ファイル16 賃料滞納者
古いアパートの玄関のドアの前
「賃料を2ヶ月以上滞納した場合は、“無催告解除”だと、賃貸の契約書に明記されています。」
小林は、冷静な口調で、だが明確に滞納者・矢部へと告げた。
その言葉に矢部は、どこか笑っているような目で睨み返してきた。
「出てけ? 行くとこなんてねぇんだよ……だったら殺せよ」
声が低く、重く、濁っていた。小林は一瞬、言葉に詰まった。
「……とりあえず、今月中に荷物をまとめて出て行ってください。そうしないと、本当にまずいことになりますよ」
小林は静かにポストに解約通知書を差し込んだ。だがその瞬間、背後に強烈な視線を感じた。
ガチャッ。ドアの内側から、誰かがゆっくりと鍵をかけ直す音がした。
「家賃を滞納しておいて、あの態度……ありえませんよ!」
千堂は怒りを抑えきれずに声を荒げた。
小林は静かに言った。
「実際に追い出すにはな……裁判所の手続き、執行官の立ち合い、全部で数十万円と、数ヶ月はかかる。
下手に刺激すれば、何をされるか分からない」
「まるで加害者が被害者みたいに守られてる……家賃払ってる人間が損するなんて、そんなのおかしいですよ!」
「……日本の法律を変えるしか、ねぇんだよ」
その数日後だった。
矢部の部屋の異臭に、隣室の住人が管理会社へ連絡を入れた。
連絡を受けた大家が、警察も呼ばず、我慢の限界とばかりに部屋に踏み込んでしまった。
その日の夜、ニュースになった。
【家賃滞納を巡るトラブルか 60代男性オーナーが刺殺される】
現場から発見されたのは、血まみれの包丁と、壁に爪で引っかいたような無数の傷跡。
部屋の床一面には腐った食品とゴミが散乱し、人間のものと思われる髪の毛の束がいくつも落ちていた。
「これが……現実の“返り討ち”ってやつか」
小林はテレビのニュースを見て呟いた。
千堂は顔を青ざめさせ、言葉を失っていた。
そんな中、小林だけが無言でタバコに火をつけた。
「……さあ、この事故物件アパートを処理しますか。」
その声は、妙に明るく、どこか浮かれてさえいた。




