ファイル24 空室なのに鍵が返ってこない部屋
築三十五年の低層マンション。
事故歴なし。告知事項なし。
だが管理会社のメモには、赤字でこう書かれていた。
「退去後も、鍵が戻らない」
合鍵を作っても作っても、
翌朝には“使用済み”になっているという。
内見当日。
千堂がまだ在籍していた頃なら、
この手の話は笑って流していただろう。
だが今、小林は一人で部屋に入った。
「……まだ住んでる気なんだね」
誰もいない室内に向かって、
そう声をかける。
返事はない。
だが玄関の三和土に、
新しい靴跡があった。
奥の和室。
畳の中央に、鍵が一本置かれている。
管理会社が紛失したはずの鍵だ。
小林はそれを拾い上げ、
しばらく掌で温度を確かめるように握った。
「冷えてない。
……昨日まで使ってたね」
その瞬間、
押し入れの襖が、内側から軽く叩かれた。
コン、コン。
人が入るには、少し狭い。
小林は溜息をついた。
「出てこないなら、
ここは“空室扱い”にできないよ」
襖の向こうで、
何かが身じろぎする音。
畳が、わずかに沈んだ。
小林は鍵をポケットに入れ、
静かに言った。
「……わかった。
じゃあ今夜は、俺が管理人でいい」
帰り際、
玄関のドアが閉まる直前、
室内から声がした。
「……かえらない……」
小林は振り返らなかった。
「大丈夫。
帰らなくていい部屋、
ちゃんと用意するから」
翌日。
管理会社に返却された鍵は、
内側から濡れていたという。
※備考
小林治、当該物件に対し
「住んでいる/住まれている」の区別を行わず。
調査終了後、 同様の鍵紛失報告が三件増加。




