最終ファイル1 消える契約者たち
訳あり不動産が、ざわつき始めていた。
ここ数ヶ月――契約者たちが次々と 音信不通 になっているのだ。
「連絡つかない? また?」
千堂が報告書をめくると、小林は肩をすくめた。
「まぁ、訳あり物件に住む人ってのは、いろいろ背負ってるんだよ。
急に蒸発していなくなることも……珍しくないさ。」
だが、千堂の胸に重い違和感があった。
消えた契約者、全員に“小林が同行”している。
偶然にしては、あまりにも不自然だった。
◇◇◇
千堂は内密に、小林の過去の経歴を調べ始めた。
不動産業界の古い雑誌、地元の記事、内密に探れる範囲の情報を集めると、
なぜか小林の経歴だけ ぽっかり空白 になっている部分が多い。
「……どうして?」
履歴書に書かれている以前の会社も、すでに廃業。
同僚とされる人物にも連絡がつかない。
まるで、故意に消した かのように、小林の人生は見えなくなっていた。
その日の内見で
「千堂さん、こっちだよ。」
いつもと変わらない小林の声に、
千堂の心はどこか落ち着かないまま、内見の部屋へ入った。
ワンルームの一角、姿見の鏡が立てかけられていた。
千堂は無意識に鏡を見た。
そこには
自分と小林が並んで映っている。
……はずだった。
呼吸が凍りつく。
鏡の中の“小林の影”だけが、
首から上が、なかった。
「っ……!」
振り向く。
もちろん、小林の首はそのままついている。
だが鏡の中の小林の影は、
まるで首を落とされた人形のように、ゆっくりと揺れていた。
小林が、笑った。
「いろんな人がね……
俺の物件に惹かれてくるんだよ。」
それは“歓迎の笑み”ではなく、
“獲物を見つけた笑み”だった。
その夜、千堂が帰宅すると、スマホが震えた。
無言の通知。
差出人は不明。
添付ファイルがひとつ。
ダウンロードが勝手に始まる。
「なに……これ……?」
開いた瞬間、
千堂の胃の奥が冷たく縮む。
そこにあったのは
《契約者失踪リスト》
年代順、物件、同行したスタッフ名
そして、全員に同じ記載があった。
同行スタッフ:小林治
さらに最後の行に、新しい文字が追加されようとしている。
千堂は震える指でスマホを落とした。
画面のリストの末尾に、
青白いカーソルが点滅していた。
そして一文字ずつ、勝手に入力されていく。
SENDO CHIGUSA(準備中)
千堂の心臓が大きく跳ねた。
自分が、“次”なのか?
薄暗い部屋の中、
スマホの光だけが明滅する。
背後で、何かがきしむ気配。
千堂は振り返れなかった。
ファイル24 消える契約者たち エンド




