ファイル23 布団の下にいる“誰か”
激安の2DK。家賃のわりに広く、日当たりも悪くない。
ただひとつ、募集要項の備考欄にだけ妙な一文があった。
「前入居者より“夜泣き”の苦情あり」
子どもはいなかったはずだ。千堂は首を傾げながら、部屋へ入った。
和室には、使われていないはずの布団が一組。
まるで誰かが、すぐそこまで寝ていたかのように、
ふくらみと温もりだけが残っていた。
「めくらないほうがいいよ」
隣に立った小林が、珍しく低い声を出す。
「なんでです?」
千堂が手を伸ばすと、小林はさらに強く言った。
「布団はね、人の形を覚えることがあるんだよ」
ぞくりと背中が冷えた。
その瞬間――
スー……スー……
布団の下から、微かだが確かに、“呼吸音”。
千堂の喉が詰まり、心臓が跳ね上がる。
和室の空気が重く、湿ったように感じられた。
逃げたい
そう思ったのに、
なぜか、布団の中を確認しなければいけない気がした。
震える指先で、布団を掴む。
めくる。
……空っぽ。
だが、床板には、帯状の湿りが残っていた。
まるで“何か”が布団の下から這い出たように。
千堂はその部屋を後にし、忘れたように仕事を続けた。
だが、帰宅後――
自室の暗がりで、布団がぽこり、と膨らんだ。
スー……スー……スー……
そこに誰かが“横たわっている”呼吸の音。
千堂の背中に冷たい汗が伝う。
「……嘘でしょ」
震える手で、自分の布団をつまみ上げる。
その瞬間、部屋の奥から電話が鳴った。
小林からだった。
『千堂くん。布団ってさ……人の形、覚えるからね。
一度入られたら、しばらくそこに“残る”んだよ』
電話が切れた。
布団が、ゆっくりと
ひとりでに膨らみ始めた。
形ができる。背中。肩。頭。
すべて人間そのものの輪郭。
千堂は絞り出すように叫んだ。
「だれなのよーー!」
ふくらんだ布団は、まるで問いに答えるように、
わずかに上下した。
スー……スー……
暗闇で、布団は静かに呼吸を続けていた。
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