ファイル22 事故再発マンション
「千堂さん、訳ありマンションの404号室……またキャンセルが出たよ」
小林が端末を見ながら言った。
資料には、短く恐ろしい記録が並ぶ。
前々入居者:ベランダから転落死
前入居者:浴槽で溺死
次の入居予定者:内見前日にキャンセル(理由不明)
千堂「……偶然じゃ、ないですよね」
小林「まあ、“呼ばれてる”部屋ってあるんだよ」
そう言いながらも、彼の表情は珍しく固い。
現地調査へ
マンションは綺麗で、築年数も浅い。
事故物件独特の陰気さは“外側には”ない。
だが、404号室の前に来た瞬間――
空気が重く沈んだ。
千堂
「……ここだけ寒くないですか?」
小林
「気のせいで済めばいいけどね」
鍵を開けると、濃い湿り気が顔にぶつかった。
内見開始
部屋は整っていた。
家具もなく、清掃も済んでいる。
だが千堂には、どうしても
“水の匂い”が消えていないように思えた。
千堂
「小林さん、浴室だけ……異様に湿ってます」
小林
「事故があったのは風呂場だからね。
でも、清掃後は普通なんだけどなぁ」
浴室のドアに触れた瞬間。
カチャ……
誰も触っていないのに、ドアが勝手に開いた。
浴室へ入ると、空のはずの浴槽に――
ぽちゃん……ぽちゃん……
水が一滴ずつ落ちている。
千堂
「あれ……配管止まってますよね?」
次の瞬間、
ジャアアアアア……!
蛇口をひねっていないのに、
勢いよく水が流れ出した。
小林
「戻れ、千堂さん!!」
しかし千堂は足首を冷たい水につかまれた。
床に広がった水が、まるで“意思”を持つように
千堂の足首へ絡みつく。
千堂
「ひっ……いや……引っ張られてる……っ!!」
水が千堂の足を掴み、
浴槽へ引きずり込もうとする。
水中で誰かが待っている。
そんな確信が、背骨に刺さる。
千堂
「た、助け……!」
小林が後ろから抱きかかえるように引き戻した。
「絶対に手を離すな!!」
水が足を引っ張る力と、
小林の腕の力が拮抗した。
千堂は叫んだ。
「やだ……! 手、放さないで……!!」
小林
「離すかよ!!」
最後の力で引っ張り上げられた瞬間――
水がピタリと止んだ。
浴槽の水も、蛇口からの水も
すべて“瞬間的に”静止した。
まるで誰かが不機嫌になって
遊びをやめたかのように。
部屋を出た小林は、息を整えながら電話をかけた。
「……404、もうダメだ。貸し止めにしよう。
これ以上は誰も住めない」
千堂は震えたまま頷くしかなかった。
翌日。
マンション管理会社から電話があった。
『404号室の前に……変なものがありまして』
千堂と小林は急いで現地へ向かった。
そこには
濡れた足跡が、延々と廊下に続いていた。
404号室のドアから始まり、
エレベーターの方へ。
そして
途中で突然、消えている。
千堂
「……誰か、出てきた……?」
小林が低く答える。
「いや。
水の事故で亡くなった人はね、ずっと“出られない”んだよ。
あの部屋から。」
千堂の喉がひゅっと鳴る。
最後の足跡だけ、
つま先が“部屋の中へ向かっていた”。
まるで
誰かをまた浴槽へ引き込もうと
戻ってきたように。
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