新ファイル センドウチグサ
翌週。
地方ニュースの片隅に、小さな記事が掲載された。
だが、その文面は妙に濁っており、
読む者に説明しようとしていない“何か”を感じさせた。
【新人不動産社員・千堂千草さん(23)失踪 報道】
都内の不動産会社に勤めていた千堂千草さん(23)が、
今月〇日より行方が分からなくなっている。
警視庁によると、
千堂さんは勤務先のオフィスを最後に消息を絶った。
室内には争った形跡はなく、
机の上にはスマートフォンが残され、
画面には“不特定多数の名前のリスト”が表示されていたという。
リストの最下段には
SENDO CHIGUSA
という文字が点滅していた。
警察はスマートフォンの不具合として調査中。
さらに不可解なのは、千堂さんが失踪した日、
同行していた男性社員・小林治氏(52)の姿も、
同時に確認できなくなったという事実だ。
だが
小林氏の戸籍には、
“20年前に失踪し、死亡扱い”
という記録が残ったままだった。
会社側は「確かに毎日出社していた」と説明しているが、
社員名簿には小林氏の名前が存在せず、
監視カメラにも彼の姿は一度も映っていなかった。
千堂さんの自宅からは、
深夜に自動録音された不明音声が見つかっている。
ノイズ混じりの録音の中、
かすかに女性の声が残っていた。
「……たす……け……」
「……いや……暗い……こないで……」
「……小……ば……や……し……さ……」
録音はそこで突然途切れ、
最後に“多数の足音”がマイクを踏み荒らすように響く。
その音は専門家曰く、
「人の歩く音としては不自然に軽く、複数が重なっている」
とのこと。
近隣住民の事務所付近は、
失踪翌日の深夜に “異様な光” を見たと証言している。
窓の向こうで、
まるで何十もの影が蠢くような黒い塊が、
ゆっくりと溶けていくところを見た、と。
「人が……いっぺんに動いているみたいで……
あれは……人間じゃ……なかった……」
住民の老人は、
その後口を閉ざした。
その後
訳あり不動産の事務所は閉鎖された。
しかし片付けに入った業者たちは口をそろえて言う。
「受付の鏡に写る人影の数が合わない」
「デスク下から、誰かの息づかいがした」
「白いシャツの男が歩いていた」
だが、誰も実際にその男を“見た”とは言わない。
事務所の片隅に放置されていた古いパソコン。
鍵がかけられたフォルダがひとつ。
強制開封したところ
中身は空だった。
ただしフォルダ名だけが残っていた。
《new FILE センドウチグサ》
物語はまだ、
終わっていない。




