ファイル26 天井裏の内見希望者
平屋建て。
上階は、ない。
それなのに――
室内に入った瞬間から、
天井が低く感じられた。
圧迫感ではない。
確かな「重量」。
空気が、上から押されている。
踏みしめる音
畳に足を下ろすたび、
ミシ……ミシ……と、
一拍遅れて天井が軋む。
まるで、
こちらの動きを確認してから、
同じ場所を踏み返してくるような音。
同行していた若い営業担当が、
小声で言った。
「……上、誰かいます?」
小林は即答しない。
ただ、
天井を見上げて、微笑んだ。
落ちたくない重さ
小林は脚立を立て、
ゆっくりと昇る。
天井板のすぐ下まで顔を近づけ、
拳で、軽く叩いた。
コン、コン。
音は、鈍い。
その瞬間、
天井が、わずかに沈んだ。
数ミリ。
だが、確実に。
小林は、叩くのをやめて、
天井に向かって話しかける。
「……まだ落ちたくないみたいだね」
沈み込みが、止まる。
同行者は息を呑んだ。
「小林さん……
いま、何と話して……」
「内見希望者だよ」
小林は脚立を降りながら、
何でもないことのように言った。
「ここ、下見してる。
重さで、住み心地を測ってるんだ」
上から、待っている
部屋を出る直前。
同行者がふと振り返る。
天井の中央が、
人の背中のように、
なだらかに盛り上がっていた。
見つめていると、
ズ……ズ……と、
重心が移動する。
歩いている。
上を。
その夜
同行者は、その晩、
自宅で眠れなかった。
理由は、はっきりしている。
天井が、下がってきた。
最初は、気のせいだと思った。
だが、深夜二時。
照明の笠が、
いつもより近い。
三時。
天井紙に、細かな亀裂。
四時。
ミシ……ミシ……
音が、一定のリズムになる。
踏みしめるような、
重たい足取り。
天井が、
一晩中、
ゆっくりと沈み続けた。
翌朝
同行者のスマートフォンに、
一通のメッセージ。
小林からだった。
「昨日の人、
気に入ったみたいだね。
上から、ずっと見てたでしょ?」
その直後、
自宅の天井が、
ピタリと動きを止めた。
※追記事項
当該平屋物件は天井高の理由により募集中止。
同行者、翌週退職。
小林治、備考欄に
「上階なし。
ただし“待機者あり”」と記載。




