ファイル35 写真に写らない小林
内見記録用に、
部屋の写真を数枚撮った。
リビング。
キッチン。
廊下。
どの写真にも、
小林の姿だけが、なかった。
同行者が画面を拡大して言う。
「……小林さん、写ってませんカメラの調子が変だな。」
すぐ横に、
確かに立っているのに。
小林は気にした様子もなく、
カメラの方を見ずに答えた。
「そっち側で見ると、そうなる」
音声記録を再生すると、
はっきり声は入っている。
足音。
衣擦れ。
呼吸。
でも、写真には、
空間だけが写っていた。
最後に一枚、
洗面所の鏡越しに撮った。
そこには――
直接ではなく、
反射の中にだけ、
人のような、
ぼやけた輪郭。
顔は、判別できない。
小林はその写真を見て、
少しだけ満足そうに頷いた。
「うん。今日は、まだ形あるね」
その後、
同行者のスマホに残った内見写真は、
すべて“人物なし”に上書きされていた。
音声データだけが、
削除できなかった。
※追記事項
・小林 治は、公式な記録写真に一度も写っていない。
・ただし、音声・筆跡・契約行為はすべて有効と判断されている。
小林 治
「姿ってさ、 残すもんじゃなくて
映る側が決めるんだよ」
と記録




