ファイル31 誰も使っていないはずの表札が削れる家
郊外の一戸建て。
築三十五年。
事故歴なし。
長期空き家。
管理会社からの依頼は、ごく些細なものだった。
「表札が、勝手に削れていくんです」
空き家
玄関前。
郵便受けは空。
庭も手入れされていない。
人が出入りした形跡は、
ない。
問題の表札は、玄関脇に掛かっていた。
黒地に白文字。
名字は読めない。
いや、
読めなくなっている。
よく見ると、
彫られていたはずの文字が、
浅く、薄くなっている。
削りカスは、
玄関の下に溜まっていた。
自然劣化にしては、妙だった。
文字の中央だけが、重点的に削られている。
まるで
指でなぞり続けたように。
小林は、表札に指を当てた。
ざらり。
「……まだ、使う気だね」
誰に向けた言葉でもない。
表札の表面は、ほんのり温かい。
室内は、
完全に空っぽ。
家具なし。
生活音なし。
だが、小林は玄関に戻り、
表札を見た。
さっきより
文字が減っている。
一本、画数が消えている。
「名前ってね」
小林は、玄関に腰を下ろした。
「住むために、必要なんだよ」
風もないのに、表札が、
きい……
と音を立てた。
「誰も使ってないと、
削ってでも、
用意しようとする」
翌日。
管理会社から、写真が送られてきた。
昨日まで、かろうじて残っていた文字が
完全に消えている。
代わりに、うっすらと、
別の名前の跡。
まだ、掘り途中。
小林は、物件ファイルに書き足す。
表札
表記消失・再形成あり
※居住意思反映型
帰り際。
小林は、新しい表札を掛けなかった。
代わりに。何も書かれていない
プレートを残した。
「急がなくていい」
そう言って、門を閉める。
背後で、カリ……
カリ……
何かが、
もう一度、
名前を削り始めていた。
※追記事項
表札の削れ方、夜間にのみ進行
削り跡の深さ、人の爪による摩耗と一致
新たに形成されつつある文字、過去の調査記録内の人物名と類似
小林 治
「名前が残れば、 住めるからね」
と記憶




