最終ファイル3 管理人ではなく、管理される側
事故物件調査ファイルの厚みが、いつもより重かった。
紙が増えたわけではない。
“戻ってきた”感触があった。
表紙には、黒字でこう印字されている。
FILE23 完了
小林は一人、
事務所の奥でそれを開いた。
ページをめくるたび、
これまで調査した物件の写真、
報告書、
※追記事項が続く。
どれも見覚えがある。
どれも、少しずつ自分に近づいてきた記録だった。
最後のページ。
白紙のはずのそこに、
すでに文字があった。
※告知事項
・当該物件において、
長期滞在者の存在を確認
・居住開始時期:不明
・退出履歴:なし
※本物件担当者
小林 治(入居中)
小林は、しばらくその行を眺めていた。
驚きはなかった。
否定もしなかった。
ただ、椅子に深く腰を下ろし、
小さく息を吐く。
「……そうか」
紙の端に、見覚えのある文字が滲む。
報告者欄。
すでに退職処理された名前。
千堂 千草
だが署名は、
何度も、重ね書きされている。
筆跡は違う。
だがすべて、同じ癖を持っていた。
声が、どこからともなく混じる。
《まだ、空いてる?》
《ここ、落ち着く》
《帰らなくていい?》
小林は立ち上がり、
部屋の中央に立つ。
壁際に、影が集まり始めていた。
数えない。
もう意味がない。
小林は、誰にともなく言った。
「……ようやく、住民になれた」
その瞬間、ファイルが、
ひとりでに閉じた。
パタン、という
乾いた音。
同時に、デスクの端で
プリンターが動き出す。
新しい紙が、一枚、吐き出される。
《FILE24 準備中》
担当者欄:未定
入居者欄:記載スペースのみ
小林はその紙を手に取り、
微笑んだ。
今度は、案内する必要がない。
ここに来る者は、
すでに呼ばれているのだから。
部屋の照明が、
一斉に落ちた。
暗闇の中、
誰かがページをめくる音だけが
いつまでも続いていた。
FILE23 終了
次の事故物件の調査は、すでに始まっている。
―訳あり不動産の事故物件調査ファイル END ―




