ファイル34 天井裏にいる“重さ”
上階のない平屋だった。
築年数は古いが、梁もしっかりしている。
図面上、天井裏には人が入れる空間はない。
それでも――
部屋に足を踏み入れた瞬間、
胸の奥に、妙な圧がかかった。
重い。
音ではなく、重さそのものが、天井から降りてくる感覚。
ギシ……
ギシ……
誰かが、ゆっくり足踏みをしているような軋み。
風でも、家鳴りでもない。
一定の間隔。
一定の位置。
同行者が天井を見上げたまま呟いた。
「……今、上に乗ってますよね?」
小林は否定しなかった。
代わりに、黙って脚立を立てる。
天井板のすぐ下まで上がり、
こぶしで、コン、コンと叩いた。
すると、
叩いた“その上”から、
一拍遅れて――
ドン
重さが、返事をした。
小林は脚立の上で微笑む。
「まだ落ちたくないみたいだね」
同行者はその場で内見を辞退した。
「なんか……背中に残る感じがする」と言って。
その夜。
同行者の自宅は、
鉄筋のマンションだった。
だが、深夜零時を過ぎた頃から、
天井が、ゆっくりと軋み始めた。
ミシ……
ミシ……
まるで、
誰かが天井裏を這い回っているような音。
音は次第に変わった。
軋みではなく、沈みに。
天井が、わずかずつ、
確実に、下がってくる。
一晩中。
止まることなく。
翌朝、同行者が確認した天井には、
足跡のような歪みが、
一列、残っていた。
天井裏点検口は、存在しなかった。
※追記事項
・当該平屋では過去、
天井板の落下事故は一度も報告されていない。
・近隣住民への聞き取りで、
「夜中に“上から歩く音がする”」
という証言が複数あり。
ただし、全員が
「二階建てだと思っていた」と回答。
小林 治「重さってね、 落ちないうちは
そこに“住んでる”んだよ」
・現在、当該物件の天井高は
測定するたびに数ミリずつ低下している。
原因不明。




