が“整って”いた。
誰もいないのに、
換気された匂い。
床に埃はない。
「……誰か、 定期的に来てますよね」
「ええ。 呼ばなくても来る人が」
玄関横の
インターホン履歴を確認する。
最新履歴
深夜二時十四分。
来訪者名。
コバヤシ
青山は、
画面を二度見した。
「……名字、 ですよね?」
「ええ」
「でもこの物件、
管理人、
登録されてませんよ?」
「今の“登録”には、ね」
千堂は、パネルを消しながら言った。
「インターホンが拒否した理由、
分かった?」
「……分かりません」
「呼ぶ必要がなかったの」
青山が息を飲む。
「もう…… 中にいる?」
千堂は、
鍵をそっと戻した。
「いいえ」
一拍おいて。
「外に出ていないだけ」
その瞬間、
インターホンが、
誰も触れていないのに鳴った。
ピンポーン。
画面に映ったのは、
何も映らない玄関。
ただ、
来訪者名だけが表示されている。
コバヤシ
呼び出し音が止んだあとも、
表示は消えなかった。
インターホンは、
まだ誰かを
中に入れたがっているようだった。




